第2話 舞踏会袖の令嬢とと同盟を組む
「お嬢様、お客様です。王宮から、使者が来ております」
アリアンヌの心臓が一瞬止まった。
落ち着け、そう自分に言い続ける。
「通して」
アリアンヌは覚悟を決めて言った。
運命に歯車はすでに動き始めている。
私はその流れに逆らい、自分に手で、未来を切り開かなくてはならない。
アリアンヌは王宮からの使者を迎えるために、自室から広間へと向かった。
使者は、折り目正しい態度で、王子からの贈り物と、今夜の晩餐会への招待を伝えた。
表面上は友好的だが、その目は、アリアンヌを値踏みするように見つめていた。
(やはり、王子ではない、、、)
アリアンヌは使者の態度からそう確信した。
王子は傲慢で、自己中心的だが、このような手の込んだ策略を弄するタイプではない。
裏で糸を引いているのは王妃に違いなかった。
舞踏会への招待を承諾し、使者を見送る。
どうやって王子との婚約を破棄するか……
豪華なシャンデリアが煌めく舞踏会。
アリアンヌは自慢の笑顔を貼り付けながら、貴族たちの間を縫うように歩いて行った。
彼女がここに来たのはつまんない舞踏会に参加するためではない。
婚約破棄の糸口を見つけるためだ。
自分で言うのもなんだが、私は中々の美貌を持っている。
しかし公爵令嬢という立場も重なってみんな怖がって同い年の令嬢や御曹司は私に近づかないのだ。
だから、自分よりも偉い方々に軽く挨拶し
(面倒くさい)、
その後はダンスまでずっと壁際に寄りかかっていた。
前世ではその事をとても恥ずかしく思っていたが、逆に今では好都合だ。
人がいない間、今世で何をしようか考えていた。
その時、誰かが近づいてきた。
「アリアンヌ様、今宵も一際美しいですね」
近づいてきたのは第二王子アミールだった。
アリアンヌは笑顔で応える。
「ありがとうございます、殿下。
殿下も、ますますご立派になられましたわ」
第二王子は自分に美貌に惹かれているようだが、アリアンヌはそれに応えるつもりはなかった。
その時、アリアンヌの視界の端に1人の少女が映った。質素なドレスを身につけたその少女は、舞踏会の喧騒から離れ、壁際にひっそりと佇んでいた。
その少女の瞳は、まるで獲物を狙う獣のように、鋭く、冷たかった。
復讐を決めた私と同じ目だ。
でも、もし同い年の少女なら学園にいるはずだ。
だけど見たことないのはなぜ?
(あの子は、、、?)
私はその少女に興味を抱いた。
彼女は、他の令嬢とは違う、何か特別なものを感じた。
ふと、私の視界に見慣れた顔が飛び込んできた。
幼馴染のレオだ。
レオは、少し離れた場所から、心配そうな眼差しで私を見つめていた。
アリアンヌが第二王子と話しているのを確認すると、彼はそっと視線を逸らした。
(レオ、、、)
私はレオの存在に気づいていた。
前世、レオは、幼い頃からそばに居て、いつも気つかってくれた。
私にとって、レオは、家族のような大切な人だった。
第二王子との会話を適当に作り上げ、私は、壁際に佇む。
レオは、私が少女に近づくのを見
ると、少し寂しそうな表情を浮かべた。
(なんで、そんな顔をするの?)
