第5話 弁慶( -`ω-)」
「人間、生きていると失敗はするものよ。」
あくる日、樹里は美沙と三葉に言った。
「君たちはもうすぐ卒業する。まぁ、思い出を作れなかった子もいるみたいだけど、それでも一つ言いたいことがある。それは失敗するということ。失敗は怖い事だけど、それでいい。それでいいの。でも、私は失敗から逃げた。ちょっと長くなるけどいいかな?」
「いいよ。」と美沙。
「ありがとう。・・・私は中学生の頃、バスケットをしてたの。当時は女子がバスケットをするのが少なかった。でも、プロリーグもあったのよ。私は3年間バスケをしてた。いつか大舞台に立つために。でも、高校に進学するとき、先生や親に言われたの。
お前は成績がいい。推薦で行く学校のレベルだと、将来苦労するって。そこで、私は迷わず推薦をうければよかった。有名なプロバスケットプレイヤーがその学校の卒業生だった。だから行きたかった。でも、親のことを考えたらいけなかった。私、親に反抗できなかったの。
それが失敗。今では、カチコチに頭固まったおっさんたちと一緒に働くことになった・・・失敬、とにかく退屈な仕事をしている。教師は楽しいけど、やっぱり失敗から逃げなければよかったって今は思う。」
「そうなんだ。樹里ちゃんも苦労してんだ。」
「そうだよ?大人は大抵苦労している。あのみつひろさんもね。」
三葉はみつひろの顔を思い浮かべた。そういえば、いつもニコニコしてたな・・・。それほど苦労しているようには見えなかった。みつひろは自分たちのために日々奔走していると考えると、胸が痛む。
「まぁ、暗い話は終わりにして、クッキーあるけど食べる?」
「食べるー!三葉も食べるでしょ?」
「・・・私は。」
そういうと、すっとクッキーを差し出した。
「はいこれ。大人は子供を喜ばせるものよ。受け取りなさい。」
「・・・子供じゃないし。」
時間はゆっくりと進む。
年が明けたが、相変わらず隆二は事件の捜査に追われていた。以前、取り調べした人間から有力な情報を得た。ホシは男。だが、身長や顔など、それがわからなかった。だが、小さい情報。必ずホシを捕まえる。隆二は躍起になっていた。
「気持ちはわかりますが、少しは休んだらどうですか?」
「バカ野郎。上の人間が休んでいたら、示しがつかないだろ?それに、こうしてる間に犯人がまた殺しでもしたらどうする?」
隆二は頑なだった。自分の正義心が、この事件を解決すると信じていた。この事件は、自分が刑事になって以降、初めての事件だった。ここまでの猟奇的で関係性のない事件は類を見ない。一体、犯人の目的はなんだ?ただの通り魔か?それとも・・・。
「なぁ。被害者に共通する点って本当にないのか?」
香は苦い顔をした。
「それが、ないんですよね・・・。しいて言うなら、吉原市出身ってことくらい・・・。」
「・・・くそッ。そんなもの大した情報じゃねぇな・・・。」
またしても、捜査は行き詰った。
「・・・一人目の被害者をもう一度洗うか。関係者をもう一度、徹底的に調べるぞ。」
新年は盛大に祝われた。グループホーム「しんかんせん」で、餅つき大会が行われ、発案者の安穂が力いっぱい杵を振りかざす。お餅はだんだんと生き物のように変化していった。浩は多くの餅を食べ、喉を詰まらせていた。それを見た美沙はお腹を抱えて笑っていた。由美の姿はなく、健太はそれを心配した。
三葉は隅の方で食べていた。みつひろが近づく。
「やぁ。楽しんでる?」
「・・・別に。おかわり。」
「自分で取りに行きなよ。」
みつひろは三葉のために、餅を1個持ってきた。
「君が来て、皆少しずつ明るくなってきたよ。健太はまたお姉ちゃんが増えたって残念がっていたけどね。浩しか男の子いないから。あ、別に三葉ちゃんのことを嫌いだって言ってるわけじゃないよ。君の事もすごく好きなんだよ、あの子。」
「・・・なんで、ここを始めたの?」
そう聞くと、みつひろは手に持っているお茶をグイッと飲み干した。
「・・・そうだね。ちょっとややこしいけど、簡単にいえば僕のやりたいことだったんだ。・・・少し、昔話していいかい?」
