◆ 第二夜
時刻は、22時を少し過ぎたころだった。
彼は家のドアを閉めて、外に出る。
上着は要らないが、夜風が思ったよりも冷たかった。
散歩に出るには少しだけ遅い時間だ。
自然と線路沿いの道を選び歩いていた。
街灯が明るく道を照らしている。夜でも歩きやすい。
彼はその道を選ぶことに迷いがないかのように歩いていく。
歩いていくうちに景色の輪郭が少しずつ曖昧になっていく。
いつも通りの道なのに霧が濃くなっていた。
気づいた時には見知らぬ駅に着いていた。
街灯は見当たらない。それなのに暗い感じがしない。
駅名看板が立っていた。駅、だと気づいた。
―――夜継駅。
古ぼけた看板に触れて、文字を確かめる。
周囲を見回してみても、時刻表とベンチしかない。
駅舎も見当たらないところを見ると、かなり昔に廃駅になったようだ。
時刻表はホームの端に立っていた。
文字はほとんど掠れている。
次に来るはずの電車の時間も、もう分らない。
――分からなくても、困らない。
それなのに、 視線が離れなかった。
以前、 彼女はこういう場所で立ち止まっていた。
スマホじゃなくて、 駅に置いてある時刻表を見て、 少し首を傾げる。
「周。次、13時だって」
そう言って、 振り返って僕を見て笑った顔を、 はっきり覚えている。
静かで優しいその声は、サァ、と吹き抜ける弱い風に消えていった。
でも――
あの時間が今の僕を形作っているのも、確かだと思えた。
幸せは、タイミングと縁で決まる。
偶然ではなく、そういうものなのだと、今は考えることにした。
時刻表から目を離し、歩き出す。
霧が薄くなったような気がして歩みは軽くなる。
街灯が明るく道を照らす住宅街だった。
今流れている時間を感じながら、道を歩いていく。
線路沿いの道は、 いつもの夜と、 何も変わらない。
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