意味がわからなかった。
気を取り直し、壁際の少女に近づくことにした。
「ごきげんよう。このような華やかな場所で、1人でいるのは寂しくありませんか?」
優雅な微笑みを浮かべ、少女に話しかけた。少女は、少し驚いたように目を見開いた。
「公爵令嬢アリアンヌ様、、、私にような身分の低いものに、お声をかけてくださるとは、光栄です」
少女は緊張した面持ちで答えた。私は彼女の言葉遣いから、彼女が没落した貴族の娘「レジーナ」であることを察した。
(レジーナって女王っていう意味よね
羨ましいわ)
「レジーナ様。少し別室で私とお話ししませんか」
「わ、私がアリアンヌ様とですか!?」
「えぇ。実は、あなたを拝見していて、並外れた洞察力をお持ちだと感じました。まるで、人の心を透視しているかのようです」
レジーナは少し戸惑った様子で答えた。
「それは、、、ただ、人が何を考えているか、少しわ
かるだけです。」
私は彼女の傷をえぐる。
「では、何か深い悲しみをレジーナ様が抱えているように見えたのですが?」
レジーナは少し俯き、沈黙した。
「少し部屋に行って話をしませんか?」
「……はい。」
私は使用人を呼び、控え室の準備をさせた。
「アリアンヌ様、控え室の準備が整いました。」
「そう、ありがとう」
私はレジーナの手を取り、人目を避けるように控え室へ向かった。
「こちらへどうぞ、レジーナ様。ここなら誰にも邪魔されずに話し合いができます。」
控え室は、舞踏会の喧騒とは打って変わって静かで落ち着いた空間だった。
私はレジーナを豪華なソファーに促し、向き合うような形で反対側のソファーに腰を下ろした。
私は次女にお茶の準備をするようにお願いした。
次女が部屋から出ていく。
レジーナは静かに紅茶に口をつけた。
その指先はわずかに震えているのに、瞳だけは妙に澄んでいた。
「……アリアンヌ様は、私を利用したいのでしょう?」
唐突な一言に、アリアンヌはほんのわずか眉を動かした。
「まぁ、どうしてそう思いますの?」
レジーナは微笑んだ。
だが、その微笑みは少女というより、獲物を値踏みする狩人のそれに近い。
「アリアンヌ様はさきほど、私の“悲しみ”を指摘されました。でも、それを言う前に、まず“褒めて”くださった。
洞察力があるとか、特別だとか。あれは人が警戒を解く言葉として最も効果的です」
アリアンヌはカップを持ち上げて、静かに言う。
「それで?」
「貴族の舞踏会で、私のような落ちぶれた令嬢をわざわざ別室に連れてきた。
これも“対等である”と錯覚させ、自発的に話を引き出すため……そういう誘導です」
レジーナは言い切った。
彼女はただの没落令嬢ではない。
人の表情、言い回し、呼吸、視線の揺れ……すべてを観察し、そこから意図を読み取る。
(――なぜこの子を前世の私は探せなかったのかし ら。)
アリアンヌは表面上は穏やかに微笑んでいたが、その内側には驚きと興味が渦巻いていた。
レジーナは続けた。
「そして、アリアンヌ様が“悲しみ”と言ったとき……あれは、私が過去に何か失ったと仄めかして、こちらに“語らせるため”の鍵です」
アリアンヌは少しだけ目を細めた。
「なるほど。よく見抜いたわね」
「えぇ。でも……私だって人の心を読むことぐらい、できます」
レジーナはそう言ってから、逆にアリアンヌの瞳をじっと覗き込んできた。
「アリアンヌ様は、怒っていませんね。
脅威に感じてもいない。
むしろ――私の能力を“必要としている”」
アリアンヌは思わず笑みをこぼした。
「ふふ……よくわかっているじゃない」
レジーナは続ける。
「ただ……一つだけ読み取れなかったことがあります」
「何かしら?」
「アリアンヌ様がどうしてこれほどまでに“未来を変えよう”としているのか。その理由だけが……表情から読み取れませんでした」
アリアンヌはそこで、ゆっくりと足を組み替えた。
わざと、優雅に。
わざと、落ち着き払って。
「それはね、レジーナ。あなたが“まだ”人の視線の動きだけで判断しているからよ。
上辺だけの感情は読めても、本当に隠したいものは……視線ではなく、“沈黙”に隠すの」
レジーナは一瞬だけ息を呑んだ。
アリアンヌは紅茶を置き、レジーナに向かって微笑んだ。
「でも、あなた。なかなかやるじゃない。
やっぱり、私の目に狂いはなかったようね」
レジーナは顔を赤らめたが、同時に小さく誇らしげに微笑んだ。
アリアンヌは静かに結論を告げた。
「レジーナ。あなたが欲しい。
私の“復讐”に協力してほしいわ」
部屋の空気が変わった。
舞踏会の喧騒から隔絶された空間で、二人の少女が初めて真正面から向き合う。
「私は……あなた様を信じてよろしいのでしょうか」
「あなたが決めなさい。」
レジーナはしばし黙り、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。
では、協力してもらうかわりに、私からも一つ要求してもよろしいでしょうか。」
「話してみて。」
レジーナは指先をぎゅっと握りしめ、小さく息を吸い込んだ。
「……私の家は、もともと小さな子爵家でした。
でも、父が“ある人物”の不興を買ってから、領地は削られ、援助も打ち切られ……今ではほとんど形だけの家柄です。」
アリアンヌは表情には出さなかったが、心の奥で小さく反応した。
(ある人物……誰かしら?)
レジーナは続ける。
「皆、表向きは同情を見せます。でも内心では、没落した家の娘と関わるのは恥だと思っている。
舞踏会に呼ばれたのも……“形式”のためだけ。私が誰と関わろうと、誰も気にも留めません。」
その声には、静かな怒りと、諦めと、わずかな希望が混じっていた。
アリアンヌはレジーナの目をまっすぐ見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「はい。」
「ある人物って誰?」
「ザラ・イリル侯爵令嬢です。」
ザラ・イリル侯爵令嬢。
アリアンヌも何回か噂を聞いたことがある。
「あなた程の実力があれば、避けられる障害ではなくて?」
「ですが……」
「あなたは気づいているのね。
この国が“見える力”ではなく、“従わせる力”で動いていることに。」
レジーナの瞳が揺れた。
「……ええ。
そして、あまりにも身分の低い私達のような者には不利だと思います。」
その言葉に、アリアンヌの唇が僅かに緩んだ。
(やっぱり。
この子はただの没落貴族じゃない。思考の深さが、他と違う)
「レジーナ様。
あなたは“ここから抜け出したい”と思っているのでしょう?」
レジーナは僅かに震える声で答えた。
「あなたには一つ足りないものがあるわ。」
「なんでしょう。」
「野心よ。」
レジーナは目を見開いた。
「あなたがザラ侯爵令嬢に負けた理由こそがそうよ」
「野心……ですか。」
「ええ。
私なら『抜け出したい』なんて甘ったるい願いじゃ終わらないわ。
奪われたものを取り戻し、私の家を潰した彼らを二度と同じことができないようにしたい。
そのくらいの妬みがないとあなたの願いは叶わないわ。」
「……アリアンヌ様。」
「何かしら」
「あなたはなぜそこまでして私と手を組みたいのですか。あなたはなんでも持ってるじゃないですか。」
数秒2人の間に沈黙が流れた。
「自由のためよ。」
「え?」
「自由という贅沢のためよ。
あなたには人の心を読む力がある。
私は……戦の勝ち方を知っている。」
アリアンヌの声は静かだが、確固とした意思で満ちていた。
「あなたの力と、私の力。
この二つが揃えば――
“奪われた側”から“奪う側”へと立場を変えることができるわ。」
レジーナは唇を噛み、深く息を吸った。
「……本当に、私でいいんですか?」
「ええ。
今、あなたのような人こそ必要なの。」
しばしの沈黙ののち、レジーナは両手を膝の上でぎゅっと握り、はっきりと頭を下げた。
「わかりました。
あなたと手を組みます。
ですが、」
レジーナはアリアンヌの目を着て答えた。
私もアリアンヌ様の“全部”を読むまでは、引きません」
アリアンヌは笑った。
「上等よ」
こうして――運命の復讐劇は静かに幕を開けた。
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ここまで読んでくれた皆様へささやかなお礼として、豆知識を提供します。
今日の豆知識
王妃と女王の違い
王妃と女王の違いってなんだと思いますか?
王妃は「国王の妻(伴侶)」を指し、
女王は「自ら君主として国を治める女性」
を指します。
アリアンヌは皮肉の意味を込めて、実際的には社会的権力のないイザベラを王妃と呼んでいます。
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