第4話 初めての提案

広々とした書斎には、天井まで届く本棚が壁一面を覆い、何千冊もの書物が収められていた。重厚な机の上には、領地の地図や報告書が広げられている。


父は革張りの椅子に座り、俺を真っ直ぐに見つめた。


「カイム、お前はこの一週間、様子がおかしい。以前より沈黙がちで、遠くを見つめることが多い。何か悩み事があるのか?」


鋭い指摘だ。さすがは剣と魔法の両方に長けた「剣魔」の公爵だ。


「…はい、父上。実は、領地のことを考えていました」


「領地のことを?」父の眉がわずかに上がった。「5歳の子供が、領地のことを?」


「年齢は関係ないと思います。私はクロスフェイト家の次期当主です。いつかはこの領地を治め、帝国を支えなければなりません」


父は驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「では、どんなことを考えていたのか?」


心拍数が上がるのを感じた。ここが正念場だ。


「まず、農業の非効率性についてです。現在の農具は原始的で、収穫量が限られています。寒冷な気候の我が領地では、これが大きな弱点です」


「続けなさい」


「魔力を利用した耕起具の開発が必要だと思います。魔法そのものを農民に使わせるのではなく、魔石を動力源とする『機械』を作ります」


羊皮紙とペンを手に取り、私は簡単な設計図を描き始めた。ゲーム内で見た「大地の鍬」の概念だ。


「魔法陣を刻んだ金属板に魔石をはめ込み、レバー操作で作動させる。これなら、魔法の知識がなくても使えます」


父は無言で設計図を見つめていた。


「次に、保存技術。収穫物の多くは腐敗によって失われています。冷気を発生させる魔法陣を箱に施し、長期保存を可能にします」


「…それだけの魔力消費をどうする?」


「小型化と効率化です。そして、定期的な魔石交換で持続させます。魔石は我が領内で豊富に採掘できますから、コストは抑えられます」


俺はためらったが、続けた。


「父上、我が領地は豊かな鉱山資源に恵まれていますが、食料自給率は低い。これが最大の弱点です。戦時や他国からの輸入が止まった場合、領民は飢えます」


長い沈黙が流れた。父は机の上で指を組んだまま、俺をじっと見つめていた。


「カイム、お前はまだ5歳だ。普通の子供なら、剣の稽古や基礎魔法の練習に精を出す年頃だろう。なぜこんなことを考える?」


俺は真実を伝えるべきか迷った。しかし、一部は話す必要がある。


「…夢を見ます。悪夢です。帝国が混乱し、領地が荒廃し、家族が苦しむ夢を」


父の表情がわずかに曇った。


「その未来を変えたいのです。そのためには、力が必要です。個人の力だけではなく、領地全体の力、人々を守る力が必要なのです」


再び沈黙。父は立ち上がり、窓の外を見つめた。広大な領地が朝日に照らされていた。


「お前の考えは…驚くほど具体的だ。5歳の子供がここまで考えるとは」


振り返り、父は深く息を吐いた。


「よかろう。試してみるがよい」


「本当ですか!?」


「ただし、条件がある」父の声は厳しくなった。「まず、現在の学習をおろそかにしてはならない。剣術、魔法、歴史、政治――すべてを並行して学ぶこと」


「はい!」

「次に、予算は限る。最初は小規模で始め、効果を確認してから拡大すること」

「承知しました」

「最後に…」父は俺の前に歩み寄り、膝をついて目線を合わせた。「失敗を恐れるな。もしうまくいかなくても、それは貴重な経験だ。お前の年齢なら、失敗から学ぶことの方が多い」


その言葉に、俺は胸が熱くなった。


「ありがとうございます、父上。必ず成功させてみせます」


父はにっこりと笑い、私の頭を軽く撫でた。


「では、早速準備を始めるとよい。必要な職人は執事を通じて手配しよう」


「はい!」


俺は書斎を出るとき、嬉しさで足取りが軽くなっていた。しかし、ドアが閉まる直前に、父が呟く声が聞こえた。


「…あの子には、我々には見えない何かが見えているのか」

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