世界滅亡級レイドボスなドラゴンに意味深な厨二病かましたら、なんか唯一の理解者認定されました

歌うたい

第一話

【問おう。白き眼の者よ。貴様は何故、我の封印を解いたのだ】


 白き眼って、白目剥いてるだけなんですがそれは。

 なんて言う為には、まず開いた口を塞がなくては始まらない。けれどもちょっと無理そうだった。今にもちびりそうな膀胱に、神経を使うのが精一杯だったから。


 痛いほどに頭上を見上げながらセト・アルステラは己が膀胱を危惧していた。

 正確にはちびりそうではない。ちびったである。彼のズボンは今、ちょっと湿り気を帯びている。

 しかし気にするべき所はそこではないと、彼の現状を見れば誰もが口を揃えて言うだろう。なにせ目の前には、全長六メートルを有に越えるほどの、巨大なドラゴンが君臨していたのだから。


【矮小なる種よ。塵芥なる命よ。黒竜グラムスピカが問う。何故なにゆえ、封印を解いた。何故なにゆえ、我が眠りを妨げた】

「⋯⋯ええっと」

 

 何故と言われても。出来心ですって言ったら許してくれるだろうか。いや無理だろ無理に決まってんだろ馬鹿め馬鹿は俺だったわ。

 矢継ぎ早に言葉が脳裏を駆けるが、口には出来ない。口にしてしまえば、ふざけんなの一言がブレスとセットで放たれる気しかしない。かといってだんまりに徹しても許される訳でもないのだろう。

 つまりセト・アルステラは詰んでいた。

 黒竜グラムスピカ。遠い昔、世界を滅ぼしかけたとされる大災厄。そんな神話的存在が、人類総掛かりでやっと勝てたような伝説級のレイドボスが、目の前のドラゴンだという。

 いやいや。黒竜? 馬鹿馬鹿しい。あんなの御伽噺だろ。

 酒の一杯でも引っ掛けていたのなら、はいはいドッキリ乙とさえ言っていたのかもしれない。

 だが人など容易に踏み潰せてしまいそうなその巨体が。威圧感が。放つ魔力が。存在感が。あらゆる諸々がセトに『ガチです』と訴えていた。

 間違いない。目の前のドラゴンはそこらのギルド団体が挑んでも、逆立ちしたって敵わない存在だ。正真正銘世界を滅ぼしかねない魔物だと、セトは経験的にも直感的にも理解出来ていた。

 だからこそ叫ばずにはいられない。


(いやなんでそんなのがウチの近所のダンジョンに封印されてんだよっっっ!!!)


 全身全霊で、セトは己が不運を嘆いていた。 


【貴様の業は、終焉に触れた。黒竜グラムスピカの逆鱗に触れた。故に問う。貴様の望みは、世界の滅びか?】


 レスポンスの悪いセトに、黒竜がわざわざもう一度問いかける。

 だがやはりセトはそれどころではなかった。大混乱の真っ只中。明らかにキャパオーバーである。

 本当に、どうしてこうなったんだろう。

 セトは遠い目をして事の経緯をなぞった。



 第二の人生はゴリゴリのファンタジーだった。

 藪をつつけば蛇どころか魔物モンスターが出てくるし、ドンドコ派手な魔法だって当たり前の様に存在するし、科学じゃ説明のつかない構造のダンジョンだってそこいらにある。

 神秘が隣人と化した世界。圧倒的な非現実。

 だが生前は色んなゲームをこよなく愛したゲーマーだっただけに、RPGの王道ともいうべき世界観には意外と馴染めた。


(第二の人生、急展開にも程があんだろ)


 孤児として生まれ、波乱万丈、艱難辛苦はそこそこにあれど。それでも生まれ直して二十三年、なんとか生き延びてきたのに。


(ちょっと近くのダンジョンに潜って、魔物の落とすドロップアイテムでも稼ごうか、ってくらいのノリだったのに)


 天気が良いから。身体の調子が良いから。淹れた朝の一杯に、茶柱が立っていたから。色んな些細に背を押されて調子に乗った結果、世界滅亡の危機が発生しましたとさ。 


(ちょっと事故って隠しマップっぽい地下空洞に来て、そんでちょっとそこにあったオブジェに寄りかかったらボロっとぶっ壊れてさぁ⋯⋯! そしたら、実は最凶最悪のレイドボスが封印されてましたとかさぁぁ! 誰が想像出来んだよそんなん!!)


