天才女棋士は第五皇子を皇帝にのし上げる~帝国宮廷事件真相解明局譜~

立沢るうど

第一話……天才女棋士は見知らぬ男と邂逅する

「参りました!」


 近所のおじさんが、いつものように頭を下げて投了した。


「おじさーん、またこのパターンで手抜いたでしょ? ダメだよ、この『コウ』はツがないとー。しっかり目算もしてー」

「いやー、行けると思ったんだけどなー。やっぱり、碁は難しいなぁ。俺にはチェスの方が合ってるってことだ。まぁそれでも、『センちゃん』には、敵わないけどさ! もう一局行ける? チェスで!」


「今日はもう帰るから」

「なんだよー。せっかくの俺の楽しみが……」


 おじさんが残念な表情を見せたその時、『ボード屋』の入口が騒がしくなった。

 見ると、いかにも怪しい黒フードを被った男が、そこに佇んでいたからだ。

 同じく黒いマントの中には軽装鎧が見える。


「……。店主よ、『センシャル・ストラクツ』は、ここにいるか?」

「え、あ、あの……ボードゲームで『彼女』と対戦したいということでしょうか……?」

「……」


「そうだ。噂を聞きつけて、はるばるやって来た」

「えーと……」

「私、もう帰ろうかと思ってたのに……」


 私と戦いたいがために、はるばるやって来たのならしょうがないと思い、私はその場で立ち上がり、男に近づいた。


「こんな子どもだったのか……」

「いきなり失礼な! 普通に十六歳で成人してるんだけど!」

「センちゃん、褒め言葉だよ! かわいいってこと! みんな言ってるんだから! 脱いだらすごいんだろ!」


 おじさんのフォローは、私にとっては何の慰めにもなっていなかった。

 いや、本当に脱いだらすごいんだけどね。背も別に低くないし。

 でも、セクハラだよね?


「……。時間が惜しい。チェスで対局だ。店主、これで足りるか?」

「え……い、いやいや! 金貨なんて多すぎますって! お釣りがありませんよ!」


「では、そのままとっておけ。俺も持ち合わせがないんだ」

「えぇ⁉️ わ、分かりました! ありがとうございます! 金庫に入れておきます! 危なっかしくて、その辺には置いておけねぇんで……」


 この男……お金持ちではあるけど、それ以上に何かに追われているような……。一見すると、切羽詰まっているようには思えないが。


「では、お願いします。フードはそのままで結構なので」

「……。意外だな。失礼だから顔を見せろとでも言うと思っていたが。棋士なら尚更」


「絶対に顔を見せたくないから、フードを被ってきたんでしょ? 相手の切迫した事情を汲み取らずに、ただ『決まりだから』『礼儀だから』と言うのは、私には合わないので」

「……。素晴らしい『粋』だ。では、お願いします」


△ ▼ △ ▼


「お、俺の負けだ……」

「ありがとうございました。いやぁ、私を探して来ただけのことはあるね。すごく強くて、すごく面白かったよ! また対局したいな!」


 私の褒め言葉に対して、男は俯いたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……。セン……お前の頭脳を見込んで頼みがある……」

「……。誰かとの対局……ではなさそうだね」

「センちゃんなら難事件もすぐに解決できるぞ!」


 おじさんが余計なことを口走った。


「……。どんな事件だったんだ? あったんだろう? そういう事件が」

「いや、普通の事件だよ。服屋の奥さんが殺された時、旦那さんが殺人容疑者になっちゃったんだけど、凶器が捨てられた場所を推察して、その凶器の柄に刻まれていた模様の特徴が、旦那さんが前に私との対局時に『女性へのプレゼント雑談』で話していた模様と同じだったから、奥さんに長年嫉妬していた女を真犯人として浮上させただけ」


「いや、十分すぎるだろ……」

「その犯人が、あとから凶器を取りに来ちゃったからね。結局、凶器を見つけただけなんだよ、私は」


「謙遜することはない。ただ……」

「場所を変えた方が良いなら変えようか?」


「話が早くて助かる。しかし、そこまですぐに俺のことを信用してくれるとは思わなかったな」

「対局すれば分かるよ、その人のことなんて。すごく素直な指し手で、読み勝負をしたいんだなって分かったから。それに、パッと見て剣士っぽいのに武器も持ってない。どこかに預けて来たんでしょ? 私を怖がらせないために。その辺には隠していないはず。そしたら、マントや足がもっと汚れているだろうから」


「……。流石、天才棋士と言われているだけのことはある……。正直言って、俺がこれほどまでに他人に期待したことはない」

「え……誰⁉️ 私を天才棋士なんて言いふらしてるの⁉️ おじさん達でしょ! 私はそんなこと一言も言ってないのに!」

「センちゃん、そりゃあそうだよ。自分で自分のことを天才だなんて言う奴は、バカしかいないんだから。あっはっはっは!」


 周囲のおじさん達は、何が可笑しいのか爆笑していた。


「しかし、そのおかげで俺がここに辿り着いたのだ。おじさん達に感謝しなくてはな」

「まだどうなるかも分からないのに?」


 私の言葉に、男は笑みを浮かべた。


「ふふっ、そうだな。だが、これは読まなくても分かる。お前は今にも帰ろうとしていた。だが、俺がギリギリ間に合った。つまりこれは……」

『運命』


 私と男の言葉が合わさり、おじさん達は『おおー』と感心していた。


「単純すぎない?」

「流石、セン。すぐに一つの言葉に複数の意味を持たせてくるとは」


「無理矢理褒められてもなぁ……」

「無理矢理じゃないぞ。とにかく行こう。オススメの場所はあるか?」


「じゃあ、私の家に行こうか」

「いいのか? 年頃の娘が男を平気で連れ込んで」


「この時間ならパパもママもいるからね。そっちがとんでもない頼み事をしてきた時、その方が効率的でしょ?」

「……。とんでもない娘だ……」


 一つの言葉に複数の意味を持たせたその男に、私は妙な感情を抱いていた。


 何かが変わる。それも劇的に。



 私は自分でもよく分からない期待に、少しだけ震えていた。

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