シロツメクサ
酒井 吉廣(よしひろ)
第1話 黒猫の子
大雨、公園、遊具、水たまり、膨らみかけた桜のつぼみ、レインコート、団地、黒い影、死にかけの手、流れる血の海、血の付いたナイフ、少女、電車が鉄橋を走る音、遠くで聞こえるサイレン・・・。すべてが今、現実に起きていること。まもなく、警察が来るだろう。その時、彼女はどうするのだろうか・・・。現実から目を背けるのか。それは、誰にもわからない。冷たい雨は小雨に変わった。
大阪北部の吉原市。人口12万人のベッドタウンだ。縦には鉄道が2本通り、横に高速道路が横切っている。都心部にとてもアクセスが良く、高度成長期には多くの団地が建設された。昔は竹林が広がる里山だった場所で、今でも市の中心に緑地公園が広がっており、市民の憩いの場になっている。カップルに人気なのは池のボート。子供には大きなタコの滑り台が人気だ。基本移動は車で、持っていない人はバスで移動する。学校は小学校が6校、中学校が4校、高校は2校あり、うち一つは、大学の附属校である。有名人の出身が多いというのが市民の自慢で、現在は有名ダンスグループのリーダーが出身とのことがあり、ファンが聖地巡礼することが多い。
そんな街で殺人事件が起きた。現場は、小さな公園のベンチ。20代男性で死因はナイフで滅多刺しにされたことによる大量出血死。ここ最近起きている連続殺人事件と関連を調べている。平和な街に不穏な空気が漂う。警察もピリピリしていた。パトロールを強化しているのに、なぜこんなに殺人が起きるのか。警戒していた警察も、頭を悩ませていた。
「仏さんはどこ?」
ヨレヨレのスーツで現れたのは、刑事の横山 隆二。年齢は45歳で飄々とした人間だ。彼は大阪府警から派遣された刑事で、今回の事件の解決を任された人物だ。
「こりゃぁまた酷いね・・・。みんな・・・合掌。」隆二の部下が皆一斉に合掌をした。
「横山刑事、こっちにもう一人倒れている男性が・・・。」
「・・・こいつは。」
遠く離れた場所で、少女が泣いていた。
時間は遡り、夏。吉原市最大の駅、笹川駅は多くの人でごった返していた。出勤を急ぐサラリーマンや学生。みんな忙しそうに動いている。そんな駅前に黒いフードを被った少女がいた。名前は平沢 三葉。彼女は暇つぶしにスマホを操作している。そんな三葉に大柄の男が近づいてきた。
「やぁ・・・。君がミーちゃん?初めまして。」
「・・・ども。」
三葉は小声で答えた。少し怯えた表情を見せていた。周りの人間は、関わりたくないという目で通り過ぎていく。男は、興奮しながら「当たりだ!」と言った。待ち合わせしていた笹川駅の西側はゲームセンターやファストフード店が立ち並ぶ繁華街で、2人はゆっくりと歩いた。まるで、繁華街に溶けていくように2人は消えていった。
数分後、フードを被った三葉は猛スピードでホテル街を走りさった。
「待てッ!コノヤロー!俺の金を返せ!」
大柄の男はゼーゼー言いながら追いかけたが、煙に巻かれた。三葉は必死に走って、人気のない住宅街の公園にたどり着いた。
「1・・・2・・・3・・・4・・・5。よし・・・。」
一万円札は五枚あった。それをポケットに突っ込むと、三葉は公園のベンチで少し休憩した。5万・・・。結構持っていたな。もっと取れるなと思った。いつから自分は大人を騙すようになったのだろうか。後悔はないが、このままでいいのだろうかという気持ちが三葉にまとわりつく。
自販機でコーラを買い、自分の座っていたベンチに戻ろうとした。その時だ。ふと見ると、誰かが座っている。さっきの男か?それとも警察?少女は警戒した。
「なるほど・・・。手癖の悪い子だ。そんなお金どうするの?」
いきなり声をかけられた。言い方に気持ち悪さを感じた少女は、正体不明の人物に質問をした。黒いTシャツに短パン。小太りで見るからに普通のおじさんだ
「・・・なんだっていいじゃない。てか、つけてきたの?キモ。あんたもあのおっさんとグル?」
そういうと、その人物は答えた。
「いや、なんにも関係ない。あんな「パパ」と一緒にしないでくれ。それに、あの 場所から逃げ切るのは、この公園しかないしね。君、かなり手慣れているね。」
少女は黙った。男は手に持っていた資料を見ていた。
「君、「平沢 三葉」だよね。・・・へー中学三年生なんだ。浩たちと同い年だ。学校は?まぁ、君も行ってないみたいだね。あ、僕この先のグループホームを運営している山本 みつひろというものなんだけどね。みんなから「みっちゃん」、って呼ばれているんだ。よろしく。」
「・・・なんで知っているの?」
「まぁ・・・。警察に知り合いがいて、その人から色々聞いてね。君、一部じゃ有名だよ。」
なんだか胡散臭い男に、警戒をしている三葉はさっさと逃げようとした。
「まあ、待ちなさい。今、駅に戻ったらアイツに何されるか解らないよ?それとも行く当てがあるのかい?」
正直に言うと、三葉にはそんな当てがなかった。ほとんど宿なしの人間と同じで、住む場所がなかったのだ。
「家に帰れるかい?」
「家とは関係を絶った。もう関係ない。」
三葉はそう答えた。
「・・・なら、うちに来るかい?」
「私なんか拾って、何になるの?」
「愚問だな。ただの自己満足に見えたかい?」
みつひろがそう答えると、三葉は何も答えなかった。何かすべてを見透かされている気がして、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「僕の所に来れば、良いことだらけだよ?メリットとして、暖かい布団で寝られる。おいしい料理を食べられる。なにより、安全だ。」
「・・・段ボールでも寝られるし暖かい。料理はカップ麺でも十分だし、今の世の中に安全な場所なんて存在しない。たとえ家でも、強盗が入ってくるし。」
「まいったな・・・。あー言えばこう言うタイプか。」
ぼさぼさの頭を掻き、こいつは厄介だなと感じたみつひろは、強引に三葉の腕をつかんだ。