 どういう星の下に生まれたらこんな不運に見舞われるというのか。セトの心は泣いていた。

 青空が憎い。晴れ渡ってた外の空さえドチャクソ憎い。心模様はどしゃ降りだった。

 もう二度とお茶なんて飲まない。今後はコーヒー党になると誓った。


【答えよ。矮小な人間よ。業深き塵芥よ。如何なる理由で我が眠りを妨げた。世界を漆黒の闇に塗り潰す事が、貴様の望みか?】


 だから、律儀にこっちのアクションを待ち続ける大災厄の問いに、いよいよ限界が来てしまったのかもしれない。

 ガクンと糸の切れた人形の如く項垂れていた男の肩が、次第に震える。


「クックック⋯⋯」

【⋯⋯?】

「フーッ──フハハハハハッッッ!」

【⋯⋯なにがおかしい】


 さながら魔王の如く、男ざかりの二十三歳はイタい高笑いをきめた。


(あーそうかい、大災厄ね。おっけーおっけー。だったらそっちのスケールに合わせてやんよこんちくしょー!)


 世界滅亡級のレイドボスを前に、色々とかっ飛んでしまったのだろう。

 許容量を遥かに超えた事態を前に、セトの奥底に封じられていた悪い病気が顔を出していた。


「──世界を闇に塗り潰すだと? なにを馬鹿な。なんとも蒙昧な。仮にも闇の化身とまでうたわれる大災厄が、あまり無意味な問答を投げかけてくれるな」

【⋯⋯なんだと】

「闇あるところ光あり。光無くば闇は成立し得ない。世界を闇で覆ったところで、あるのはただ『無』の到来。それが真理だろうに」

【⋯⋯む?】


 一方黒竜は目の前の男の急激な変化に戸惑っていた。

 当然である。さっきまで冷や汗だらだら垂らしてた奴が、いきなり壮大な身振り口振りをしだしたのだ。誰だって一歩どころか十メートルは距離を置く。

 しかしセトからすれば知ったこっちゃなかった。目の前の相手の封印を解いたついでに、男もまた自身の封印を解いたのである。


「拍子抜けだぞ黒竜グラムスピカ。光と闇は表裏一体、どちらかが欠ければ成立しないもの。まるで光を滅する事だけが闇の能であると、暗黒を集約させたようなお前がのたまうとは⋯⋯あまり俺を失望させないで欲しいものだな」

【⋯⋯貴様】


 思春期に患い、散々な恥をかき、墓場まで持っていこうと心に誓った前世の記憶。俗に言う黒歴史を、今、セトは曝け出していた。

 絶望のその先に、彼は居る。

 言うならば「もうなにもこわくない」モードであった。


「履き違えるなよ、大災厄。深淵に身を委ねる者としての矜持に欠く。こちらこそ問おう、大災厄。この冷たくも心地良き静謐を、何故わざわざ世界に広げてやらねばならない? 俺は宣教師になった覚えなど無いが?」

【ほう。痛烈な。闇を静謐と語るか。面白い。面白いぞ。光の中でしか生きられる弱き者には出せぬ美学よ。そして先からの物言い。貴様もまた闇に身を浸す者だと?】

「ならば問いを重ねよう。貴様にはこの俺が『聖なるもの』にでも見えるのか?」

【⋯⋯⋯⋯】


 もうどうにでもな〜れ☆ってのが実際の所である。

 真っ青な上に冷や汗祭りなセトの顔を見れば察するに余りある。だが、長い期間封印された影響なのか、寝起きのドラゴンIQは上辺の言葉にふむふむと頷いていた。


【なるほど。その堂々たる語り口。矮小なる人の身で闇の真理を覗き、よもやこの黒竜グラムスピカと対等に相対するか。それほどまでに理解出来たと宣うか⋯⋯終焉をもたらす災厄と、畏れられしこの我を!】