みつひろは隆二と違い真面目で、幼い頃から警察を目指していた。父が警察官をしており、父が大好きだったみつひろはいつか自分もやりたいと願うようになった。勉強も運動も出来た。何処へ出しても恥ずかしくないその青年が何故、少年や少女を助けるような真似をするようになったのか。
高校2年生の時だ。とあるニュースをみた。それは、大阪の繁華街で少年たちが風邪薬の過剰摂取や暴走行為などの非行に走っていることを報じていた。衝撃だった。自分と年と変わらない、なんなら中学生がそのようなことをしている。非常に残念だった。何故そのようなことをするのか。今の自分には理解できなかった。そこで、コメンテーターは口をそろえて言った。
「親のせいだ。」と
警察学校に入学しても、あのニュースのことが離れなかった。そして、少年たちの犯行が日に日に多くなっていく。自分に何ができるのだろうか。自分は助けるつもりで、彼らに接触したことがあった。そこで思い知らされた現実。そして、自分はどれだけ恵まれた環境にいたのか。自分がしようとしたことは偽善以外何物でもないこと。それに気付いた。
自分は、彼らに何もできない。警察では彼らを助けられない。ならいっそのことNPO法人でも作る・・・。いや、彼らが本当に欲しいもの・・・。それは・・・。
「家庭・・・。」
「そう、暖かい家庭・・・。彼らには暖かさが必要なんだ。それは、僕が見てきた子たちから導き出した答え。もちろん、それでも拒否する子もいる。でも、僕は助けたかったんだ。自己満足ともいえるけど・・・。それでも、僕は君たちを助けることに人生を賭けているんだ。」
三葉は驚いた。みつひろがそこまで考えていたなんて。そんな大人に、今まで出会ったことがなかった。自分は、恵まれているのか?そう考えるようになった。
「私は、この人が一生懸命やっている姿に感動して、惚れたの。」
安穂が後悔なんてないといった様子で話す。
「そうね・・・。私がNPO法人で働いてるときに、この人が来たの。少年少女を助けたいって。そんな夢持った大人なんて、今までいなかったから。私は本当に感動してね。そして、付き合うことにしたの。まぁ、付き合ったらこの人、何にも出来なくてびっくりしたけどね。」
おいおい、と照れくさそうにみつひろは言った。三葉はやれやれと言い、その場を離れた。お餅は、硬くなっていた。
「・・・あぁ。今は外に出れないんだ。寂しくはないさ。お前とこうして話せるんだから・・・。うん・・・。大丈夫。みんな、優しいよ。おばさんはうるさいし、おじさんは太ってて気持ち悪いけど・・・。そうだね。いつか、海に行きたいな。・・・え?なんだって?・・・どういうこと?・・・おい!待って・・・!」
午前7時半。ボサボサの髪で起きた三葉。
「あんた・・・。女の子なんだから、きちんとしてないとまた安穂ちゃんに怒られるよ?」
「・・・ん。」
「ほら、髪といてあげるから。」
姉と妹の関係になりつつある美沙と三葉。髪をといている最中に、美沙はくすりと笑った。
「・・・昨日、またこっそりお兄ちゃんに会ったんだ。会いたがっていたよ?いいねぇ、青春だねぇ。」
「・・・なに、おばさん臭い事言ってんだ?」
「わざとよ。わざと。やっと起きた。・・・はい、終わり。あんたの髪っていつも思うけど、綺麗ねぇ。お姉ちゃん、羨ましい。」
「いつから、私が妹になったんだよ。」
二人は笑い合っていた。
2階から降りると、いつも元気な健太の姿がなかった。少なくとも、三葉が来てから、彼が顔を見せない日はなかった。
「みっちゃん?健太、どうしたの?」と美沙は心配しながら言った。
「あぁ、風邪さ。大丈夫。」
「本当に?」美沙の心配な声が響く。
山本 健太は、みつひろと安穂の一人息子で小学校5年生。生まれつき体が弱く、多くの病気を患っている。腎臓病、肺動脈弁狭窄症、パニック障害といった病気に悩まされている。特にパニック障害は酷く、サッカーの練習もままならなくなった。学校も休んでいる。病気のせいで、サッカーの練習や学校をサボっていると思われ、いつもいじめられている。そのこともあって、症状はよくならない。
三葉が来る前。彼が「死にたい」と言って大暴れしたことがあった。積もりに積もった感情が爆発した。家じゅうの皿を投げたり、地団駄踏んだり、あるいは椅子を投げて窓ガラスを割った。
