第2話 湖畔の偶然
実家に帰ると、両親はもう寝ていた。
夜は静かで、湖のさざ波の音が遠くから聞こえてくる。
雨は止んでいたけど、湿った空気が肌にまとわりつく。
SAZANAMIから帰ってきたばかりの私は、すぐにシャワーを浴びることにした。
熱いお湯が身体を包む。
疲れた筋肉がほぐれていくのに、心はまだあの店に置いてきたみたい。
……あの人の、マスターの手。
支えられた肩。
シャツ越しでも伝わってきた、力強い熱。
無意識に、手をその肩に当てる。
お湯が流れる中、指先でそっと撫でるように触れてみる。
ドキン、と胸が鳴り、
熱を持った息を、漏らしてしまう。
あの瞬間、耳元で響いた低い声。
広い手の平の感触。
細いのに、こんなに力強くて、
温かかった……。
身体が、熱い。
お湯のせいだけじゃない。
さっきの余韻が、じわじわと蘇ってきて、下腹の奥が疼くように火照る。
どうしてこんなに、意識しちゃうの?
クールで、心を閉ざしてるって噂の彼が、私の疲れを見抜いて、優しい言葉をかけてくれた。
あの視線、あの触れ合い……。
私、こんなに誰かを想ったこと、久しぶり。
シャワーを終えてベッドに倒れ込むと、なかなか眠れなかった。
湖の夕陽が似合うって言われた、あの言葉が頭の中で、火照った疼きが体の奥で、繰り返して。
── ── ──
翌日は休日。
天気が良かったので、湖畔を散歩することにした。
紅参の湖は、雨上がりの空気が澄んでいて、水面がキラキラと輝いている。
遠くには赤レンガの倉庫街が見えて、懐かしい景色に心が少し軽くなる。
歩いていると、前を行く人影。
……まさか。
黒崎蒼。
私服の彼は、黒いコートを羽織って、湖を眺めていた。
引き締まった背中、風に揺れる髪。
バーでのクールな姿とは少し違って、穏やかで、でも相変わらずの色気。
気づかれないように通り過ぎようとしたのに、彼が振り返った。
「やぁ、奇遇ですね」
低く落ち着いた声に、昨夜の余韻が一気に蘇る。
身体が熱くなって、頰が赤くなるのを隠せない。
「こんなところで……本当、偶然ですね」
彼の瞳が、私をまっすぐ見つめる。
観察するような、でも優しい視線。
「今日はお休みですか? 」
私は頷きながら、隣に並ぶ。
自然と、二人の距離が近づく。
「昨夜言ってた、雨上がりの湖……本当にきれいですね」
思ったままに出た声に、彼は小さく微笑んだ。
「貴女に似合うって、言った通りね」
また、そんな甘い言葉。心臓が鳴る。
湖畔の風が、二人の間を優しく通り抜けていく。
この偶然が、運命みたいに感じて……怖いのに、嬉しいと感じる私がいた。
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