「ちょッ!」
「はいはい、いくよー。もうこんな時間だし、駅前は酔っ払いと半グレでいっぱいになる。君も不良少女と間違えられるよ。ほら、早く。」
夜の住宅街は、昼と違い、一切の音がない。虫の声がかすかに聞こえる。まるで、この世の終わりに似た静けさ。その中を、ひとり歩く男がいた。男は住宅地に溶け込むように、黒い服に覆われていた。片手にはサバイバルナイフ。そして血痕。とぼとぼ、まるで年老いた人間のような歩みで進む。数メートル先の電柱に座り込む女性。女性の周りには、多くの血が流れていた。首元から、まるで滝のように血が流れる。集る蝿。悪臭。悲鳴。サイレン。不気味な笑みを浮かべる男。これで3人目の遺体。
グループホーム「しんかんせん」。みつひろが鉄道オタクということもあって、この名が付いたグループホームには、三葉と歳が変わらない男女が4人、リビングでくつろいでいた。三葉は、なんとなくこの空間が嫌だった。なんとも言えない空気。一刻も早くこの場所から離れたかった。
「誰や、そいつ。」
ソフトモヒカンで10月だが残暑厳しいのに、黒いダウンジャケットを羽織っている青年が話した。
「あ、紹介するよ。この子は・・・」
「そんなことより、浩を何とかしてよ。またケンカしてたんよ。」
髪の毛が半分赤、半分黒のツインテ―ルでくくった少女が嫌なことあったんだと言わんばかりにみつひろに話す。みつひろは、対応に困った。
「そうかい。それは大変だね・・・。でね、この子が・・・」
「そんなこと言ったら、美沙なんてパパ活してたやん!」
「ばか!そんなことするわけないじゃない!あれは彼氏!!」
「ホンマの彼氏に金渡してるの知ってるで!」
二人の男女が口論になった。みつひろは、ハイハイと言ってなだめる。
ここが私の家?そんな疑問を抱いた三葉。グループホームは、古い一軒家を改築したので、あちこちボロボロだった。例えば天井。みつひろがDIYした素人建築のため、今にも落ちてきそうだった。足元を何かが走り去る。黒いアイツだ。それを、パーンッと丸めた新聞紙で叩いたのは、ここの寮母。つまり、みつひろの奥さんだ。名前は安穂。
「また出たわね。みっちゃん、ホウ酸団子買ってきてッて言ったでしょ!」
「あぁ、ごめんよ。また買ってくるから。」
安穂は、ここのグループホームの母親代わりの存在である。行き場を無くした子たちの面倒を見ている。
「・・・邪魔。」
三葉の気づかないうちに、髪の長い女の子が立っていた。しかも、スマホをいじりながら。三葉はぎょっとした。幽霊かと思ったからだ。
「こら、由美。歩きながらスマホを触るのはやめろって言ってるじゃないか。」
「・・・・。」
無言で携帯をいじる由美。
「おねーちゃん、ここで生活するのー?」
「おいおい、健太。まだご飯を食べていたのか。遅いぞ。」
「仕方ないじゃないか。久しぶりのここでの食事だよ。もっとじっくり味わいたいじゃない。」
「そう言えば、宿題をこの前やらなかっただろう。なんでもじっくりは駄目だ。」
なんだ、ここは・・・・。自分とタイプが違う人間に驚く三葉。こんなところで生活するのか?まったく冗談じゃない。自分は自由に生きたいと考えていた。
一通り自己紹介が終わり、4人がどういった人間か把握した。まずはヒロシと呼ばれている「浅貝 浩」は、三葉と同じ中学3年生でここの近くの中学校に通っている。ほとんど出席しておらず、毎日遊んでいる。髪の毛はもちろん。服装も派手で、いわゆる近づきづらい人間である。根はやさしいと本人は言っているが、みつひろ曰く、手がつけられないくらい暴れん坊である。
同じ中学校3年の「足立 美沙」は、唯一ヒロシを止められる存在である。そんな彼女も、学校はほとんどいっておらず、若者たちのたまり場でいつも過ごしている。友達同士で落書きなどをして、警察に補導されることが多い。
「長嶋 由美」は高校1年生で、市外の学校に通っていた。しかし、入学してすぐにいじめに遭い、学校には通っていない。それ以降、引きこもって出てこなくなった。三葉にみつひろは「ラッキーなことだよ!あの子から話をしてくることなんて!」と言っていたが、三葉は、不快感でいっぱいだった。
最後の健太は、みつひろの実の息子だ。近くの小学校に通っているが、病気がちのため学校をよく入院を繰り返している。サッカーが好きで、地元のサッカークラブに所属している。誰とでも仲良くなり、ここの利用者とも上手く付き合っている。
おどおどしている三葉にみつひろは、「緊張しなくていい。」と声をかけた。三葉は何も答えず、「荷物が置きたい。」と言った。安穂は「また、こういった問題児を・・・。」と頭を抱えていた。
「あなたの部屋は美沙と同じ部屋だから。自由にしていいけど、あんまり迷惑かけちゃ駄目よ。」
「・・・分かった。」
「ベッドは下の段を使いなさい。あの娘は上だから、勝手に登ったら怒られるよ。」
「そんな、小学生みたいなことしない。」
「冗談よ。あんたはもうちょっと冗談が通じる人間にならなきゃ駄目ね。」
そういって安穂は笑いながら、また後でね。と言って1階に降りて行った。
ベッド脇にドサッと荷物を置き、ベッドに寝転んだ。まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。疲れがドッと出て、眠たくなってきた。
「あ、明日。警察へ行くから。よろしくね。」
脳の遠くでそんな言葉が聞こえた。三葉は、もう聞こえていなかった。深い眠りに落ちていった。
平沢 三葉。ごくごくありきたいな名前だ。名前の元になったのは、公園に咲いていた三つ葉のクローバーからとったのだろうと私は推測している。こんな人間は、たいした人生を送れないと思っている。
私は大阪でなく、和歌山で生まれた。産まれた時から、父親というものが存在していなかった。母と2人で生活していた。母の名は、覚えていない。3歳の頃、母親は交通事故に遭い、亡くなった。大阪に住む親せきのところに預けられたが、私自身その家に馴染めなかった。馴染もうとしなかった。親が居ないことをからかわれ小学校に居場所を見いだせなかった。
だがひとりだけ話しかけて来た男の子がいた。ほかの男子と違い、顔立ちもよく、人気者だった。よく思い出せないが、人気者だったことは覚えている。その子とは、6年生のときに数ヶ月だけ付き合った記憶がある。なんで付き合ったか不明だが、なぜか話が合い、そういう流れになった。多感な時期なだけあって、皆からかった。だが、その子はからかう周りの子とケンカをしてまでも私と付き合った。
「何で?私と付き合っても嫌われるだけだよ。」
その子は言った。
「君が好きなんだ。」
ジリリリリ
けたたましくなる目覚まし時計で起きた三葉。
「・・・・・。」
髪の毛はぐちゃぐちゃで、起こしに来た健太に「オバケ―!」とからかわれた。ぼーっとしている三葉に上のベッドで寝ていた美沙は、
「何してるの?早く支度して。ごはんだよ。って、くっさ!シャワー浴びてきてよッ!」
と怒鳴った。
「・・・ん。」
と母親に怒られた子供のように返事をした。
しんかんせんは3階建ての1軒屋で、1Fはみつひろたちの居住スペース。2Fがリビング、3Fに部屋が3つ分かれている。浩と由美は一部屋ずつ与えられ、美沙も一人部屋だった。ちなみに、各部屋には2段ベッドが備わっており、皆上の段を使っている。
「おはよう。よく寝られたかい?」
大きな声で、食器をセッティングしているみつひろに、「・・・うるさい。」と三葉は言った。
「お前、昨日と全然ちゃうやん。もっとマシやと思ってたわ。」
浩が茶化した。
「まーまー、なんちゅう格好なの。ちゃんと着替えた?」
安穂はびっくりして、駆け寄った。
「うるさい。これがいい。」
三葉は、埃まみれの黒のパーカーを着て出て来た。健太は、「雑巾だー!」と指さして言った。皆、忙しそうに食事の用意をしている。こういうの久しぶりだなぁ・・・。三葉はそう思った。カチャカチャっとリズムよく置かれる皿。清らかな水が流れるような音を響かせるコップに入れた牛乳。オーブンのチーンと同時に配られる焼けたパン。いつ以来だっけ・・・。自分がこんな暖かさを忘れていたのは・・・。なつかしさをパンの匂いと共に思い出し、自然と涙がこぼれた三葉。
「ど、どうしたのッ⁉お腹痛いッ?」
うろたえるみつひろに、
「・・・ッ⁉・・・何でもない。」
涙を拭う三葉に、皆少し心配そうな様子を見せた。
「びっくりするやんけ!あんまみっちゃん困らせんなや。」
「どの口が言ってんだが・・・。」
浩と美沙が漫才を披露している間に、三葉はすぐに案内された席に座った。そして、みつひろが「みんな揃ったね。じゃ、いただきます!」というと、食事が始まった。引きこもりの由美も、食事をしている。グループホームしんかんせんのルールで、皆で食事をとるというルールがあり、それは皆守っていた。こんな多種多様な人間がいるのに、同じテーブルを囲んでいることに、三葉は恥ずかしさと居心地の悪さに、さっさと食べ部屋に戻った。
「三葉ちゃん、9時に出るから。お金持ってね。」
みつひろは言ったが、三葉はバタンッとドアを閉めた。
警察署は嫌だった。カビ臭いし雰囲気も悪い。何よりお巡りさんというのが三葉は苦手だった。いつも高圧的に対応され、ムカついていた。みつひろと一緒に待合室で待っていた。
ガチャン
重い鉄のドアが開き、ヨレヨレのスーツの男が入ってきた。男は横山 隆二と名乗った。
「はーい、どうも。平沢 三葉ちゃん。たく・・・みっちゃん。俺、刑事なの。忙しいの!殺人事件でてんてこ舞いなんだよ。こんなミルク臭いガキの世話なんてしないの。」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに、この子も反省しているし・・・。ね?」
「チッ。こんなしょうもないことすんじゃねーぞ。クソガキ。俺ぁ忙しいんだ。」
上から物を言う隆二に、カチンときていた三葉に、「落ち着いて。」と諭すみつひろ。愚痴にも似た隆二の説教は続いた。
「いいか?大人はみんな忙しいんだ、みーんな。お前みたいなガキにしっぽ振ったおっさんたちは知らんが、とにかく忙しいんだ。面倒なことをするなよ。次やったら、逮捕だからな。今回は見逃すから。被害者も、お金さえ戻ればいいって言ってるから。気を付けろよ。」
もう行っていいぞ。と言い、隆二は部屋から出るよう指示した。「ありがとね。」と一礼したみつひろ。その瞬間、三葉が言った。
「あんたみたいな大人が、一番嫌い。私にしっぽを振るおっさんも嫌い。大人なんてみんな嫌い。自分勝手で、金に執着が強くて、我がままで。ほんと、おっさんたちも嫌い!死ねッ!」
「なんだと?本当に逮捕されたいのか、このガキ!」
喧嘩が始まり、みつひろもあわてた。
「ちょっと、二人とも落ち着いて!」
「おいっ、みっちゃん!お前のところのガキどもは、どいつもこいつもどうなってんだ?大人へのリスペクトが足りないぞ。」
「みんな不安定なんだよ。ゴメンねッ!」
そう言い、三葉の手を引いて急いで帰るみつひろ。三葉は、その態度も気に入らなかったが、しぶしぶ付いていった。
帰りのワゴン車の中、はぁ・・・。とみつひろはため息をついた。日頃の疲れがドッと休日に出たサラリーマンのように疲れ切っていた。
「いやーまいったね。彼、悪い人間じゃないんだけど、口が悪くてね。あんなんだし、部下からも嫌われているんだよ。・・・まぁ、彼ね連続殺人事件の担当の刑事だからね。あっ彼、高校の同級生で未婚なんだ。あんなんだろ?付き合った女性もみんな嫌がってねー。よく相談に乗ったなー。それは良いとして、彼には気を付けてね。うちの子たち。皆、彼の事嫌いだから。」
「・・・・。」
一方的に話すみつひろに対して、三葉は流れる景色を見ていた。大人は皆嫌いだ。バカで、意地っ張りで、うざい。三葉にとって大人とは、嫌悪感の塊にしか見えなかった。いつかあんなのになるのだろうか・・・。自分の伸びる身長。膨らむ胸。かすれる声。衰える体力。すべてが嫌になってくる。通りに、ダサいスーツを身にまとった若い男が、それにお似合いと言わんばかりの女と道を歩いていた。果たして女は、その男が好きなのだろうか。それとも、男に合わせて変わっているのだろうか。そうしないと生きていけないのだろうか。いずれにせよ、自分がないように見える。私はそんな事はしない。自分は自分だということを世の中に知らしめてやる。そう思っていた。
しんかんせんに到着したのは、お昼頃だった。すると、美沙が大慌てで飛び出してきた。
「みっちゃんッ!大変だよッ!ヒロシが・・・・ッ‼」
高速道路。並行して走る電車。その高架下。駐車場には何台のも車がひしめき合っている。黒いワゴン車。外は雨。ザーザーと激しい雨が打ち付けている。伝う水。混ざる赤い血。ワゴン車に横たわる人。ナイフ。これで4人目。
「流石にこれは、公開捜査に踏み切った方がいいのでは?」
会議室で、部下の飯山 香が隆二に詰め寄る。
「そうしたければそうすれば?俺は知らないよ。」
「上司なんですから、責任持ってくださいよ。それに、被害者はもう4人も出ているんです。SNS見ないんですか?皆気づいていますよ!」
「うるせぇな・・・。そんなにキャンキャン吠えないでくれるかな。マスコミや世間の声なんてほっとけばいい。それより、殺され方が気になる・・・。」
殺されたのは、20代の男性とみられる。腹を数回刺されており、大量出血死が死因だ。殺されて数時間経っている。
「仏さんも気の毒だねぇ・・・。一体どんな奴が殺したんだ?証拠の一つも出て来やしない。」
「本当に同一犯なのでしょうか?もしかしたら、組織的な犯罪組織の可能性もあるんじゃないでしょうか?」
「・・・・さぁ。どうだかね。」
そういうと、タバコを取り出し吸おうとした。「禁煙ですよ。」と言われてもお構いなしに火をつけた。
浩が喧嘩をした。そんな話をきいたみつひろはすぐに、浩に話を聞こうとした。しかし、当の本人の姿がなかった。
「一体何があったんだ?」
美沙に話を聞いたみつひろ。
「学校で乱闘だって‼相手を殴ってそこから大騒動に・・・。今、学校の先生たちが大慌てで探しているの!」
「何だって⁉」
みつひろも大慌てで浩を探しに行く。
「ごめんね、三葉ちゃん!お昼はなんか勝手に食べて!僕、探しに行ってくるからッ‼」
「・・・わかった。」
三葉はぽつんと取り残された。
学校か・・・。そういえば、しばらく行ってなかったな・・・。
嵐が去ったような静けさがあたりを包んでいる。三葉は、何事もなくドアを開けようとした。その時だった。
「・・・おい。おい!」
誰かが三葉を呼んでいた。声のする方に向かうと、裏庭に浩がボロ雑巾のような姿で座っていた。
「・・・なに?何してるの?あんた。」
「なんでもええやろ!それより、お前・・・名前なんやっけ?」
「三葉。」
「三葉。悪いけど、金持ってきてくれへんか?すぐそこの戸棚の中にあると思うわ。」
「なんでそんな事、しないといけないの?」
「お前スリやろ?聞いたで。おっさんから金パクったって。だから、泥棒も出来るやろ?頼むわ。」
「・・・話が見えない。そんな身体でどこ行くの?病院?」
「ちゃうわ!・・・いや、あながち間違ってへんけど・・・。ともかく金盗ってこい!」
浩は無茶苦茶なことを要求したが、三葉は「わかった。」と承諾した。三葉はずんずんと教えられた戸棚に向かって歩き、棚を一段一段漁っていた。戸棚は、本当に泥棒に荒らされたようだった。お金を見つけた三葉は、すぐに浩のところに行き、お金を手渡した。
「お前・・・。ホンマすごいな・・・。」
浩は驚いて三葉を見つめた。
「で?これからどうするの?皆、あんたの事を探しているんだって。」
「知るか・・・。どうでもええわ。そんなことより助かったわ。俺、行くわ。」
ケガした体に鞭打って、浩はしんかんせんを出て行った。
気が付くと、三葉は後を追っていた。別に心配していなかった。ただ興味が沸いた。自分と同い年の子に、一体何が出来るのか。三葉は、気づかれないように、遠くからついていった。
千鳥足の浩を遠くから見ながらついていく三葉。気が付けば、駅前の繁華街に到着した。浩は通りを歩いている人に気味悪がられながらも、その間を縫うように歩いていた。三葉はその様子をみて、昔みんながいじめていた毛虫を思い出した。
茶色い毛虫は友達に蹴られ、ボロボロになりながら、排水溝を一生懸命進んでいた。そんな毛虫に三葉は、そっと手を差し伸べ、植木の葉っぱに乗せた。手が晴れてしまったが、心は少し晴れやかな気分になった。今、そんなボロボロの大きな毛虫を助けようとしている自分に、三葉は気がついた。
何故そんな面倒なことを・・・。自分でもわからないが、気持ちとは裏腹に体が動いた。
「ねぇ。肩貸そうか?」
「なッ‼お前・・・。いらんわッ!あっち行け!」
「そう。なら、ついていく。」
「だから、いらんって。」
イテテと座り込む毛虫みたいな男の子に、「はぁ・・・。」と大きなため息をついた三葉。そして、かばんから絆創膏と除菌シートを取り出し、手当てを試みた。
「やめろや!」
「いいから。」
と嫌がる浩を、黙々と手当てした。
手当てが終わり、三葉はしばらく駅前のベンチで浩と座っていた。なんでこうなったんだろうと不思議でたまらなかった三葉。なにせ出会って間もない人間とこうやって座るのだから。こんな奇跡にも近い事に、三葉はなんとも思っておらず、浩の方が緊張して、何も話すどころか、指も動かすことも出来なかった。蛇に睨まれた蛙のように動かない浩に、しびれを切らした三葉は、呆れたような声で話をした。
「何も聞かない。喧嘩した理由とか、どこ行くとか。でも、なんで私に声をかけたの?自分で取りに行けばいいじゃない。」
「そりゃぁ、お前がスリで・・・。」
「私はスリじゃない。」
三葉は大きなため息をついた。
「いいよ。そういうの慣れてるから。じゃあ。」
「待ってくれ。ちょっと昼飯でも喰わへんか?」
「何?おごってくれる?ってあんたの金じゃないじゃん。」
「ええから来い。」
強引に三葉の手を引っ張る浩。
駅前のファストフード店に入った二人。ボロボロになった男子と黒いパーカーを着た女子に、店内にいた客はざわついている。そんな環境の中、黙々とハンバーガーを食べる三葉に、痛みをこらえながらジュースを飲む浩は三葉に話していた。
「おかん・・・・おかんの所に行きたかってん。おかん、実は病気で入院してんねん。それの見舞いと見舞いの足しになると思て、お金持っていくねん。」
「・・・ふーん。」
「けど、失敗や・・・。こんな身体じゃ行けんわ。」
「・・・。」
ハンバーガーを食べ終えた三葉は、何も聞かなかった。ズルズルと大きな音を立ててジュースを飲む。ハンバーガー屋には何か慌てて電話をする人間がいた。
「あの人。慌てていたけど、たぶん学校に連絡したんじゃない?いいの?」
「ええわ、別に。もう遅い。時期にみっちゃんが迎えに来るやろ。俺、市内じゃちょっとした有名人やねん。悪ガキやからな。ハハハ。」
「ふーん。」
「お前も由実姉みたいに無口で嫌なヤツかと思てたけど、案外優しいねんな。」
「ズルルル。」
「・・・マイペースやなぁ。」
飲み食いする三葉に、感心する浩。
「俺、帰るわ。」
「・・・そう。お母さんはいいの?」
「またにするわ。」
そう言って、トレーに乗っているごみを片付け、浩は出て行った。三葉はそれを目で追った。鬼の形相の大人たちが駆け寄り、車に連れていかれる浩をずっと追っている。昨日あったばかりの人間だが、なぜかほっとけなかった。あの毛虫を追って、車が走っていった方向を見、地図アプリでその方角にある中学校に向かって歩いた。
毛虫、もとい浩は吉原市立第3中学校の相談室にいた。
「浅貝!お前は一体何考えてるんだッ!!」
体格のいいいかにも体育会系という先生に指導を受けていた。そしていかにも偉そうな先生が、浩の前に座っている。ピリピリする空気に、浩は嘔吐しそうだった。警察の取調室のような場所が浩は嫌だった。廊下をドタドタと走る音がする。ガラッとドアが開き、顔を見せたのは、みつひろだった。
「す、すいません!」
「山本さん!もう何回目ですか!あんたのグループホームで預かっている子が問題起こすのッ!!」
体育会系の先生の熱が帯びていく。蒸気をまとっているのではないだろうか。湿度が上がった気がする。そんなくだらないことを思っていた浩を察したのか、睨む校長先生。みつひろが何度も頭を下げて謝っている。教室はカオスな状態だった。
「あいつらが悪いんや!」
「うるさいッ!!お前のせいで、一人が病院に行ったんだぞ!」
そういって浩を殴った先生を、みつひろはくっと睨んだ。
「そこまでする必要はあるんですか?」
「ありますよッ!こういう分からない奴には殴るのが一番なんです!あんたが甘やかすから、こんなことになったんですよ!違いますか?」
「・・・・・!!」拳を握るみつひろ。
「みっちゃん!あかんで!俺は大丈夫やから。」
その言葉に我に返ったみつひろ。そのあとも、必死に怒りをこらえ何度も謝った。
三葉は、第3中学校にたどり着いた。別に気にはしていないのに、足が勝手に進んだ。それだけだ。さっきの店でお釣りを返すのを忘れていただけだ。三葉はそう言い聞かせる。しばらくすると、みつひろと浩が出て来た。
「あれ?三葉ちゃん。ここがよくわかったね。お昼食べた?いやーまいったよ。」
「なにのんきなこと言うてんねん。ほんまみっちゃんは怒りっぽいなぁ。健太が心配やわ。」
和やかな空気に、三葉はどこかほっとした。なぜか、この空気がたまらなかった。ずっと忘れていた気持ち。
「じゃなくて、何で喧嘩したの?」
「それは、あいつらが皆の事をアホにしたからや。だから、殴った。」
はぁ・・・とため息をつくみつひろ。
「なんで、目の敵になるんだろうね・・・。そんなにダメかな・・・。親が病気だったり、そもそもいないって。」
「関係ない。」
え?と2人は三葉の方を振り向く。
「親がいるから、元気だからってだけがすべてじゃない。そこにつけこんで何かを言う人間なんてたいしたことのない奴ばかりだから。そいつらが偉いわけでもない。」
「確かに・・・。それは一理あるね。」
「でも、喧嘩で解決する問題ではない。殴っても、そいつらと同じステージに立つだけ。そんな奴は、いずれ捨てられる。世の中ってやつに。社会に。」
「・・・・。」
浩は黙ったままだった。三葉はそう言ったあと、クルリと向きを変えて歩いて行った。
安穂は激怒していた。理由は、戸棚にあった金がなくなっていたことである。怒り狂っていて、誰も止められなかった。雷が落ちたという表現は、まさにこれのことだと三葉は思った。浩は正座をしている。大人に叱られるなんて久しぶりだ・・・・。親がいない三葉にとって、このことはとても心地よかった。同時に鬱陶しいとも思っている。
「あなたからも言ってやって!二度とこんな事をしないようにってッ!」
「わ、わかったよ・・・。」
みつひろは安穂に弱い。三葉はそう理解した。大人の上下関係は大変だと感じた。
数億年後に地球は太陽の膨張により消滅する。そんなことを本で読んだことがある。それぐらい長い時間をお説教で味わった二人は、ぐったりしていた。安穂の説教は、どんな悪たれも泣いてしまう程凄まじいとみつひろから聞いていたが本当だった。三葉は、フラフラになりながら自分の部屋に戻った。
「お、お帰りー、悪ガキ。」
同居人の美沙が茶化してきた。
「・・・うるさい。」
「だいぶ絞られたね。やっちゃんは厳しいから。つまみ食いしただけでもすごく怒るんだから。」
「・・・面倒な人。」
「そうなんよ!面倒なの!わかる?」
食い気味にきた美沙にたじろいた。ここにいる女はどこか変だと感じた。
「あんたとは仲良くできそうね。あたし、人を見る目があるから。改めてよろしくね。」
「・・・・。」
ふんっといい、三葉は部屋を後にした。
しんかんせんの玄関先で、浩が箒を掃いていた。浩は反省として1週間、掃除係として家中をピカピカにすることを任された。
「昔、チューラパンタカ・・・お釈迦様のお弟子さんだね。その人は、精進しても悟りを開けなかったんだ。そのことをお釈迦様に相談すると、一本の箒を渡したんだ。『チューラパンタカよ、この箒でお寺を毎日かかさずお掃除しなさい。』と言ったんだ。チューラパンタカは、お釈迦様の言いつけを守り、毎日掃除をしたんだ。そして、彼は悟りを開いたんだ。・・・えっとそんな話だったかな?まぁ、ようは頑張れば必ず何かに気付くはずだからね。頼んだよ。」
「ちぇ。意味わからんわ。はよぉゲームしたいわ。」
「あ、三葉ちゃん!君も掃除ね。これ雑巾。お掃除よろしく!」
三葉は逃げようとしたが、先回りされた。はあ・・・、面倒。そう思った。
徹底的に掃除をした2人は、隅々まで掃除をした。駐車場の塵取り。排水口の掃除。窓ふきなど、自分たちでもよくやったなとほめてやりたいくらいやり遂げた。
「はぁ・・・。やっと終わった。しんど・・・・。」
「お疲れ様ー。あ、浩。お母さんから電話が来ているよ。」
マジ?と言い浩はダッ!と走っていく。三葉はあっけを取られた。
「彼のお母さんね、入院しているんだ。大阪の中心の大きな病院で治療を受けているんだ。癌なんだって。しかもステージ4。酷いよね、神様って。」
「・・・。」
「君と少し似ているかもね。彼には、・・・いや、ここの子たちは行き場がないんだ。浩もそう。親戚をタライ回し・・・。そして、そういう子は格好の標的だ。浩はそんな奴に負けないと、見てくれも派手。そして、喧嘩ばっかりだ。・・・でも、悪いのは僕たち大人だ。気付かないだけで、こういう子は世の中にいっぱいいる。」
「・・・。」
「なんていうか、全員は助けられないけど、皆幸せになる方法はないものかねぇ・・・。神様はなんて難しいことを僕に言ったのか・・・。なんてね。」
「・・・そう。」
そういって三葉はクルっと向きを変え、歩き始めた。
「あれ、もうすぐ夕飯だよ。どこ行くの?」
「散歩・・・。」
夏の風が、三葉のほほを撫でた。
「なに?急に。・・・って、もう何年にもなるか。お前は、いつも私を待っている。急に連絡が来たから驚いたよ。私は、変な所にいるの。なんていうか、自由があって自由じゃない所。・・・そう居心地が悪い。・・・不思議だ。お前と話していると、何でも話す自分がいる。・・・離れたくなかった。・・・ごめん、関係なかったね。忘れて・・・。それにしても、お前が生きていたなんて、知らなかった。・・・え、また会えるか?・・・今は忙しいんだ、すごくね・・・。また連絡する・・・。じゃ。」
ある晴れた日の朝。公園でジョギングをする老夫婦。風邪が冷たいねと話す。しばらく進むと、大きな木がある。木の下に座る若い男性。胸に突き刺さるナイフ。これで5人目。
しんかんせんに来て1週間になる。三葉は相変わらず寝起きが悪かった。のそぉ・・・。ボサボサの髪で食堂に起きる。
「また、お化けだー!」
健太が茶化す。「何してんの!早く髪を梳いてきなさい!」安穂が叱り、ゾンビのように動く三葉はまさにお化けそのものだった。
「あれ、由美。浩は?」
「・・・知らない。」
また、浩がいない。朝から面倒なことになりそうだと思う三つ葉。その勘は当たっていた。まだ傷がいえていない浩が消えた。安穂は戸棚を確認した。今度は箪笥の裏に隠していた。しかし、浩は三葉以上に手癖が悪く、目ざとく金の隠し場所を知っていた。その額3万円。中学生が持つには少し大金だった。
「アイツ・・・!探しに行ってくる。」
「わ、私も!」
みつひろと美沙は、心配になり浩を探しに出掛けた。三葉は、用意されたパンをかじる。
「あんた、マイペースねぇ。自分のことしか考えてない。はぁ、嫌な子。」
嫌みにも聞こえる安穂の小言が、三葉に投げつけられた。バツが悪くなり、急いでパンを頬張って部屋に戻った。
部屋に入ったら、由実が部屋の真ん中に座り込んでいて、三葉は動揺した。
「・・・・。」
何か話すわけもなく、ただじっと座り込んでいる彼女に、苛立ちも覚えた。
すると、由実は自分の携帯画面を見せた。「ちょっとおかんのところ行ってくるわ。由実姉、後は頼んだで。」そんな内容のLINEをしていた。
「何?何で見せるの?」
「・・・・。」
何も言わず、由実は部屋を立ち去った。
「ここ、鍵いるんじゃない。」
美原駅前の広場。多くの人間が無造作に入り乱れる。スノボーをしている人。路上でたばこをふかしている男。待ち合わせ中の女性。それぞれ、みな人生を謳歌しているように見える。果たして、自分は謳歌しているんだろうか?そんな疑問が、浩に覆いかぶさっていた。いや、自分は母親に会いに行くんだ。そう決めていた。痛い身体を起こし、立ち上がった。
「あ、あいつですよ!先輩!」
10人ぐらいだろうか。この前、喧嘩した奴が先輩と呼ぶ大柄な人間を連れて来た。
「お前か?俺の可愛い後輩を泣かしたんは?」
「・・・なんや、大勢で。一人じゃなんも出来ひんからって、こんなゴリラ連れてきたんか?あほくさ。しょうもないのぉ・・・自分。」
「やかましいわ!お前に対してなら方法なんて関係ないわ!ここまでやられてん!許せるかッ!!」
大男はいきなり、みぞおちを殴った。浩は、「ううぅ。」と苦しい声を上げた。
「まだや。これから地獄見せたるわ!!」
三葉は、お腹が空きちょっと早めの昼食を食べようとした。ここらへんは、あまり探索していないので、仕方なく駅前のハンバーガー屋に行くことに決めた。近道が良いだろうと思い、自分が1回あのパパから奪って逃走した道を逆に進んだ。公園に差し掛かったときに、何人かの男が、カメをいじめているかのように何かを蹴っていた。三葉は、何のためらいもなく写真を撮った。
「先輩!あいつなんか撮っていますよ!!」
一人が気付いた。男が、すぐに振り返った。その足元には、前よりボロボロの浩が転がっていた。唖然とした三葉は、あっという間に男たちに囲まれた。
「おい、ねぇちゃん。悪いことはせぇへん。そのデータ消せッ!」
女性に対して普段からそういう態度を取っているであろう男は、乱暴に携帯を奪おうとした。三葉は、かがんでかわした。「うおぉ!?」男は大きく転んだ。そのスキに、縫うように間を通り、走り去った。
「待てッ!おい、あの女を捕まえろッ!!」
何人かの人間が走って来た。それに追いつかれまいと必死に逃げる。三葉はどこで身に付けたのか、和歌山の環境が変えたのか。持っていたフィジカル性や脚力が幸をそうし、男にも負けない速さを誇っていた。しかしこの辺の地理に疎く、住宅街の隅に追い詰められた。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・やっと追い詰めたで。このアマ!!」
「はぁ・・・面倒だ。そんなに消して欲しいなら、消してあげる。」
「アホか!こんなにオチョくられて、このままで済むかッ!いっぺん殴ったるわ!!」
取り巻きが拳を振り上げた。だが、取り巻きはそれ以上動かなかった。三葉は睨みつける。その目は、まっすぐで曇りがない。しかし、どこか秘めたる力があるような気がする。男の額の汗が滴り落ちる。こんな緊張感は初めてだ。先輩の鉄拳よりもおそろしい何かがある。さっきの足の速さもそうだ。こいつ実はとんでもない化け物じゃないのか?とうとう取り巻きたちは、何も出来なくなった。
「ちっ、もうええわ!帰れ!ちゃんと消せよ!」
そう言って三葉を通した。
「ありがと。」
その一言だけをのこし、その場を後にした。写真は約束通りに消した。
その後、警察が到着した。暴行をくわえていた男が補導され、取り巻きたちは皆チリジリになった。警察に通報したのは、由美だった。三葉が喧嘩しているところを教えて、由美が連絡したのだ。
さっき会った時に、由美が交換して欲しいと頼んだのだ。連絡はそれで出来た。
三葉は内心ほっとした。それと同時に、なぜ自分がここまでしなければならないのか疑問だった。やることはやった。後は、警察に任せようと思い、自分はさっさとしんかんせんに帰ることにした。
「おい、お前。あのガキと同じグループホームの人間だったよな?」
刑事の隆二が現場にいた。
「またオッサンか。」
「うるせぇ。たくっ、口が悪いな。・・・まあ、そんな事はどうでもよくて、あのガキから頼まれたんだ。うちの施設の人間が来たらこれを渡してくれってよ。」
そう言うと、1枚の紙を渡した。
「なにこれ。」
「病院の地図だ。そこの10階の1012号室にこいつのお母さんがいる。見にいってくれだってさ。まぁ、みっちゃんに頼むつもりだったろうよ。」
くしゃくしゃの紙。裏はチラシの広告。すぐに、ゴミ箱があれば捨ててしまうような紙を受け取ったが、これを誰に渡せばいいかわからなかった。
「どうせ暇だろ?不良少女には時間がいっぱいあるからな。みっちゃんには、うまく言っとくよ。金は自分のを使えよ。・・・たく、5人目の犠牲者がでたっていうのに。」
釘を刺された三葉は、仕方なく行くことにした。別に嫌ではなかった。実際に暇だったし、どんな母親なのか見たいという好奇心が勝った。母親が病気とは言え、生きている。それがどんだけうれしい事か、確かめたかった。ボロボロになりながらも、進むには何か理由があるんじゃないか。それが知りたかった。すぐに、大阪市にある最寄り駅行きの切符を迷いなく購入した。
植物の三つ葉は、別名シロツメクサと呼ばれている。花言葉は幸運。三葉はその言葉がとても嫌いだった。おそらく死んだ母が、この花が大好きで名付けたのだろう。いや、だったら四つ葉でもいいのでは?といつも思う。三つ葉はいっぱい存在する。有象無象にある。幸運でも何でもない、平凡でぱっとしない。子供に踏まれ、四つ葉のクローバーを探すために邪魔する葉っぱ。それが三つ葉。そう思っている。
「薄気味悪い・・・。」「なんて目をしている・・・。」「不憫だな・・・。」
大人が勝手なことを言う。汚い言葉が、触手のようにまとわりつく。べたべたして気持ち悪い。それが嫌でたまらなかった。そんな中、あいつと出会い、世界が広がった。別れた後も連絡を取っているが、どこにいるのか。
南病院。繁華街の真ん中にあり、大阪市でも一、二位を争うほどの大きさの病院だ。形は円柱型になっているのが特徴。そこは一階から五階が内科や外科がある病棟。入院患者は六階から十階に分かれている。浩のお母さんはその十階の北側の個室に入院している。
「すいません、ここに浅貝さんて入院してますか?」
「えっと、どのようなご関係で?」
新人のナースだろうか。少しおどおどした様子で三葉を見る。
「はあ・・・、えっと浅貝くん?のお母さんが入院していてるって友達から聞いて。」
あぁーお見舞い!と声色が変わった。それなら、廊下を進んで一番奥の部屋だよ、と教わった。三葉は、言われた通りに進んで行った。
部屋の前に到着すると、書かれた番号を確認して入った。浅貝 静子と書かれていた。間違いない。ここだ。
コンコン
「だれ?」
「・・・私は、その・・・顔見知り。浩くんとは人見知りの関係。」
え?という反応に、説明が面倒なので色々あって浩の代わりに見舞いに来たことを告げた。
「まぁ、浩のコレ?あの子、奥手やから意外と女の子に話するの苦手やと思ったけど、随分かわいい子が来てくれたなぁ。」
「そんなんじゃない。」
「わかってる、冗談や。ほんま可愛いな、あんた。」
なるほど、浩の母親で間違いないと理解した。癖の強い関西弁に、初対面に向かって冗談を言う図々しさ。まさに、彼そのものだと三葉は理解した。マシンガントークは止まらない。
「しんかんせんの子?でも前に来た美沙ちゃんが言うてた、ちょっとお話が苦手な子?でも、高校生やって聞いたけど・・・。浩と同い年に見えるなぁ。もしかして、新しく来た子?また可愛い子来たなー。おばちゃんびっくりやわ。実は元気やった頃、近くに住んでてよう手伝いに行ってたんよ。やっちゃん・・・あ、安穂さんね。やっちゃんは私の後輩なんよ。んでな・・・。」
病人と聞いていたので、こんないかにも関西人!という人間は苦手だった。三葉は苦虫を噛み潰したような顔になっていった。やはり、大阪というのは、自分にとっては異国なんじゃないかと思うようになった。
「あ、みかん食べる?これ小夏って言うてな。高知じゃ有名なんよ。あたし、生まれは高知の中村やねん。見えへんやろ?すっかり大阪のおばちゃんや。」
「はぁ・・・。」
怒涛の言葉攻めに少し疲れた三葉は、小夏をほおばった。酸っぱくてとてもおいしかった。でも、和歌山に住んでいた時に食べたみかんと比べると、甘さが足りないと感じた。それに種が多く、食べにくかった。柑橘のいい匂いが病室を覆う。
「なるほど、やっぱり新しく来た子か。でも、すごいなーあんた。まだ出会って1週間しか経ってない人間の母親の所に挨拶に来るなんて。変わっとるな。」
笑って静子は感心する。
「・・・興味があっただけ。」
「興味?」
「母親ってどんなのかを知りたかっただけ。」
なんだかすごいことを聞きに来たように感じた静子は、ゆっくりと窓の方を向き外の景色を眺めた。
「・・・別に母親らしい事なんてしてへんよ。こんな見た目やし、ほとんどベットの上。お金もないし、あの子のおもちゃどころか、給食費も払われへん状態やったし。苦労ばっかりかけたなぁ・・・。正直、あの子と心中しようとも考えた。でも、出来ひんかった。ナイフを持った手が、震えて止まらんかったんよ。でも、あの子は笑って『大丈夫やで。』って言ってくれた。その言葉に、あの笑顔に救われたな・・・。」
「喧嘩ばっかりだってさ。手がつけられないんだって。今日も喧嘩してたし。どうなってるの、あんたの息子。」
「ええやん、男の子っぽくなったなぁ。・・・もうちょい成長を見たかったけど、私はもう生きてないやろなぁ・・・。」
「そうなの?こんなに元気なのに。」
すぅっと息を吸い、まっすぐ三葉の方を見つめた。
「もう、長ないねん。癌があっちこっちに転移して手の施しようがないんやって。まぁ、若い頃のバチが当たったんやろなぁ。あんたも気ぃつけや。」
「・・・。」
「悪さは身体に毒や。いつかしっぺ返し喰らう。でも、それも生きてきた証やからな。・・・ホンマ楽しかったわ。」
三葉は浩が愛されているんだと実感する。ほんの一部分しか見ていないが、愛とはこういうものだ。親の寵愛を受けて、彼はヤンチャだが元気に過ごしているのだと理解した。羨ましい・・・。母親の記憶がほとんどない三葉にとって静子の話は、自分の心にとても響いた
「なぁあんた、浩の本当の彼女にならへん?あんたならお似合いやわー。」
「やだ。」
「えぇー、ええ子やで?損はないで。」
「損しかない。」
楽しかった会話もあっという間に過ぎ去り、面会終了時刻になった。
「もうこんな時間やわ。はよ帰り。」
「言われなくても帰る。」
「・・・ありがとうな。ホンマはあの子に会いたかったけど、アンタみたいな子が来て、おばちゃん嬉しいわ。」
「・・・一つ聞いていい?」
「何?」
「おばさんは、自分の親を恨んだりしなかった?」
「なんや?アンタ親が嫌いなん?」
三葉は静かに首を縦に振った。どうしても、あの人たちを許せない気持ちでいる。生まれた自分をおいて逃げた父。急に亡くなった母。これを恨まずにいられるだろうか。聞いてみたい。ほかにも、そういう人間はいるはずだ。一緒に共感を得たかった。
「恨んだ事もあったなぁ・・・。確かに、あの頃は若かったし。」
「そうなんだ・・・。」
やはり、そういう人間もいる。その安心感でいっぱいになった三葉。
「せやけどな、感謝してんねん。アホばっかやってたけど、それでも見捨てなかった。それがありがたかったなぁ。」
その言葉に、安心感は消えていた。求めていた答えとは違うから不機嫌になったのか。自分でもわからなかった。でも、何故だか不安に襲われた。浩には大切にしてくれる母がいる。その母も、自分の親に感謝している。それが羨ましかった。自分にはいない。それが寂しかった。母は死に、父は別れて行方不明。そんな状態で、どうやって感謝なんて出来ようか。
「・・・ありがと。」
三葉は、走って病院を後にした。
電車で、手を繋ぐ親子がいた。子供は器用に携帯を片手で操作していた。母親もまるで心ここにあらず、意識を携帯に向けていた。自分もこんな感じだったのだろうか。そう思った。
周りの大人は自分のことをずっと厄介者扱いしていた。多感な時期にも関わらず、誰も相手にしなかった。皆携帯に夢中で、誰も前を見ない。そういう状態が続いていた。それが蘇る。頭が痛い。自分に居場所なんてない。生まれた時から一人ぼっちで厄介な人間。それが自分なんだと思った。
「葉一・・・・。」
何度も呟く名前。何故、彼は自分を嫌いになったのだろう。たった一人の理解者だったのに・・・。三葉は電車の窓の外を見つめた。大阪のビル群が遠くなっていき、並行に走る道路では、車が電車と競争しているように走っていた。
笹川駅改札で出迎えてくれたのは、みつひろだった。
「あ、三葉ちゃん。遅かったね。待ってたよ。」
「・・・何でいるの?」
「あぁ。静子さんから連絡があってね。黒いパーカーを着た女の子が病院からそっちに帰るよって。びっくりだよ。君が行くなんて。誰の差し金だい?」
「・・・。」
三葉は黙って歩いていった。
「・・・全く、面白い子だ。」
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