第17話:揺らぐ断罪者

「……な、なんだよ、アレは……」


 ゴミと機材の山に囲まれた薄暗い部屋で、正義執行人は呆然とモニターに映る配信画面を見つめていた。


 彼は自身のチャンネルで、すずの配信の同時視聴を無断で行っていた。画面の隅にワイプで自分の顔を映し、信者たちと共に公開処刑ショーを肴に再生数を稼ぐ算段だった。


 配信が始まる前、彼は余裕綽々だった。


「よぉ、お前ら! 今日は加工ビッチこと、すずちゃんの謝罪会見だぜ! どんな言い訳と涙が見られるか楽しみだよなぁ!?」


 信者たちも「wktk」「執行人しか勝たん!」と、彼の言葉に熱狂的に応えていた。


 すずの第一声が響いた時、彼は少しだけ眉をひそめた。


「……はっ。ノーダメアピールか?」


 それにしては平然としすぎた声色だが気のせいだ、と彼は首を振る。そして、『夜の女王のアリア』をアカペラで歌うという宣言を聞いた時、彼は腹を抱えて笑った。


「馬鹿じゃねえの、こいつ! 破れかぶれで自滅しに来たか! プロでもやらねえ無謀なことやって、どうせ音外しまくって大事故になるに決まってんだろ!」


 だが、歌が始まった瞬間、彼の顔から笑みが消えた。

 モニターから叩きつけられたのは、彼の矮小な予想を遥かに超えた絶対的な「本物」の歌声だった。信じられない、と首を振る。脂汗が額に滲んだ。


「……は、ハハ。やるじゃねえか。どうせ、この日のために完璧に練習した録音を流してるだけだろ! そうに決まってる! 口パク乙!」


 彼は必死に虚勢を張り、そうコメントした。ワイプの中の彼の顔は引きつっていた。


 しかし、彼の信者たちが集うコメント欄の空気が徐々に変わり始めていた。


『え、これマジで歌ってんの?』


『やばい……鳥肌が……』


『執行人、これ本当に加工なのか? 俺には本物にしか聞こえないんだけど』


『仮に録画だとしてもやべーだろ』


 信者たちの動揺。正義執行人にとって最も恐れていた事態だった。彼は自分の言葉が絶対であるという、教祖と信者の関係性の上にあぐらをかいていた。その前提が今崩れ去ろうとしている。


「うるせえ! お前ら、騙されるな! これは録画だ! 録画を加工して流してるに決まってんだろ!」


 彼はマイクに向かって叫んだ。しかし、その声は焦りで上ずっていた。

 コロラトゥーラの超絶技巧が始まった時、彼はゴクリと喉を鳴らした。完璧すぎる。機械のように正確なのに熱量が異常だ。こんなもの、録音だとしても人間業じゃない。


 そして、歌が終わった後の賞賛と謝罪の嵐。

 彼のコメント欄は完全に混乱状態に陥っていた。


『執行人どうなってんだよ! 説明しろ!』


『あんたの分析全部デタラメだったってことか?』


『はー冷めるわ』


『正義さん焦りまくりじゃんw』


『録画……だよな?』


 まずい。このままでは自分の権威が失墜する。それだけは、絶対に避けなければならない。


「まだだ! まだ終わっちゃいねえ!」


 彼は最後の希望にすがりつくように叫んだ。


「これが録画なら、アドリブはできねえはずだ! そうだ、リスナーからのリクエストに応えられなきゃ、こいつの負けだ! それで全部わかる!」


 そうだ、それしかない。

 あの小娘が即興で何かをできるはずがない。用意された音源を流しているだけなら、絶対に不可能なはずだ。


 正義執行人は画面の中のすずを睨みつけた。頼む、何もするな。このまま終わってくれ。そうすれば、まだ俺は「録画だった」と主張できる。


 彼の歪んだ祈りが、モニターの光に吸い込まれていった。

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