リアルとバーチャルの狭間で

順三朗

プロローグ

世界の視聴者がネクストリーム公式チャンネルの配信に固唾を飲んでいた。 悪魔城が黒々とそびえ立ち、勇者たちの侵入を待ち構えている。


久留美くるみ茶々ちゃちゃ白神しらかみ詩音しおんは、運営のバックアップなしにたった2人で配信しつづける必要に迫られていた。


【放送開始:世界への窓】

「ネクストリーム公式チャンネル、接続完了。ストリーミングのスタートまで3、2、1……!」


茶々の合図と共に、ブース内の「ON AIR」ランプが赤く点灯した。マイクのスイッチが入った瞬間、茶々の声は瞬時に「いつもの」弾けたプロのトーンへと切り替わる。


「こんちゃちゃー! ネクストリーム所属、Quintet:X(クインテット・エックス)の爆弾娘こと、久留美茶々でーす!」


茶々の快活な挨拶を受け、隣の詩音もまた、たおやかな微笑みを声に乗せて言葉を継いだ。


「こんしおん。 ネクストリーム所属、Quintet:Xの白神詩音です。皆さん、お待たせいたしました。今夜は特別な夜になりそうやね」


Quintet:Xはネクストリーム社が社運をかけた新世代のVTuberユニットだ。大舞台は未知の経験だった。そんな二人の息の合った掛け合いが始まった。茶々はド派手な攻略を視聴者に伝えるべく声を張り、詩音は文化担当としての深い洞察を交えながら、悪魔城の謎を紐解く準備を整える。


【時間稼ぎと「伝説のコント」】

2人は 攻略開始までの時間合わせに、 これまで培ってきた 話術を発揮して場をつないでいく。


「そういえば詩音ちゃん! 私たちQuintet:X、ついにあの『伝説』を引き継いだんだよね!」

「ああ、あのコントのこと?」

「そう! 『翔べ! ネクストリームバーガー』のコント! 私たちが二代目としてリメイクした動画が、Quintet:Xの公式チャンネルで公開中だから、みんな絶対見てね! チャンネル登録と高評価もよろしく!」


茶々はカメラに向かってバチコンとウインクを決める。


「……って、今ちゃっかり宣伝挟んだな私! 緊急事態なのに!」

「ふふっ、ええんやない? 和ませるのもアイドルの仕事やし。あのコントの元ネタになったバーガーチェーンさん、ついにど田舎の……失礼、自然豊かな栃木県に進出したんよね」


詩音のフォローに、茶々が乗っかる。

「そうそう! で、私たちその栃木県第1号店の開店イベントに招待されたじゃん? あの時の裏話、しちゃう?」


【栃木の悲劇:機械音痴と悪魔の囁き】

「あれは……ある意味、悪魔城より過酷な戦いやったわ」

詩音が遠い目をした。


初めてのリアルイベントで緊張していたメンバーたちは、本番直前、競うように一つしかない楽屋のトイレに駆け込んだ。


「一番手はメンバーの天音あまねリコだったよね。で、私、トイレの前でリコにちょっとした『アドバイス』をしてあげたんだ」

茶々が悪戯いたずらな笑みを浮かべる。


「そう、茶々ちゃんがリコちゃんに。『バーガーショップのオープン時には、シャワートイレの温度と水圧をMAXにするのが業界の常識やで』って、真っ赤な嘘を吹き込んだんよ」

「だってリコ、機械音痴だから何でも信じるんだもん! 『えっ、そうなんだ! 知らなかった、ありがとう茶々ちゃん!』って、目をキラキラさせて設定変えてたよ!」


『リコちゃん純粋すぎて速攻で騙されてて草』

『『業界の常識』で信じちゃうのチョロ可愛すぎw』

『茶々デビル、機械音痴を狙うの悪質で最高』

『信じきった目で設定いじるリコちゃん想像余裕ww』


【決定的な証拠と、詩音の復讐】

「で、何も知らずに次に入ったのが、うちやったんよ……。用を足して、ボタンを押した瞬間……」


『きゃああああああああっ!!!』


詩音の悲鳴が楽屋に響き渡ったのは言うまでもない。


「あん時のお尻の熱さと衝撃、一生忘れへんわ……」

「あははは! あれは傑作だった! しかもね、私ちゃんと証拠残してるから!」


茶々が操作卓をいじると、サブモニターに奇妙な映像が映し出された。


「なんと! 茶々さん、この一部始終を『しおんちゃんのモーションデータ込み』で録画しておりましたー!」


画面の中では、詩音の3Dモデルが何もない真っ黒な空間にポツンと立っている。そして、見えない扉を開け、見えない便座に座り、用を足すパントマイムを始めたかと思うと、最後に空中のボタンを押す動作をして――


(無音の絶叫パントマイム)


モデルがビクゥッ! と跳ね上がり、音のない世界で悶絶する様子がシュールに再生された。


『詩音姉さんの尊厳がwww』

『パントマイムのビクつき方ガチで草』

『栃木の悲劇助かる』

『3Dデータの無駄遣い最高かよ』


「……これ、後でアーカイブごと消去するからね?」

詩音の声が、絶対零度まで冷え込んだ。


「ひいっ! ごめんなさい! ……で、でもさ、この後ちゃんと罰ゲーム受けたじゃん!」


イベント終了後、事実を知って静かに激怒した詩音は、打ち上げのバーガーショップで茶々への「お仕置き」を決行したのだ。


「ほら、茶々ちゃんは激辛料理が大好きなんやったよねぇ?」


詩音はそう言って微笑みながら、茶々のハンバーガーのパティが見えなくなるほど、真っ赤になるまで大量のタバスコを振りかけた。さらに、「おいしいです」以外の言葉を発することを禁止するという鬼のルールを追加した。


「あれは……地獄だった……」

「あら、うちは愛の鞭やと思うてたけど?」


詩音がスマフォで録画していた映像の中で、

あまりの辛さに涙と鼻水を流しながら、真っ赤な顔で震える茶々が、


「お……おいひい……でふ……」


と、苦しそうに呟くしかなかったあの日の光景。視聴者チャット欄は爆笑の渦に包まれた。


『詩音さん笑顔でタバスコは怖いてw』

『おいひいです(涙目)』

『自業自得すぎててぇてぇな』

『茶々の顔、赤背景と一体化してて草』


「――って、ちょっと待って! また数字が!」


茶々がインジケーターを見て悲鳴を上げる。先ほどの不名誉なエピソードが流れた瞬間から、茶々と詩音の登録者数もまた、凄まじい勢いで跳ね上がり始めていたのだ。


「うわああ! なんで私のタバスコ悶絶話で登録ボタン押すの!? 恥ずかしいからやめてー!」

「誰や、さっきのパントマイムを切り抜いてSNSに放流した人は! うち、普段はもっとしっとりした和の女なんよ……!」


『芸人枠確定おめでとうwww』

『トイレとタバスコで増えるアイドル草』

『清楚(大嘘)すぎて即登録したわ』

『この二人、一生恥さらしててほしいw』


二人が自分たちの「不名誉なバズり」に激しく狼狽し、ブース内でドタバタと騒いでいると、ついにメインモニターが激しく明滅した――


――ネクストリームほどの大会社が、どうしてこんなイチかバチかの生配信をせざるを得なくなったのか。それは数日前にさかのぼる。


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