タイパが悪い食事
伊藤東京
第1話
これは持論だけれど、バレンタインデーというものは、全員に渡すか本命の一人に渡すかのどちらかにするべきだと思う。
全員に渡せば、分け隔てなく配っているので皆を平等に扱っていると受け取ってもらえる。本命に渡せば、特別な人にだけなのなら仕方がないと、正当な不平等として受け入れてもらえる。
本命はいないけれど全員に渡すほど用意もできないのなら、誰にも渡さないのがいい。自分の中では正当に思える何人かに配っても必ず誰かが、渡された人たちよりも大切にされていない、と不満に思うからだ。誰にも渡さなければ平等性を保てる。
これが一番、合理性が高いやり方だと思う。
だから私は誰にも渡さないことに決めた。
全身鏡に映る制服に着替え終えた私に向かってそう心の中で宣言する。ここ数日はやはり人間関係を良好にするため渡すべきだろうかと悩んでいたが、全員分の菓子を用意するのは時間もお金もかかる。菓子を渡さなくとも、ホワイトデーに受け取った分を返せばそれで十分だろう。
昨夜、あらかじめ持ち物確認を済ませた学校鞄を片手にリビングへ向かう。教材はノートパソコンやタブレットにダウンロードされているので鞄は軽い。
キッチンに入るとコーヒーの香りが薄っすらと香った。母が水筒に三人分のコーヒーを注いでいる。キッチンに置かれたダイニングテーブルでは父がニュースを見ながらブレックファストシェイクを飲んでいる。色を見るに今日はブルーベリーヨーグルト味らしい。
バター香るパイ生地に覆われた加工肉を食べるソーセージロールよりは健康的だろうと父はシェイクに置き換えたが、それも一日の摂取基準量を超えた砂糖と人工甘味料が含まれたジュースのようなものなので、あまり改善したとはいえないと思う。
父はおお、とだけ挨拶をすませニュースに集中する。
父のライフスタイルや関心に関連したニュースをパーソナライズ化して逐次ニュース風に生成された動画と共に、AIアナウンサーが十五分の動画にまとめて話してくれる。
十五分というのは大体父がいつも、ここで朝食をとり少し寛ぐ時間と家を出る間に所要する時間だった。
「日本企業アシナは昨日、アメリカのテクノロジー会社BITが保有する遺伝子組み換え生物の特許数種類を買収したと発表しました。こちらは海上保安庁に押収された密漁された魚の画像です。農林水産省は人工的に生成されていない肉、自然な肉への配給制度の検討を提案しました」
父のニュース編成は、トピックを知っていることが重要で、それぞれの詳細は不要と捉えられていることが窺い知れる。父は今流行中の特許によるライセンス収入に興味があるので、自然と話も農作物や漁業、酪農など第一次産業に関連したものばかりになっている。
「おはよう。はいコーヒー」
「ありがとう」
水筒を受け取り鞄にいれる。チンと音を立ててトースターから飛び出してきた食パンに母が焼いていた目玉焼きを乗せる隣で、私はキッチンの棚から袋とシェイカーを取り出した。
プロテインパウダーのように見えるこれは、それよりも優れモノで私個人に必要な必須栄養素が含まれた栄養パウダーだ。性別、年齢、身長、体重、体脂肪率などを記入した後に、自宅に届くDNAサンプル採取キットを使用し送り返すだけで、私だけの栄養パウダーがもらえるサブスクリプションサービスだ。
父と母がトーストを食べている間 シェイカーにパウダーと水を入れてよく振った栄養パウダーを一息に飲み干し、シェイカーを食洗器に入れる。
「いってきます」
一分で食事を済ませた私は二人のいってらっしゃいの声を背に家を出て学校に徒歩で向かう。殆どの人はスクーターで通勤するが私は違う。歩くことによって脳に酸素を取り入れ勉学に最適な体調にする。
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