第27話 魔窟への招待状

現代ファンタジー部門 20位

週間総合 70位

になれました!

読んでくれてる皆さんのおかげです💙

今後も頑張っります!


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その日の夕食のメインディッシュは、回鍋肉(ホイコーロー)だった。


豚バラ肉は、スーパーで売っているペラペラの薄切りではない。

ブロック肉を買ってきて、厚さ五ミリほどの食べごたえのあるサイズにスライスし、一度下茹でしてから使う本格派だ。  

合わせるのは、ザク切りにしたキャベツと、色鮮やかなピーマン、そして長ネギ。  

これらを、豆板醤の辛味と甜麺醤(テンメンジャン)の甘み、そして豆鼓(トウチ)のコクを効かせた特製の甘辛味噌ダレで、強火で一気に炒め合わせる。


ジュウウゥゥゥッ!!


中華鍋から立ち昇る、焦げた味噌とニンニクの香りが、狭いリビングに充満していた。  

皿に盛られたそれは、豚肉の脂がタレと絡んで艶々と輝き、シャキシャキの野菜とのコントラストが食欲を暴力的なまでに刺激する。


「「「「いただきます」」」」


号令と共に、四膳の箸が一斉に動いた。


場所は、九条響のタワーマンションのリビング。  

俺、響、カレン、そして新しく加わった護衛のサオトメ。  

大人四人が、本来は二人用程度のダイニングテーブルに肩を寄せ合うようにして座っている。  

正直、狭い。  

俺が少し肘を張れば、隣のカレンにぶつかるし、向かいのサオトメとは膝が触れそうだ。  

昨日の会議で「引っ越し」が決まったのも頷ける、限界密度の食卓だった。


だが、そんな窮屈さを忘れさせるほど、今夜の飯は美味かった。


「……んん~っ!!」


カレンが、一口食べた瞬間に悩ましげな声を上げた。


「何これ……! お肉が柔らかいのに、噛むと脂の甘みがジュワッて……! キャベツも甘いし、この味噌ダレだけでご飯が三杯はいけちゃうわ!」


彼女は茶碗に盛られた白米に、タレのたっぷりついた豚肉をワンバウンドさせ、豪快にかき込んだ。  

国民的女優にあるまじき食べっぷりだが、作り手としては見ていて気持ちがいい。


「……悪くありません」


向かいに座るサオトメも、無表情ながら猛烈な勢いで箸を動かしていた。  

彼女の食べ方は、訓練された軍人のそれだ。  

無駄な動きが一切ない。背筋を伸ばし、皿と口の最短距離を箸が往復する。  

だが、その瞳はサングラスの奥で微かに輝き、口元には米粒がついていることにも気づかないほど没頭しているのが分かった。


(……サオトメの奴、昨日の今日で随分と馴染んだな)


昨日、俺が「前世の記憶」という秘密を明かしてから、彼女の態度は軟化した。  

いや、仕事熱心なのは変わらないが、「俺を壊れ物扱いする過剰な警備」が鳴りを潜め、「信頼できる相棒」としての距離感になったのだ。  

おかげで、今の彼女は俺がトイレに立つたびにクリアリングをしなくなっている。

実に快適だ。


響もまた、無言で回鍋肉と白米を往復していたが、ふと箸を止めた。  

コップの水を一口飲み、紙ナプキンで口元を拭う。  

そして、どこか重苦しい空気で切り出した。


「……で、ジョー。食事中に悪いんだけど、話があるの」

「なんだ? 引っ越しの件か? 内見のスケジュールなら空けてあるぞ」

「いいえ。……仕事の話よ」


響は足元に置いていた鞄からタブレットを取り出し、テーブルの僅かな隙間に置いた。  

その画面には、毒々しい赤文字で書かれた企画書と、一人の女性のプロフィール写真が表示されていた。  

写真の女は、鋭い目つきでこちらを睨みつけるような、威圧感のある美女だった。


「帝都テレビの制作局長、五代サツキ。……カレンも名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」


響の声色が、一段低くなった。  

隣で食べていたカレンの手が、ピタリと止まる。


「げっ……五代サツキ? あの『女帝』?」

「女帝?」


俺が聞き返すと、カレンが青ざめた顔で説明してくれた。


「この業界で彼女を知らない人間はモグリよ。視聴率のためなら悪魔とでも契約するって言われてる、テレビ界の最恐プロデューサー。彼女に睨まれたタレントは、骨の髄までしゃぶられて捨てられるか、あるいは視聴率の生贄にされるって噂よ……」

「随分な言われようだな」

「事実よ」


響が断言した。


「その五代サツキから、直接オファーが来たわ。……彼女が担当する、日曜ゴールデンの超大型特番。そこに、貴方を『メインゲスト』として招きたいそうよ」


ブフォッ!!  

