なつ、きにけらし

おとうふ

プロローグ

 晴天。

 海辺の街の、一軒家。


「ナツミー、7時だよ! 起きなー!」


 母親の声が、家中に響き渡る。


「うーん……」


 ベッドの中でもぞもぞと動く塊。

 叶 奈津美(かのう なつみ)、小学6年生。

 ドスドスと階段を上がってくる母親の足音に気づいてはいるが、眠気に負け、起きあがることができない。


「ほら、ナツ!」


 勢いよく、ドアが開かれる。


「ご飯できてるよっ」

「うーん……」


 シャアッ、と、鋭い音とともにカーテンが引かれると、初夏の日差しが、薄暗かった部屋を明るく照らした。

 奈津美は、薄手の掛け布団を頭までかぶり、その陽射しをさえぎる。


「あと5時間だけ……」

「普通そこは5分だろが。どこの小学生が朝起きてから追加で5時間寝るんだよ」


 奈津美の母・由紀(ゆき)が呆れ、ため息をつく。


「ほらっ、無駄な抵抗はよしな」

「うがあああ、目が、目がぁぁぁぁあっ」


 布団を剥ぎ取られた奈津美が、ベッドの上でのたうちまわる。


「うう……たまの休日くらい、昼まで寝かせてよぅ……」

「ど平日だバカたれ。遅刻すんぞ」


 ごはん冷めるから早くしな、と、はっぱをかけて、由紀が部屋から立ち去る。


「うう……」


 奈津美はベッドの上でうずくまり、離れ離れになりたくないとでもいうふうに、シーツをぎゅっと両手で握る。

 しかし。

 ぐー、と腹が鳴った。


「お腹すいた……」


 由紀が開け放ったドアから、朝食のいい匂いが立ち上ってきて、部屋を満たしていく。


「ウインナーですねこれは……」


 ウインナーが朝食に出るときは、決まって目玉焼きがついてくる。

 奈津美の頭の中に、炊きたての白米へ目玉焼きをのせて醤油をかけ、ウインナーを頬張りながらそれをカッカッとかきこむ想像が広がる。


「…………起きますかね」


 寝起きは腹が減る。致し方なし。

 シーツから手をはなし、よっしゃ、と気合を入れて顔を上げた。

 何とはなしに窓を見ると、そこには、初夏の陽射しに彩られた町並みが広がっている。


 ガラララ。


 窓を開ける。

 あたたかな心地良い風が、部屋のなかに吹き込んだ。

 まだセミは鳴いていないけれど、長い梅雨が開け、日に日に暑くなってきていた。

 もう、夏は目前だ。


「よしっ」


 伸びをして気合を入れ、とうっ、という掛け声と共に、奈津美は、勢いよくベッドの上から飛び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る