第8話「鉄壁の盾」
迷宮の最奥部、広大なドーム状の空間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのが分かった。 先ほどまでの湿った土の匂いとは違う、鋭利な金属臭。 そして、暗闇の中で青白く輝く二つの光が灯った。
ズゥゥゥン……。
重厚な岩音を立てて立ち上がったのは、通常のゴーレムとは一線を画す存在だった。 全身が銀色に輝く金属で構成されている。表面は鏡のように滑らかで、松明の光を反射してギラギラと光っていた。
【種族:ミスリルゴーレム】
【討伐推奨レベル:35】
【ドロップアイテム:ミスリル鉱石、上級魔力核、絶対防御の大盾(SSR)】
俺は口元を緩める。 ミスリルゴーレム。物理、魔法ともに高い耐性を誇り、生半可な攻撃は全て無効化する難敵だ。 だが、俺には奴の首の後ろ、装甲の継ぎ目に輝く『赤い点』が見えている。
「き、綺麗だけど……すごく強そうよ」
サラが喉を鳴らす。
「サラ、前へ出ろ」
「えっ、あいつとやるの!?」
「あいつが持っているドロップ品が、お前への報酬だ。欲しければ働け」
俺の言葉に、サラは覚悟を決めたように大剣を構え直した。
「わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」
サラが駆け出す。 ミスリルゴーレムが反応し、その巨体を信じられない速度で動かした。 速い。岩のゴーレムとは比べ物にならない。
「【挑発】ッ!」
サラのスキルが発動し、ゴーレムの標的が彼女に固定される。 ゴーレムは右腕を振り上げ、ハンマーのように振り下ろした。
ガギィィィンッ!
凄まじい金属音が洞窟内に反響する。 サラは大剣で受け止めたが、その衝撃で膝が地面にめり込んだ。 ミシミシと大剣が悲鳴を上げ、刀身に亀裂が入る。
「ぐっ、うううぅぅ……重っ……!」
サラが歯を食いしばる。 店売りの安物の大剣では、ミスリルの硬度と質量を受け止めきれない。 だが、サラ自身の腕は折れていなかった。 彼女の筋肉が、骨が、その理不尽な衝撃に耐えている。
「まだだ! 耐えろ!」
俺は側面へ回り込みながら指示を飛ばす。 ゴーレムは追撃の手を緩めない。左腕のフックがサラの脇腹を襲う。 サラは回避できない。 ドゴォォッ! まともにボディに入った。 着ているプレートアーマーがひしゃげ、サラの体が数メートル弾き飛ばされる。
「サラさん!」
リーナが叫び、援護の矢を放つ。 矢はゴーレムの金属装甲に弾かれ、火花を散らすだけだ。 しかし、サラは壁際でむくりと起き上がった。
「いったぁ……」
口の端から血を流しているが、その眼光は衰えていない。 やはり化け物だ。普通の冒険者なら即死している。
「こっちよ、鉄くず! もっといい音鳴らしてみなさいよ!」
サラが挑発し、再びゴーレムに向かっていく。 武器はもうボロボロだ。鎧もベコベコに凹んでいる。 だが、彼女がヘイトを稼いでいるおかげで、ゴーレムの背中が完全にガラ空きになった。
今だ。
俺は影のように背後へ滑り込む。 狙うは首の後ろ。装甲の隙間にある、あの一点。 ゴーレムがサラにトドメの一撃を加えようと、両腕を振り上げた瞬間。 その動作によって、首元の隙間がわずかに広がった。
「もらった」
俺は地面を蹴り、跳躍する。 剣の切っ先を、赤い光の中心へと突き立てる。
ガキンッ。
硬質な感触のあと、何かが砕ける音がした。 まるで精密機械のスイッチを押したかのように、ミスリルゴーレムの動きが凍りつく。 振り上げられた両腕が、力なく垂れ下がった。
そして、光の崩壊が始まる。 巨大な金属の塊が、サラサラと光の砂になって消えていく。
カラン……ズドン。
最後に残ったのは、地面を揺らすほどの重量感を持った『それ』だった。 俺は着地し、落ちたものを確認する。 人の背丈ほどもある、巨大な塔盾(タワーシールド)だ。 素材は黒色の未知の金属。表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、中央には赤い宝石が埋め込まれている。 禍々しくも、圧倒的な防御力を感じさせる逸品だ。
【絶対防御の大盾(アイギス・シールド)】
【レアリティ:SSR】
【防御力:1500】
【効果:物理ダメージ50%カット、魔法ダメージ30%カット、状態異常耐性(大)、自己修復機能】
【重量:50kg】
完璧だ。 防御力1500。これがあれば、サラの耐久力と合わせて要塞と化すだろう。 俺はサラの方を向いた。 彼女はひしゃげた鎧を脱ぎ捨て、ボロボロの服で肩で息をしていた。
「はぁ、はぁ……。やったの……?」
「ああ。報酬だ、受け取れ」
俺は足元の巨大な盾を顎でしゃくる。 サラはおずおずと近づき、その黒い盾を見下ろした。
「これ……ミスリルゴーレムのドロップ品?」
「『絶対防御の大盾』だ。今の装備よりはマシだろう」
「マシってレベルじゃないわよ……。こんな禍々しいオーラ出てる盾、見たことないわ」
サラは恐る恐る盾の取っ手に手をかけ、持ち上げた。 重量50キロ。普通の人間なら持ち上げるのも一苦労だが、サラはそれを軽々と構えてみせた。 その瞬間、盾の赤い宝石が脈打つように光り、サラの体を淡い光の膜が包み込んだ。
「うわ……なにこれ。軽い。それに、力が湧いてくるみたい」
「装備者に補正がかかる。これで、お前はもう誰にも突破できない」
サラは盾の表面を愛おしそうに撫でた。 彼女の目から、先ほどの戦闘の緊張が消え、代わりに強い自信が宿っていくのが分かった。
「……試してみる?」
「何をだ」
「この盾の性能よ。あんたが私を『壁』扱いしたんでしょ? 試しに殴ってみなさいよ」
俺は苦笑し、首を振る。 その必要はない。次の階層に行けば、嫌でも試すことになる。
「帰るぞ。今日は十分な成果が出た」
俺は背を向ける。 サラは新しい相棒となった巨大な盾を背中に担ぎ、嬉しそうに俺の後を追ってきた。 その足取りは、来る時よりもずっと軽かった。
これで『矛』と『盾』が揃った。 パーティの基盤は完成した。 だが、まだ足りないものがある。 探索能力と機動力だ。 俺の頭の中では、既に次のピース――優秀な斥候(シーフ)の確保に向けた計画が動き出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます