第8話:トップライバーからの言及

『黎明のカナリア』の熱狂は、一日では終わらなかった。


 再生回数は日を追うごとに伸び続け、ついにミリオン再生を達成。チャンネル登録者数も、あっという間に10万人の大台に乗った。銀の盾、というやつだろうか。まだ実感が全く湧かない。


 急激な知名度の上昇は、光だけを連れてきてくれるわけではなかった。

 コメント欄には、称賛に混じって、心無い言葉も散見されるようになった。


「どうせ一発屋だろ」

「これだけ上手いのは、絶対ピッチ補正マシマシにしてる」

「調子に乗るなよ新人」


 些細な言葉でも、一つ一つが鋭い棘のように心に刺さる。有名になるということは、こういうことなのか。

 私は少しだけ嵐の中心に立つことの怖さを感じ始めていた。


 そんな不安を抱えていたある日の夜。

 いつものようにネットの反応をチェックしていると、かなでさんが興奮した様子でリビングに飛び込んできた。


「すずちゃん、見て! 星宮ミオの配信!」


「星宮ミオ……?」


 その名前には聞き覚えがあった。いや、前世から知っている。


 星宮ミオは、今最も人気のある女性VTuberの一人だ。可愛らしい見た目とは裏腹に、ゲーム配信では豪快なプレイスタイルを見せ、雑談配信ではキレのあるトークでファンを魅了する。そして何より、彼女は歌い手としてもトップクラスの実力者だった。その歌唱力は業界でも高く評価されており、彼女が「良い」と言った曲は、必ずヒットするとまで言われている。


 かなでさんが開いた配信画面では、まさにその星宮ミオが、雑談をしながらBGMとして『黎明のカナリア』を流していた。


 私の歌声が何万人もの視聴者が見ている配信で流れている。それだけで、心臓が跳ね上がった。


『あ、この曲? 最近めっちゃハマってるんだよねー』


 星宮ミオが軽快な口調で話し始める。チャット欄が一気に曲の話題で埋め尽くされた。


『すずさんって子の『黎明のカナリア』。みんなもう聴いた? マジでヤバいから、聴いてない人は人生損してるよ』


 彼女は一度音楽を止めると、真剣なトーンで語り出した。


『なんかさ、一部で加工がどうとか言ってる人もいるみたいだけど、あれは本物だよ。ミオが保証する』


 チャット欄が「おおー!」「ミオ様のお墨付き!」と沸き立つ。


『あの声の伸びとか、息遣いの繊細さとか、絶対に機械じゃ作れない。魂削って歌ってるのが音源越しに伝わってくるんだよね。久しぶりに……嫉妬するくらいの才能が出てきたなって感じ』


 憧れの、雲の上の存在からの、最大級の賛辞。


 私は画面の前で呆然と立ち尽くしていた。信じられなかった。

 星宮ミオは、最後にこう言って話を締めくくった。


『だからさ、変なアンチに負けないで、これからも素敵な歌を届けてほしいな。応援してるよ、すずさん。いつか、一緒に歌えたら嬉しいなーなんて!』


 配信が終わった後も、私はしばらく動けなかった。


 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。アンチコメントに感じていた不安や恐怖が、彼女の言葉で綺麗に洗い流されていくようだった。


 私の歌はちゃんと届いている。


 分かってくれる人がいる。それも、こんなにすごい人に。


 星宮ミオの発言の影響は、絶大だった。

 彼女の配信を見ていた何万人ものリスナーが、私のチャンネルに流れ込んできた。チャンネル登録者数は、その日のうちにさらに数万人単位で増加した。


「ミオちゃんが言うなら本物だ」

「アンチ息してるかー?w」

「トップライバーに認められる新人、期待しかない」


 ネットの空気は完全に私への追い風に変わっていた。

 業界のトップからのお墨付きは、私を「バズっただけの新人」から、「本物の実力者」へと押し上げてくれたのだ。


「……かなでさん」


「ん?」


「私、もっと頑張ります。もっと、上手くなります」


 もう迷いはなかった。


「ふふ、すずちゃん大人っぽいけど。さすがにちょっと心配してたの。でも、吹っ切れちゃったみたいね」


 星宮ミオさん、ありがとう。あなたの言葉で、私はまた一つ、強くなれた。

 いつか、あなたと同じステージに立つ。その目標を胸に、私は再びマイクへと向かうのだった。

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