「フッ。なにを戯けたことを。我らは元よりあまねく世の闇同士。闇の静謐を、黒き静けさを知る者同士。理解など必要ない。我らは同じ、闇を抱えし同胞なのだから」

【⋯⋯同胞⋯⋯】


 大災厄相手にゴリゴリに肩を組んでいっているが、絶望と諦観に弾けたセトはもはや無敵だ。どうせ死ぬのならの精神は、空気など読まない。

 一度二度話した事のある相手をちょっと盛り上がったからもう友達だよね、と言ってるくらいのノリである。空前絶後の馴れ馴れしさである。多分SNS辺りで一度手痛い失敗をしている輩である。


【⋯⋯⋯⋯悪くない、な】


 しかし目の前の小さき人間の言葉に、黒き巨竜は噛み締める様に呟いた。


「ん? なんて?」

【そなたの名を聞かせよ、同胞よ】

「俺か? 俺はセトだ。セト・アルステラ」

【セト。セトか。威風堂々たる我が名と比べれば短き名よ。しかし不思議と鋭く、刻むに易い、静謐なる響き。なるほどなるほど。威容を孕む我が名とはまた別の意味で、闇の本質を物語る、という訳か】

「⋯⋯そ、そうかな?」


 満足そうにキュルルと喉を鳴らす黒竜に、セトも流石に違和感を覚えたらしい。

 厨二病全開モードから我に帰った彼は、急激に軟化した黒竜の態度にひたすら困惑していた。


(なんか俺、気に入られてないか? さっきまでの威圧感もしまってくれてる気がするし⋯⋯でもなんでだ。厨二病に必死過ぎて、なにが刺さったかさっぱり分かんねえ)


 なにがなんだか分からない。その気になれば世界を滅ぼせそうなドラゴンが、気付けば友好的な空気を発しているのだ。

 思い切って肩を組んだら、熱い抱擁で返されたようなものだ。セトでなくとも戸惑うだろう。


(でもこれなら俺、死ななくて済むっぽいか? よく分からんが、死亡フラグ叩き折った感じか!? マジかよありがとう黒歴史、ありがとう厨二病!)


 しかし、気に入られたのならばそれはそれ。つまり黒竜に殺される危機は遠ざかったということ。

 セトは歓喜した。死の瀬戸際から奇跡の生還。彼はよく分からないままに、厨二病に感謝さえ浮かべていたのだが。

 世の中、そう易々と思い通りにはなってくれないものである。この直後、彼はそれを痛感するのだった。


【フフフ。やはり悪くない。同胞と謳ってくれるそなたとならば、この窮屈な深淵であろうと、多少の退屈は紛れよう】

「⋯⋯は? ん? 俺と共に?」

【いやなに、実をいうとこのグラムスピカ。このような穴蔵で封を解かれ、これからどうするかと途方に暮れてもおったのだ。それがよもや、これほどまでに得難き理解者を得ることになろうとは】

「⋯⋯いや待て。急になに言ってんのお前」


 そもそも急にナニか言い出したのはセトである。しかし妙な風向きに焦り出した男の声は、機嫌良さげなドラゴンイヤーには届いていなかった。


【セト。この我を同胞と呼んだ男よ。この我を理解する闇の者よ。遥かなる時と闇を、これからも共に謳歌しようぞ】

「⋯⋯共に?」

【うむ。共に】

「と、共に⋯⋯」


 ここに至って、セトはようやく気付いた。

 命の危機は脱せたが、同時にとんでもない事態になってしまったかもしれないと。

 一度閉ざした黒歴史を掘り起こすと、ろくなことにならない。そんな教訓を、セトはさめざめと胸に刻んだのだった。




◆ ◆ ◆



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