カレンが口に含んでいたお茶を吹き出しそうになり、慌てて手で押さえた。  

サオトメが素早くティッシュを差し出す。


「ご、ごほっ……! ゴールデンの特番!? しかもメインゲスト!? ちょっと響、それってバラエティよね? ジョーを晒し者にする気!?」

「私も最初は断ったわ」


響は眉間を揉みほぐしながら言った。


「阿久津丈は俳優であり、バラエティタレントではない。安売りはしないってね。……でも、向こうも引かないの。条件が破格すぎる」


響は指を折って数えた。


「まず、ギャラは『言い値』。こちらの提示額を無条件で呑むそうよ。次に、番組の編集権の『監修』を認める。ジョーのイメージを損なうような悪意ある編集はしないという確約書付き。そして極めつけは……今後、私の映画製作において、帝都テレビが全面的にバックアップするという契約まで提示してきたわ」


俺は口笛を吹いた。  

飴と鞭、というやつか。  

いや、これは「断れば業界トップのテレビ局を敵に回すぞ」という、金と権力で包装された脅迫状だ。


「……内容は?」

「仮タイトルは『緊急特番! 伝説の悪役・阿久津丈の正体に迫る』。……要は、貴方をスタジオに呼んで、雛壇の女芸人やタレントたちにいじらせる、いわゆる『猛獣ショー』ね」


カレンが悲鳴を上げた。


「だ、駄目よ! 絶対に駄目!」


彼女は俺の腕にすがりついた。


「ジョー、分かってないかもしれないけど、バラエティ番組って地獄なのよ! 特に男性なんて、『可愛い玩具』扱いされるのがオチだわ!」

「玩具?」

「そうよ! きっとよってたかってボディタッチされたり、『キャー可愛い!』って頭を撫でられたり、際どい質問で顔を赤らめさせられたりさせられるのよ!?」


カレンは本気で心配しているようだった。  

確かに、この世界のテレビを見ていると、男性は皆、女性タレントたちに「愛でられる対象」として消費されている。  

守ってあげたい子犬、あるいはいじり倒せるペット。  

それが、男性に求められる唯一の役割だ。


「あんな女豹たちの巣窟に行ったら、ジョーが穢されちゃうわ! 放送事故になるに決まってる!」


カレンの目には涙が浮かんでいた。  

俺の尊厳が踏みにじられると思っているのだろう。  

……優しい奴だ。


だが。

「……面白そうじゃねぇか」


俺は残っていた回鍋肉のタレをご飯にかけ、最後のひと口をかき込みながらニヤリと笑った。


「ジョー? 正気?」

「俺は玩具になるつもりも、ペットになるつもりもねぇよ。だが、売られた喧嘩なら買う主義だ」


俺はテーブルに置かれたタブレット――五代サツキの写真を指先で突いた。


「それに、この『女帝』とやら。俺を料理する気満々みたいだが……逆に食あたりを起こさせてやるのも一興だろ?」


俺が不敵な笑みを浮かべると、向かいのサオトメが、サングラスの奥で小さく反応したのが分かった。


(……フッ)


彼女は口に出さなかったが、その表情は雄弁だった。  

カレンのように心配はしていない。  

むしろ、憐れんでいた。  

これからジョーという「劇薬」を飲み込もうとしている、テレビ局の連中を。


サオトメは知っているのだ。  

この男が、ただの「か弱い男性」などではないことを。  

猛獣ショー? 檻に入れられるのは、果たしてどちらだろうか。  

彼女の口元に、微かな、共犯者めいた笑みが浮かんだ。


(ジョー様なら問題ありません。むしろ、狩られるのはテレビ局の方です)


そんなサオトメの無言の肯定を受け取り、俺は響に向き直った。


「受けよう。その『女帝』に伝えてくれ」

俺は水を飲み干し、言った。


「いいぜ、スタジオに行ってやる。……ただし」

俺はわざとらしく、親指と人差指を擦り合わせた。


「ギャラは『言い値』だったな? ちょうど今、俺たちの新しい家を建てるための資金が必要だったところだ。……高くつくぞ、と伝えておけ」


響は一瞬呆れたような顔をしたが、すぐにフッと笑い、肩の力を抜いた。  

彼女もまた、俺のその答えを待っていたのかもしれない。


「……分かったわ。貴方がそう言うなら、私も腹を括る。マネジメントは任せて」


響はタブレットを手に取り、決然とした表情で立ち上がった。


「サツキに連絡するわ。……ふふ、あのアマの驚く顔が目に浮かぶようだわ」

「ええ~っ!? 本当に出るの!? 私知らないからね!?」


カレンだけが頭を抱えて叫んでいたが、賽は投げられた。


こうして、俺のテレビバラエティ初出演が決まった。  

それが、単なる番組出演に留まらず、帝都テレビの歴史に刻まれる「伝説の放送事故」となることを、まだ業界の誰も予想していなかった。

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