第2話 ブーストアップして欲しい
「本当にもう」
ディーラーから出てきたのは
彼女には仲の良い友達、
だが、彼女は友人にして最大のライバル。
好きになった人が居れば、なぜか先に付き合い始め、あっさりと捨ててしまう。
「かれ? なんて言うのかなぁ。向上心はないし、すぐに体に触れようとするし、まあ駄目ね」
「いい人じゃない」
「じゃあ付き合えば」
そう言われると、素直にじゃあとは行かない。
駄目だと言われて今更……
そんな二人は、なぜか同じ大学へ入り、通学用に車を買った。
またもや、なぜか同じメーカーの同じ車種。
経済性と維持費を考えて軽自動車。
「まさか同じ車を買うなんてね」
「色が違うし良いじゃ無い」
駐車場に並んだ車を見つめて、ため息をつく。
そんなある日、共通の友達を連れて、山の頂上にある温泉へ観光をしに行った。
「涉美。置いて行かれるわよ」
「判っているわよ」
行きの高速で、合流のときから違和感を感じていた。
同じ車種なのに、出足が違う?
明らかに、博子の車のほうが加速がいい。
それは、山へ入り坂道へ近付くと顕著になる。
「くっ。消えた」
コーナーごとに、どんなに頑張っても差が開く。
現れた直線、ここなら……
アクセルを踏み込んだ瞬間、自身の予想とは違い、それは絶望的な差となる。
「あああっ、なんでぇ」
それは、彼女達の選択した仕様の違い。
涉美が選択をしたのは、ノンターボの四駆タイプ。
かたや、博子が選択をしたのはターボの2WDモデル。
そこには明確な違いがあった。
確かにグレードも値段もほぼ同じだが、四駆は雪や雨に強い。
そして、ターボは自然吸気では得られない力を、強制的に空気を押し込むことで得ている。
660ccという排気量だと、もし過給圧を一気圧掛ければ、倍の排気量1320ccと言う排気量を実現する。
まあ市販車なら、過給圧は〇・三から〇・六程度だが、それでもその差は大きい。
特に、涉美が乗っている四駆モデルは、四つのタイヤを駆動するために、限られた車の力を逆に食われてしまう。
だが、博子の方も余裕があったわけではない。
くっ、コーナ出口で雑に踏むとアンダーが出る。
そう、2WDのため、その負担は前輪の二本のタイヤに掛かる。
ターボのパワーが掛かった瞬間に、タイヤの限界を越えて、フロントタイヤは外側に向けて流れていく。
よく言う、アンダーが出たという現象だ。
だが、ある程度するとバックミラーから涉美が消える。
「ふふん。楽勝ね」
彼女はご機嫌で、頂上にある湖畔へと到着をする。
それから少しして、涉美がやって来た。
「あら、えらく安全運転ね」
「まあ、人を乗せているしね」
何はともあれ、その日は楽しく過ごした帰り道。
その異変は起こる。
「なっ、離せない」
余裕だった登りとは違い、なぜか後ろからぴったりと付いてくる。
そう、下りならば重力の恩恵で、多少の力の差は小さくなる。
「なっなんで」
山を下るにつれ、ブレーキの利きが甘くなり、ハンドルを切っても曲がらなくなってきた。
そう、博子の車はFF。
走行の負担は、すべて前のタイヤへと襲いかかる。
そのため……
「曲がらない」
左カーブで曲がりきれずに膨らんでしまう。
「対向車がいなかったから良かったけれど危ないわよ」
後部座席からそんな声が聞こえた。
「判っているわよ」
高速では、その差を見せられるのだが、彼女は尺前とせず知り合いを頼る。
博子の幼馴染みで、ターボを進めたのも彼だ。
彼は、ターボの四駆が最強だと考えているのだが、博子はお金の都合で四駆は買えなかった。
「そりゃーそうだろうな。だから四駆にしろと言ったんだ」
言われることは判っていた。
「だってぇ……」
「じゃあ、簡単に安くならブーコンだな」
「ぶーこん?」
「ブーストコントローラー。安くて簡単、そして早くなる」
「それ買う」
彼女は乗ってしまった。
各部強化や燃料の調整も本当は必要だが、とりあえず四万円程度のデジタル式を取り付ける。
この仕組みは簡単で、メーカー指定の圧力でアクチュエーターという部品が圧力を逃がす。これがないと、ドンドンと圧力は上昇をして、エンジンが壊れてしまう。
そこに機械を割り込ませて、過給圧をごまかす仕組みだ。
「これでいけるわね」
だがその頃。
「本を読んだらブーストアップで早くなるらしいの。アップしてよ」
車を持ち込まれたディーラーでは、困惑をしていた。
「お客様の車は出来ませんし、当店舗では改造など一切行えません」
「何でよ」
「改造だからです」
当然こうなる。
ディーラは売った状態を、保つのが仕事なのだ。
「けち」
だがその道のりは険しかったのだ。
「ブーストアップ? 車検証見せて…… 駄目ですね」
そんな感じで断られた。
そして流れ着いた店。
スピードショップ泥沼自動車。
「ブーストアップ? どのくらいまでします?」
他の店とは対応が違う。
「やってくれるの?」
「はい。当然でございます。ご希望は?」
「とにかく早く」
「かしこまりました。では、このローン用紙に、必要事項を記入してお持ちください。未成年なら保証人のところもお願いしますね」
「金額が書いていないんだけれど」
「それはばらしてみないと判りませんから。ああ、お丈夫ですよ。ローン会社の審査は通しますから」
彼等は、さらっとそんな事を言う。
結果……
「五〇万円ですか?」
「ええ、これで生まれ変わったような力を感じますよ。今さらできないとなると、また、元に戻すため。結果的に整備費用だけ何十万もお支払い頂くことになりますが?」
「なんだか音もやかましい……」
「これが慣れると、良くなってくるんです。ほら」
ボッタはアクセルを踏み込む。
ステンレス管らしい乾いた音がどこか高揚感を煽る。
「ほら、良いでしょう」
「あーうん」
「良いお車ライフを」
中古の純正パーツを組み、かなり安く仕上げた二人。
無論エンジン内部はいじっていない。
「あの幸せそうな笑顔が良いですねぇ」
「そうだな」
今日もぼったとくりはご満悦だ。
そして、生まれ変わった様な走りにご満悦な二人。
「いける。登りでもついて行ける」
涉美は、イン側のガードレールをなぞるようなラインでコーナーを抜け、博子よりも一歩早いタイミングでアクセルを踏む。
キュイィィィンとターボの加給音が車内に響く。
それを受けて、マフラーがホルンのような心地良い音を響かせる。
「勝ったわ!!」
後部背席の友人が引っくり返って、とんでもない事になっているのだが、博子の車に勝った喜びを満喫していた。
少し長い直線で完全に突き放し、次のカーブを曲がった先で彼等は待っていた。
目の前に出された、止まれの旗。
「はい。止まってくださいね。ここ制限速度が何キロか知っていますか? 実は四〇キロなんですよ。んー。超過がひどいから赤い紙を用意しますね」
青い制服を着た人達が、嬉しそうに元気に走り回る。
彼女達は、並んでサイン会場にいた。
一〇万円以下の罰金と、三〇日の免許停止を仲良く頂くことになった。
まあ最悪である……
公道での、スピードの出し過ぎには注意しましょう。
スピードショップ泥沼自動車は、今日もお客様の幸せを第一に、どんな願いも叶えます……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます