第35話
*****
夢を見ていた。長い長い夢だった。
私は子どもの姿だった。誰かが、私の首を絞めていた。
私はいざとなれば反抗できると分かっていた。私には力がある。超能力がある。逃げられるはずだった。でも、逃げられなかった。逃げる場所がどこにあるのかと思った。
私は首を絞めてくるこの人を、どこかで愛していた。だから逃げられなかった。ひたすら、耐え続けた。
いつも、こんなヒステリックを起こした後は、優しく抱きしめてくれる。ごめんね、ごめんねと泣いてくれる。だから、私はそれだけで良いと思う。愛されていると感じられるなら、ここにいようと思う。
学校では一人だった。誰もが私の家が異常だと分かっていた。だけど、分かっていても、私を救い出してくれるわけではなかった。私はぽつりと小さな世界の中に取り残されていた。
涙が流れて、胸を痛みが穿つ。その繰り返し。ただ耐え続ければいつかは変わるかもしれない。あの人はまた私を愛してくれるかもしれない。そんなことを思う。無駄だと心のどこかで分かっていても、期待がやめられない。
地面に転がる小石を蹴って、その行く先をぼんやりと見つめる。
体中が痛い。ただの人間でも、大人の力は子どもにとっては充分脅威だった。沸騰したお湯をかけられたこともある。刃物で刺されかけたこともある。
それでも私は死ねない。超人、といつか言われた言葉が脳裏をよぎる。
もういっそ、自分で命を絶ってしまおうか。そんなことを考えた。
目から涙が溢れる。溢れるばかりで、死ぬことはできない。飛び降りようとした足は後ろへ後ずさるばかりで、上手く動いてくれない。
私は地面にへたり込んだ。あ、あ、と口から意味もない声が湧き上がった。
幼い子どものように泣いた。わぁわぁと、ひたすら嗚咽をもらして泣き続けた。
そうして死ねないまま、日々を過ごした。
あるとき家に警察が来て、あの人はどこかへ連れて行かれた。
私はよく分からなかった。なにも、なにも分からない。なにも知らない。警察にはそう言い続けた。そう言っていくうちに、本当に記憶がどこかへ行ってしまった。
私は泥のように眠った。体が重たかった。
「……」
頬を温かいものが伝う感触がする。
私はゆっくりと目を開ける。
白い天井。それから点滴の管。下を見ると、病人服を着て、ベッドに横たえられた体がそこにある。
それは、よく見慣れた、15歳の体。
変な夢を見た、と思った。妙に現実味があって、悲しい夢。胸に迫る夢。だが、その夢の内容は追うごとに儚く消えていく。
私はおもむろに起き上がった。途端に、上半身に強い痛みが走る。
思わず唸ると、不意にどこからか足音がする。
「……!目が覚めたんですね!」
白い看護服に身を包んだ女性が、私の傍へとやってきた。
「……ここは、病院ですか」
私は掠れた声で呟く。
「そうですよ。あなたは一週間以上もの間眠ってたんです。今、お医者さんを呼んできますからね」
女性は優しくそう言って、どこかへ行ってしまった。
私は一人病室に取り残される。ぼんやりとベッドに頭を預けて、天井を見上げた。
暫くして、白衣に身を包んだ男性が私の元へ歩み寄ってきた。
「調子はどうですか。体はまだ少し痛むと思うので、なるべく動かさないでください」
「えっと……今は、いつですか」
私の顔をのぞき込んだ男性に、曖昧に尋ねる。
「今は1月4日です。もう年が明けましたね。あなたは……眠ったままでしたから、年を越した実感が湧かないでしょうけど」
「そうですね……」
私は眉をひそめた。1月4日。私が任務をした12/24から、11日ほど経ったというわけだ。
ぼんやりしていると、お医者さんは眼鏡の奥の瞳を細める。
「目が覚めてよかった。意識もちゃんとあるようでなによりです。一応聞きますが、自分のことは分かりますか?」
「三浦、史詩夏……15歳……EESの戦闘隊員です」
「合ってますよ。さあ、もう少し休んでいてくださいね。私たちはあなたのご家族に連絡をするので」
そう言って、お医者さんは看護師の女性と一緒に、またどこかへ去って行った。
私は不思議な気持ちで目を閉じる。
えっと……危険度Aと戦って、ぎりぎりで勝ったけど、月見先輩が……。
そこまで考えたところで、私はハッとして目を開ける。
月見先輩。そうだ、先輩は大丈夫なのだろうか。
私は無理矢理痛む上半身を起こした。そのままベッドから立ち上がる。
移動しようとしたところで、足に力が入らずに地面に倒れた。鈍い音が響き、目の前に地面がある。
い、痛い……。
私はうう、と唇を噛んだ。
なんとかゆっくりと立ち上がり、よたよたと歩く。しかし、点滴の管が私を引っ張った。
……仕方ない。私は諦めてベッドに戻る。
窓の外を見ると、雪が積もった屋根が見えた。ここは2階か3階らしい。空は晴れ渡っていて、鳥が羽を白く輝かせて飛んでいく。
そのままぼんやりベッドに横たわっていると、眠気が襲ってきた。
私はふぁあ、とあくびして目を閉じる。
意識はすぐに沈んでいった。
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