第37話


「女たらしのクズ男です」


 私は即答した。


「忖度のない意見だなー。そこまでいくと清々しくていいね、あはは」


 月見先輩はなにがおかしいのかケラケラと笑って、それから私の頭を優しく撫でた。


「まあ、そう思っててくれていいよ。でも、先輩としてちょっとは信用してくれたら嬉しいな」


 私は即座にその手を振り払って答える。


「信用は、してます。先輩の実力は本物ですし、私にも、ちゃんと距離感を考えて接してくれているのは分かります」


 そう言うと、月見先輩は少し驚いたように目を丸くした。

 それからそっと眉尻を下げて、どこか悲しそうな、それでいて嬉しそうな、そんな表情で私を見る。


「……そっか。それなら、よかった」


 私はそのとき、月見先輩はどこか寂しい人なのかもしれないと思った。

 深入りすることはしなかった。だから、先輩のことを、私はあくまで後輩としての範疇でしか知らない。先輩の過去や、もしかしたらあったかもしれない苦悩も、私は知らない。

 ただ、その性格が実は思ったより優しくて、責任感が強くて、繊細なことは、なんとなく分かっていた。

 私のことを助けようとした、と聞いたときも、驚きはあったが、納得もあった。

 先輩はああ見えて、すごく、真面目な人だ。

 だってそうじゃないと、戦闘隊員という仕事で赤階級まで登り詰めることはできないから。

 ただ適当にやることもできる。金のために最低限やるなら、別にずっと紫や青にいてもいい。だけど、先輩はそうはしなかった。

 だから、分かっていたのだ。

 先輩は、周りのことを大切にしている人だってこと。私のこともきっと、私が思っているよりずっと、大切にしてくれているって。

 涙は涸れることなく流れ落ちていく。枕が濡れて冷たくなっていく。

 私は誰も見ていないのを良いことに、泣いて、泣いて、泣き続けた。

 鼻水で窒息しかけた頃、ようやく胸の中にあったつまりが少し解けたような気がした。

 月見先輩、ありがとうございました。

 今度、お墓参りに行きますから、どうか待っていてください。

 そう、心の中で呟いた。




****




 あれから、茜や新井さん、赤丸さんや他の隊員の人たちなど、色んな人が私の病室を訪れた。

 思ったより私は色んな人から期待されているみたいだった。北海道の戦闘隊員の皆さんは、私に向かって何度もこんなことを言った。


「いやー、北海道の唯一の希望に死なれちゃ困る」


 ははは、という笑い声と共に言われて、私はどう反応すれば良いか分からず戸惑う。


「別に唯一ということは……」

「いやいや、俺なんかが死んでも大して影響は出ないけど、ついに今年橙階級に上がった15歳のホープに死なれちゃあねぇー」

「え、私、橙階級になったんですか?」

「あれっ、知らなかったの?」

「はい……」


 唐突に語られた新情報に眉をひそめる。

 橙階級……危険度A-1体を倒せると言われている階級だ。

 まあ、危険度A-くらいなら倒せる自信はあるが、橙階級となると亡くなった天城さんと並ぶな、なんてぼんやりと思った。

 天城さんは、私の所属する北海道第一署の署長として忙しくしていた。北海道一の戦闘スキルは、私も学ぶところが多かった。

 そんな天城さんと同じ階級……その重みは、まだ私には重すぎるような気がして。イマイチ実感が湧かない。


「まあまあ、ゆっくり休んで、ちゃんと回復してね」

「そうですね……頑張ります」

「じゃあ、俺たちは行くから」


 そう言って、北海道戦闘隊員で赤階級の坂村さんは、にこにこと笑った。


「あの……本当に、ありがとうございます。皆さん、来ていただいて……」


 私が全員の顔を見回すと、彼らはいやいや、と首を振って苦笑する。


「私たちが勝手に来ただけだから。むしろ騒がしくてごめんなさいね!」


 そう話しかけてきたのは、応援で沖縄から来た赤階級、渡真利さんだ。

 私は慌てて首を横に振る。


「いえ!とても元気をいただけました。私こそ、満足に対応もできなくてすみません」

「何言ってるの!病人におもてなししてもらおうなんて誰も思ってないから!」


 北海道戦闘隊員の青階級、佐藤さんが軽快に笑った。

 私は終始恐縮しつつも、彼らに深々と頭を下げた。


「とにかく、ありがとうございます。早く治して復帰するので、そのときはまたよろしくお願いします……」


 私の言葉に、先輩たちは顔を見合わせてなにやらごにょごにょとこそこそ話をし始めた。

 私は戸惑いつつ、大人しくベッドに座り続ける。

 やがて、彼らは顔をこちらへ向け、一言。


「こちらこそ、よろしくお願いします……!」


 そう言って、深々と同じように頭を下げた。


「か、顔を上げてください!」


 私は必死に叫んだ。すると、先輩たちは顔を上げて、ははは、と笑い合う。


「とにかく、早く元気になってね」

「無理しないでね!」

「俺たち応援してるからさ」

「あんまり気にしすぎないで」


 口々にそんな風に言いながら、彼らは病室から出て行った。

 私はその後ろ姿を見送って、ふぅ、と息を吐く。

 胸の中には温かいものが広がっていた。

 窓の外を見やると、雪がはらはらと舞い落ちていた。

 私はそれを見つめながら、ベッドの上で、小さくあくびをする。

 もうすぐで退院できる、とお医者さんには言われている。あとは、私が大人しくしているだけで良い。

 それでも、こんなにゆっくり過ごすのは久しぶりなので、なんだか落ち着かなくてそわそわする。

 先輩たちとは、危険度Aとの対戦以来、少しずつ距離が縮まった気がする。彼らの輪の中にいるのは少し緊張するけど、同時に楽しくもある。

 私は一人じゃない。そう強く実感した。

 こんなことがあって初めて気づくなんて、自分でも馬鹿だと思う。

 でも、今まで私は、自分は一人なんだという感覚が常にどこかにあった。孤独な中で死んでいくんだなんて思っていた。だって、私の周りには、誰も近づいてこなかったから。

 それが、茜と友達になって、月見先輩や森先輩の優しさにも気づいて、先輩たちも私に話しかけてくれるようになって……。

 私の周りには、少しずつ人が増えていった。一人、また一人と私の傍にいてくれる人が現れた。

 それが嬉しくて、嬉しくて、同時に少し不安でもあって。いつか、失うんじゃないかという気持ちが、心のどこかにあるから、なおさら、私は頑張らなきゃいけないと思う。

 誰も死なせないために、強くなりたい。

 その思いが、胸の中、熱く燃え上がっていた。だから、できるだけ早く復帰したいと焦る気持ちがあった。

 だけど、必死に我慢して、耐える。

 万全の状態になってこそ、強くなる土台は作れるというものだ。

 だから今は、安静にしていよう。



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