焼ける鉄骨 揺らぐ足場
MAHITO
第1話 吊り上げられる鉄材
周囲には何も遮るものがない。九月になっても、人を焼き尽くすような強い日差しが降り注いでいる。遠く霞んだ空に、都会の高層ビルが見える。
ビルの骨組みを作る鉄骨工事は、最上階部分を残すだけとなっていた。恭太が立つ鉄骨は三十メートル以上の高さになる。
命綱のロープに安全帯をかけ、肩幅もない狭い鉄骨の上を歩く。地下足袋からは、肉を焦がすような熱さが伝わる。ヘルメットの内側からは熱湯のような汗が流れ落ちる。
所定の位置に立つと、眼下に揺れる梁用の鉄材を待つ。
タワークレーンで鉄材を吊り上げる音が、地響きのように恭太の足元を揺るがす。
吊り上げられてくる長い鉄材は生きているかのようだ。ただの鉄鋼体なのに、呼吸をしているかのように感じられる。
大地の奥や海の底で眠っていた巨大な生命体が、人間の横暴によって叩き起こされ、空に吊り上げられる。眠りを妨げられた鉄材は怒ったように体を揺らす。
ユラユラと恭太の立つ位置まで近づいてくる。高度が増すにつれて、抵抗をやめて大人しくなる。
ぐったりと張りのない腹を見せ、恭太の足先に身を寄せてくる。
――そうだ。あらがうことはない。野生動物が人間の力によって与えられた巣に居つくようなものだ。
強い日差しを浴びた鋼板は白く眩しい。
この日の朝、親方の鷲崎さんから親父の噂を聞いた。
同じ建設業のため、直接仕事の関係はなくとも、鷲崎さんにも親父の噂が届く。
親父が経営していた土建会社はすでに畳まれている。親父は数えるほどの従業員の行き先の面倒を見た後、もともと体調が悪かったようで、その後は床に伏せったままだという。
グォ~ンー、グォ~ンー
タワークレーンの音がさらに迫力を増す。
――ほら、来たぞ。
浮き上がった鉄骨が、恭太の立つ位置まで五メートルと近づいた。かたわらで、同じく夏の熱風に吹かれる仲間たちが、さあ、来たぞと色めき立つ。
親父のことを思うと、悪態が口をついて出る。
もう何年も前に縁を切った……。
子どものころから家を出るまで、親父にはさんざん殴られた。
そのせいもあってか、恭太は少年のころから喧嘩っ早く、問題行動を起こした。周囲とのいざこざが絶えず、恭太を生きにくくしていた。小中学校で孤立したのは、親父のせいだと思っている。
憎んでも余りある親父の顔が浮かぶ。体がブルッと震えた。
「来たぞ!」
周りから気合の入った声が上がる。
我に返ると、恭太は自らを叱咤した。
――余計なことを考えるな!
気を取り直して、手のひらを握りしめる。作業手袋をはめている。白く光る鉄材が足元に浮かんできた。
でかい獲物だった。
昭和五十一年、第一次オイルショックの後、日本は中小企業の倒産が相次ぎ、時には大企業も経営破綻に追い込まれるという大不況にあえいでいた。
焼けた広い額に汗を滲ませて、親方である鷲崎さんはよくこぼしている。
「でかいニュータウンが建設されているが、そこの仕事ができたら何年もの間、金の心配はいらねぇのによ」
愚痴をこぼしながらも、鷲崎さんは鳶でありながら、経営面でも手腕があった。小さな会社でも、なんとか恭太を雇うだけの仕事はあるのだ。事実、恭太はいま大きな仕事に携われなくても、こうして高いところに上らせてもらっている。仕事を取ってきてくれる親方兼社長の鷲崎さんのおかげだ。
( 続く )
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