ビスコッティを焼いてみる
ピンク色の胡椒は、フルーツサラダに入れるといい感じに香りが引き立つみたいだった。試しにオレンジとレモンのサラダにオリーブオイルと一緒にピンク色の胡椒を潰しながらかけてみる。すると柑橘系のフレッシュな香りにスパイシーな匂いが足されて、果物の甘さを引き立てるようだった。
「うん、これは見た目もかなり可愛いし、これからもデザートに一緒に足せるかも」
「ココアとか、ポセとか、カプチーノとかですかね?」
「うん。さすがに香りが混ざっちゃうからハーブティーには使えないけど、コーヒーとかの飲み物に足すんだったら邪魔にならないと思う」
クローネの問いに、私は考えをまとめる。
なによりも見た目が可愛いし。
ココアは黒胡椒もいい感じなんだけれど、見た目はちょっと物騒になっちゃうのか難点だからなあ。
それに可愛い飲み物ができたら、それに合わせる食べ物もつくりたい。私はルーチョに買ってきてもらった材料を確認しながら、ナッツ類が結構多いことに気付いた。アーモンドにヘーゼルナッツ、くるみ……。
「うん、これだけあったら、ビスコッティを焼けるかも」
「ビスコッティ?」
「二度焼きビスケットね」
元々は堅焼きパンだったらしいけれど、いつの頃からか、コーヒーやワインのお供に欠かせないお菓子みたいな立ち位置に変わっていた。単品で食べたらとにかく硬くって歯が折れそうなんだけれど、この乾き具合がいい感じに水分を吸ってくれる。だからコーヒーやワインを浸しながら少しずつ食べるのが正しいビスコッティの作法だ。
私は早速もらったナッツ類をフライパンに入れると、乾煎りして、いい香りが立ってきたところで止め、それを包丁で思いっきり粉々に砕いた。粉々に砕いたものを、小麦粉と砂糖、少しのオリーブオイルと一緒に混ぜ、しばらく置いておいた。その間に薪オーブンを温める。薪オーブンがいい感じに温まったところで、生地をまとめて一旦オーブンで焼く。それを見てまたしてもクローネは困った顔をした。
「あれ、このまま焼くんです? ビスケットなのにせめて切ったり薄くしたりしないでいいんですか?」
「うん。これは一度焼いてから、薄切りにしてもう一度焼くの。それでガリッガリの食感になるのね」
「はあ……そんなに無理矢理硬くしたら、本当に歯が砕けそう」
「そのまんま食べたら歯が砕けるよ。だからお勧めしない」
「ひいっ……」
クローネが引き気味になっていたものの、カーラさんは割と乗り気だった。
「へえ……堅めのもんだったら、材料を塩気の多いものに替えたら、酒飲みたちに出せるねえ」
「あれ、お酒のおつまみに入りますか?」
「いるいる。あの連中、水も飲めって言っても放っておくとすぐに飲んだくれるからねえ。それでそのビスコッティを出したら、酒浸しながら食べるだろうから、ちょっとは酒飲むピッチが緩やかになるだろうさね」
「お、お疲れ様です……なら、ちょっとからめのレシピも考案しますね」
なら、チーズを入れて、黒胡椒を足したら、ナッツのざくざく具合と辛さで酒のあてにいいだろう。そして硬いから、嫌でも酒に漬けながら食べるようになると。うん。それで行こう。
そう思いながらレシピを組み立てている間に、ナッツの香ばしい匂いが漂ってきた。薪オーブンから一旦取り出すと、それを包丁で薄く切っていく。まだこの時点だとちょっと柔らかめのパンみたいな触感だ。
「これ二度焼きすんですか……」
「うん、これでガリッガリになるから。それじゃあ焼こうか」
薪オーブンも少し温度が下がっているから、その間に焼く。生地自体も香ばしい香りを放ってきたところで取り出し、少し冷ます。
少し冷めたら、めでたくガッチガチのビスコッティの完成。
大麦コーヒーを淹れると、それで一緒に試食をはじめた。最初はクローネはひと口囓って「かった!?」と悲鳴を上げる。
「だから言ったのに。硬いって。コーヒーに浸しながらゆっくり食べるの。間違ってもこのまんま食べるもんじゃない。歯が欠けるよ?」
「まさか……放っておいてかっちこちになったパンみたいになってるとは思ってもみなくって……」
元々ビスコッティも保存食のパンの一種からだから、合ってはいるんだけどねえ。わざと硬く焼いてるのくらいしか違いはないし。
今度はクローネは恐る恐るビスコッティをコーヒーに浸して食べはじめた。
「おいしい……! たしかにナッツがざっくざっく入ってて……おいしいです!」
「うん、よかった。あればチョコチップとかも入れてもいいんだけど、あれは結構高いからなあ……」
「これおいしいね。黒胡椒の分があったら、ビスクに添えてもいい」
「ビスク! カーラさんのビスク!」
漁に出たら、定期的に売り物にならないほど小さな海老だったり蟹だったりが獲れることがある。ただ小さいだけだったら海に返すけれど、身がないものとかだったら、そのままカーラさんが買い取って夜のメニューとしてビスクをつくってくれる。
これがものすっごくおいしい。香味野菜を炒めたところで甲殻類を加え、それをひたすらすり潰す。本当によーくすり潰したそれをトマトピューレで割る。それで本当に奥深い味でいくらでも飲めるんだ。
元々は小島のレシピではないらしいんだけど、カーラさんがときどき泊めているお客さんに教わったレシピは評判で、これを求めて夜にワインと一緒に楽しみに来るお客さんもいるとか。
うん、これにビスコッティを添えたら本当に幸せな感じになるだろう。
「わかりました、それじゃあカーラさんのビスクに合うようなものもつくりますね!」
「おやおや。ほんっとうにミーナは食い意地ばっかりだねえ」
「はあい、食べるのが本分ですから!」
そう言って私は笑った。
****
その日の売上を計算し、クローネの給料も支払う。
思っているより材料費がかかってないのは、ここに来てから傷んだものを割ともらっているせいだろうか。それでお金をもらっている以上は、きちんとおいしいものをつくらないと駄目なんだけど。
私は計算を終えると、「んー……」とベッドに転がった。
小島に移住してから、本当にずっと働きづめな割に充実している。聖女をやっているときは、ひたすらつくり笑いをして、聖女すごい聖女最高と言わせないといけなくって、申し訳なくって仕方がなかった。いやいや、確かに私も魔力使ってますけど、あなた方とほとんど変わらない人間ですし、そこまで敬わなくっても大丈夫ですよなんて、神殿から給料もらっている以上は言えなかった。
でもここに来てからというもの、笑わなくていいときは笑わなくていいし、笑顔は自然と溢れる。
「多分人間扱いされてるってことだろうなあ……」
一瞬だけ、私が小島に脱走するきっかけになったルカ様のことが頭によぎった。
あの人、ちゃんと次の婚約決まったといいけど。様子はジーノに見に行ってもらってるけどどうなったかな。そう考えている内に、眠たくなってしまった。
波の音が聞こえる。それはうつらうつらと眠りを誘う。明日も仕事だ。たっぷり寝て英気を養おう。
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