幕間 船乗りセシリオ、大いに人生を語る


「船乗り」の異名を持つ、騎士セシリオ。


 先の襲撃戦で、兄様と共に賊と戦ったバロア十騎士の一人である。


 兄様と年齢が近く、以前は長距離交易船に乗り込んでいた事もあり、特に地理や文化について知識が深い。


 エドゥアルドと並んで、よく兄様の話し相手になっている男だ。


 本人もあだ名をよく理解していると見え、正装以外の時はよく船乗り風のバンダナに、ボタンのたくさんついたベスト、異国風の飾り紐などを身に着けている。


 船に乗っていた頃はよくもてたそうだが、まあ確かに、スラリと通った鼻筋や人懐こそうな、それでいてどこか悪戯っぽい黒い目は、人を惹きつける。


 私も、彼が嫌いではない。


 もちろん、バロア戦士の中で嫌いな者など居ないが、あのやたらと私を揶揄するレィヴンのような、ややーーいやかなり苦手な者もいる。


 そういえばレィヴンには故郷に妹がいるそうで、その話をしている時に一悶着あったのだが、まあそれはまたいつか別の機会に話そう。


 セシリオの話に戻そう。


 彼は、亡くなった私の母、アラニアの遠縁なのだ。

 私の知らない母の在りし日の姿を、彼はよく語ってくれた。母が舞姫と呼ばれていた頃のこと。


 父に見初められ、舞姫王妃と呼ばれるようになる前後の話。


 そして、私の知らないアドラ沿海州の風土や文化などを。私は彼の話が好きだった。


 あの円卓会議の後、私を侍女達と共に医務室にエスコートしてくれたのも、彼だった。


 その日の、最後の別れ際に、彼は面白い事を言った。


「姫。今は辺境巫女のアリサ様としてじゃなく、昔から知る小さなアリサ姫として話しますよ」


「なにそれ――」


 私はまだ拗ねたまま、子供の様な返事をした。兄様や爺にもこんな姿は見せた事はない。

 小さい頃から「遠縁の叔父」として接してくれたセシリオにだけだ。


「俺たちは皆、あなたの味方ですよ」


「あなた方の忠誠を疑った事などありません」


 セシリオは、ふふんと鼻で笑い、私にウィンクをした。


「そういう意味ではありません」


 彼は懐から、アドラ風の、紐で安い宝石を何重にも縛った小さなお守りを取り出して、私に握らせた。


「夢巫女だからって、魔法使いだからって、お守りを持って悪いって事は無いでしょう」


「え」


「自分の幸福の為に魔法が使えない魔法使いの為に、町娘がまじないのお守りを渡した。それがそいつの由来です。恋の、おまじないって奴ですね」


 真っ赤になって俯く私にそれを握らせ、セシリオはまたウィンクをして、ふふんと得意気に上を向いた。


 多分そうやって港の娘を口説いてきたのでしょうね。

 まあ少し、格好いいのは認めますよ叔父様。


「何もかも嫌になって、全てが辛くなったら、遠慮なくお言いなさい。俺たちは皆、分かってる。少なくとも俺たち十騎士は、姫が古い血筋だのなんだのに縛られて、生贄みたいになるのを望んではいない」


「セシリオ、何を言ってーー」


「俺は沿海州に自分の船を持ってます。船乗りの友人もたくさんいる。もし、なにもかも辛くなったり、どうにもならなくなったら、逃げたらいい。十七歳の女の子が逃げたら終わってしまう国なんて、最初から終わっているんだ」


 そして小声で耳打ちをする。


「俺たちがカイン様をふん縛って運ぶから、船に乗せて、一緒に北でも南でも新大陸にでも、旅して気ままに暮らせばいい」


「人生なんて、そんなもんでいいんですよ」


 私はなんと答えて良いか分からず、ずっと真っ赤になったまま立ちすくんでいた。


 そして、気取って手をひらひらさせて出ていこうとするセシリオに向かって「うるさいっ」と叫びながら枕を投げた。


 まさか、後日そのセシリオの言葉通り、私と兄様が彼の船に乗る事になろうは、夢巫女たる私にして、夢にも思わぬ事だった。





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