第39話
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退院早々任務を任されて、向かった先はスキー場。人で賑わうこの場所で、危険度B+一体が見つかったらしい。
人型……あまり、人型を殺すのは好きじゃない。本当に人を殺してしまったような気がして、実際に黒い血を見るまで安心できない。だが、倒すしかないだろう。
観光客が集まる中、受付の人にEESの隊員証を見せると、顔が強ばった。
「今回は人型なので、避難指示はあえて出していません。見つけ次第殺しますので、普段通り営業してください」
「分かりました」
受付の人に案内され、私は中に入る。
まだエミュレイターセンサーはあまり感じない。ちょっとピリピリするかな、くらいだ。おそらく、敵はスキー場のどこかにいるのだろう。だが、どこにいるのかは探してみないと分からない。
楽しそうにスキーを楽しむ人々。子ども連れも多い。羨ましいな、と心の中で思う。私は任務でもない限り、こんなところにはなかなか来られない。
もちろんお金はあるし、来ようと思えば来られるが、時間がないのだ。それに、例え私の予定が空いても、奈江子さんは忙しくて来られないだろう。一人でスキーするのは虚しい気がする。
いやいや、こんなことを考えていても仕方ない。気分を切り替えていこう。
せっかくスキー場に来たので、スキーをしながら探すことにした。設備は無料で貸してもらった。隊員だと何かと得である。
すーっと滑ると気持ちが良い。最初は少し不安定だったが、慣れると好きなように動けるようになった。
加速しながらスキー場を巡る。少しずつセンサーが大きくなってきている。こっちのコースにいることは間違いない。
ゲレンデを下っていくと、やがて、ほとんど至近距離にいるだろうというほど強くエミュレイターセンサーを感じた。
どこだ。速度を落としながら、それなりに人の行き交うゲレンデを見渡す。
家族連れ。カップル。大学生集団。誰だってエミュレイターの可能性がある。だけど慎重にならなくてはいけない。間違えれば民間人を殺してしまうことになる。
さりげなくそれぞれのグループに近づきながら、センサーを確認していく。
大学生集団は……大丈夫そうだな。カップルも違う。
残るは家族連れだけだ。うっすら嫌な予感がしつつも、ゆっくり側に近寄る。あくまで自然に。
子どもが滑っている横に行った瞬間、びりびりとセンサーが強く反応した。
……やっぱり、この子が、エミュレイター。
私は子どもの両親の顔を見やる。恐らく二人はエミュレイターではない。この子だけが……なんらかのきっかけでエミュレイターに殺され、擬態されたのだろう。
正直、子どもの形のエミュレイターを殺すのは嫌だった。見た目にどうしても引っ張られてしまう。しかし、このままではこの一家が全滅する危険もある。
勇気を出して、呟いた。
「転移」
瞬間、子どもと私だけが雪の積もった崖の上にいた。
雪に覆われた山々が見える。風がビュウビュウと吹き荒れている。
子どもは周囲を見回して、それから私を見た。
「……見つかっちゃったんだね」
その言葉には答えず、私は子どもの手を取って手袋を外した。そしてナイフで少し切る。案の定、そこからは黒い血が流れ出した。
子どもは……いや、エミュレイターは、ぐにゃりと形を歪め始める。私はしかし、それが完全に変態する前に、エミュレイターの核部分を剣で突き刺した。
エミュレイターは不完全な姿のまま、ばたりと倒れる。剣を抜き去ると黒い血がべっとりとついていた。
私はエミュレイターにキューブを当てる。すぐに覆われた体。それをポーチに仕舞う。
レグラムには、討伐完了の文字が。
私はそれを見ながら、どうやって説明しよう……と途方に暮れた。
両親への説明なんて、どんな反応になるか、容易に想像がつく。一回りも二回りも年の離れた人たちに泣かれると、どうすれば良いか分からなくなる。
だが、逃げる選択肢はなかった。私はもう一度呟く。
「転移」
そこには、途方に暮れたように泣き崩れている男女とそれを慰めている大学生、カップルたち。彼らは突如現れた私を見つけて、「ひっ」と引きつった声をあげた。
「あ、あなたが、消えたとき、娘も、いなくなってっ!!あぁあなたがなにかやったんでしょ!!そうなんでしょ!?」
ああ、楽しかったはずのスキーが、地獄になってしまった。
私は鬼の形相を浮かべる母親に掴みかかられながら、少しだけ泣きたくなった。
「EESの戦闘隊員、三浦史詩夏です。あなたの娘さんが、エミュレイターに擬態されていることを確認したため、こちらで……その、処理させていただきました」
何とか言葉を紡ぐ。私が一言一言を話す度に、周囲の空気が冷たくなっていくような気がする。
「は……は……うそ、うそよ、そんなわけない。あさひは、だって、さっきまでそこに……!」
「……心より、お悔やみ申し上げます」
母親はがくりと膝から崩れ落ちて、私に縋り付いたまま俯く。
その様子に胸が苦しくなった。私にはどうにもできないこと。死んだ人を生き返らせることは、超能力があっても不可能だ。
「そんなこと、そんなことって……!」
父親は側で話を聞き、呆然と涙を流している。
カップルや大学生集団たちは顔を青ざめて、まるで殺人鬼と出くわしたかのように私から後ずさりした。
まさしく地獄絵図だ。平和だった、楽しかった日常が、エミュレイターによって容易に奪われてしまった。そして、彼らにとっては、エミュレイターも、私も、同等に死を宣告する悪魔に思えていることだろう。
人型はだいたい月に一度程度現れる。その人たちは、亡くなったことを気づかれないまま、当分の間エミュレイターたちによって擬態され続ける。
他のエミュレイターとは比較にならない。人型が現れるときは、隊員も大抵は嫌がる。
人を殺すのは、嫌だ。例えその正体がエミュレイターであったとしても。そして、その後遺族の方に説明をするときほど、苦しいことはない。
「……あさひ……なんで……あさひ……っ」
「まだ、なかなか心の整理ができないと思います。よければEESのエミュレイター被害者遺族サポートセンターへお問い合わせください。こちら、電話番号になります」
顔を覆って涙する両親に、私はそう言って紙を手渡した。
母親の手がかろうじてそれを掴んだのを見て、私はそっと彼女から離れる。
「ごめんなさい……擬態される前に、倒せなくて……」
呟くようにそう言って、私はゆっくりと出口へ向かって歩き始めた。とても滑る気持ちにはなれなかった。
途中、涙がこみ上げてきたが、必死に飲み込んだ。
受付へ戻って、受付の人へ討伐完了の旨を話す。
「ありがとうございました!お客様への被害もなく、安全に対処していただいて……」
「いえ、仕事ですので」
受付の人に簡潔に返事して、スキー場を後にした。
悲しみが心臓に迫っていた。今だけは、なにも考えたくないと思った。
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