修羅に堕ちた神子

雛いちご

プロローグ


 ここは、天からとされた者達がうごめく、陽光すら届かぬ地下深くの地、深淵界アビス

 薄闇うすやみに沈む丘の上で、私はふと立ち止まり、頭上ずじょうあおいだ。


 視界に広がるのは、いつもと変わらぬ閉ざされた空。

 大地がふたとなって押し潰すように重く、息を吸うたび胸の奥がきしむ。

 この圧迫感あっぱくかんを見る度、私は思い出す。

 あの日、"あの御方"と共に天上界セフィロトやいばを向けた戦いを。


 「クク、よォ!相変わらずおっかねェ顔してんなァ!」


 耳障みみざわりな声が闇をひっかく。

 振り返ると、漆黒のコートを揺らしている、華奢きゃしゃな男が近付いてきていた。

 こいつも、あの日肩を並べた戦友だ。

 だが、何を考えているのか読めず、しかもいつだって不気味。

 正直、私はこの男が嫌いだ。


 「何?悪いけど今は思い出に浸りたい気分なの。坊やに構ってあげられる時間はないのだけれど?」


 「ククッ、まァそうけむたがんなァ……ようやく"計画"が纏まった」


 「……計画?一体、何の?」


 男はニヤリと口角を上げ、天井のように広がる大地を指差した。


 「クククッ、アレをぶっ壊す計画だよ!そんでオレ達は再び天上界へ攻め入るっ!……もちろんも一緒になァ!」


 再び、天上界へ。

 しかも、"あの御方"も共に。

 胸の底がざわりと揺れ、わずかに表情が乱れたのを、男は見逃さなかった。


 「……だがその前に、テメェにやって貰いてェ事がある」


 普段なら躊躇なく断っていた。

 だが、"あの御方"と再び戦えるのなら、背を向ける理由はない。

 この男はそれを分かった上で、わざと含み笑いをする。


 「……それで、私は何をすればいいの?」


 男は肩を震わせながら、不気味な笑みを深めてコートの内から小さなコアを取り出した。


 「この核に、テメェの力を注げ。……あァ、できるだけ多くなァ」


 私は意味も分からぬまま核を受け取り、力を流し込んでいく。


 「こんな簡単な事でいいの?」


 「ククッ、あァ。それで十分だ。時が来りゃ、そいつが芽を拓く。んでテメェがと同化すりゃ、第一段階は完了よ」


 やはり、何を言っているのか全く理解できない。

 というより、この男の思考を理解しようとするだけ無駄なのだろう。

 私の苛立ちを悟ったのか、男はそれ以上何も言わず、闇へ溶けるように足早に去っていった。

 再び頭上を仰ぐ。

 だが視界がふっと霞み、唐突に重い睡魔すいまが押し寄せる。

 どうやら、思った以上に力を注ぎ過ぎたらしい。


 あの男が言った“その時”が訪れるまで。

 少し眠るとしよう。

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