それは、台風が去ったあとのような惨状だった。安穂は泣き、みつひろは呆然とし、健太は気を失っていた。また、腎臓が悪く、数値もよくない。あと一歩のところで、透析の所まで来ている。食事には気を付けているが、ラーメンなんて滅多に食べられない状態である。よくふらつき、立ち眩みも多い。風邪もよくひき、毎日寝込むこともしばしばだった。毎日吐き、脱水症状で病院に入院することも多い。
そんな健太の夢は、プロのサッカー選手になること。健太はサッカーが上手く、地元のサッカーチームのコーチにも一目置かれている。心からサッカーを楽しんでいて、時折みつひろとサッカーで遊んでいる。モテていたため、数人の女の子が見舞いに来ることもあった。それでも、彼のパニック症状が酷くなってくると、その足も徐々に減っていった。
何故自分だけ・・・。健太は自分の運命を呪った。本当に生きていていいのか、分からなくなった。幼い心に死という概念が蝕んでいく。
皆、静かに過ごしていた。浩は一人で出て行き、美沙はみつひろと一緒に買い物に行った。三葉は、基本的に外出禁止なので、リビングで過ごしていた。「暇なら洗濯物を畳んどいて。」と安穂に言われ、洗濯物を畳んでいた。
大きなあくびをしたときだった。3階から由美が降りてきた。いつもは中々降りてこない由美だったが、最近はよく顔を見合わせることが多い。三葉は特に心配することもなく、会釈をした。どうも、彼女が苦手だった。何を考えているのかわからない虫みたいで、怖かった。
そんな彼女が声をかけてきた。
「・・・健太は?」
「え?あぁ・・・。寝てるよ。風邪だって。心配いらないって言ってた。」
「・・・。」
つかみどころのないまるで雲のような存在で、三葉は扱いに困った。邪険にするわけにもいかず、長い沈黙だけが続いた。
LINEに通知が来た。手に取ると、すぐ隣にいる由美からだった。
『健太は本当に風邪??どこか病気になってるんじゃない??ちゃんと検査させたのかな(◞‸◟)?三葉ちゃんは何か知ってる???なんでもいいから教えて_|\o_
健太に何かあったら生きていけない・・・・・みっちゃんは肝心な時に、役に立たないから、私たちで何とかしないと(ง๑ •̀_•́)ง・・・でも、ただの風邪だったら、私の心配も重いだけかな( ˘•ω•˘ )三葉ちゃんはどう思う??』
「・・・は?」
思わず、声に出た。誰からだ?いや、これは間違いなく、由美のアカウントからだ。乗っ取り?いや、違う。由美は隣でスマホを弄っている。ということは彼女から?三葉は、この文章があの由美からだと信じられなかった。由美の方を振り向くと、いつもの辛気臭い雰囲気を醸し出していた。
三葉は、返信してみた。
『ねぇ・・・。もしかして、LINE弁慶?』
『違うよ!!これが私の本来の姿!偽りのない本当の自分 ( ¯﹀¯ )ムフ〜
・・・私、人見知りでよく誤解されるの。学校ではいじめられるし、居場所がないし・・・。親も心配してたし・・・。でも、信じて!私本当はめっちゃおしゃべりだから(^A^)』
キャラが違い過ぎて、自分の頭の処理が追いつかなかった。彼女は偽っている?いや、本当に人見知りなのだろう。だとすれば、すごい変わりようだった。人間、ここまで変わるものなのか?三葉は人間の不思議に触れた気がした。
数日後、健太の風邪は治った。だが、顔色があまり良くなかった。皆、心配していた。
「健太・・・。もうちょっと寝てたら?」
美沙は心配したが健太は、「大丈夫!」と言ったが、その声は前ほどの元気はない。
「ヒロにぃ!サッカーやろうよ。」
「え!?待って。お前、病み上がりやんけ。できひんわ。」
サッカーボールを手に持って浩に頼み込む。
「大丈夫!もうげん・・・」
意識が飛んだ。慌てて皆駆け寄る。みつひろがすぐに寝室に連れて行った。
朦朧とする意識の中、彼は振り絞って声を出した・・・。
「由美ちゃん・・・。」
その声は、三葉にかすかだが、はっきりと耳に残った。
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