第33話

「史詩夏ちゃん!」


 突如影から来た手に引っ張られ、私はそのまま地面に吸い込まれた。


「月見先輩!」


 私は月見先輩にお姫様抱っこされていた。目の前には月見先輩の顔が。

 薄暗い中、天井にはエミュレイターの影が動いているのが見える。


「ちょっと影を移動しようか。エミュレイターの影から出るのはどう?奇襲で殺せそう?」

「もしかしたら……でも、もしかしたら私も死ぬかも」

「俺がまた影に引っ張るから大丈夫だよ」


 月見先輩はそう言って私を地面に下ろした。私は少しホッとして微笑む。

 動く度全身に鈍い痛みが走った。もろに攻撃を食らったのが大きい。体に強化をかけていなければ、今頃全身骨折していた。


「月見先輩のこと、信じても良いですか?」


 私は試すような口ぶりで聞いた。

 月見先輩は即答した。


「良いよ」


 それじゃあ、行ってらっしゃい!

 その言葉と共に、私は気づけば影から出ていた。

 目の前にあるエミュレイターの背中。何も考えずに機関銃で撃った。


「……ッ!ああ、危なかった。君、仲間がいたんだね。厄介な力だ……」


 エミュレイターは咄嗟に避けたらしい。半身を機関銃で撃たれつつも、核は無事なのかセンサーは消えない。

 コンマ二秒後に拳が襲ってきて、私は上半身を反らしてなんとか避ける。

 身を翻してエミュレイターから離れた。そしてまた一発、機関銃を撃つ。

 しかし当然避けられて、エミュレイターは私に迫ってくる。ぐにゃりと体を曲げようとする念力。


「転移」


 それらからするりと転移で逃げる。

 時間を見る暇もなく、今どれくらい経ったのかも分からない。分かっていることは、私はいざとなれば月見先輩に助けてもらえるということだけ。でも、それだけで十分だ。


「君、攻撃を躱すのが上手くなってきてないかい?」

「戦いの中で成長するタイプなんです」

「うーん、どうしようかな」


 エミュレイターは少し眉をひそめた。私は急に攻撃がやんだので警戒しつつも機関銃を浴びせる。

 当然それは避けられたが、エミュレイターは不意にこちらを見た。


「先に、そっちを殺すか」


 にんまり笑ったその顔に寒気が走った。

 次の瞬間、私の眼前にエミュレイターが迫る。そのまま殴られるかと思いきや、その瞬間また影から手が伸びてきた。


「……ッ駄目です先輩!」


 私は咄嗟にエミュレイターを捕まえようとしたが、一歩遅かった。

 先輩の手を掴んだエミュレイターは、そのまま手を影から引っ張り出す。


「な……ッ」


 月見先輩が驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「転移……!」


 私が必死に叫んだのと、月見先輩めがけてエミュレイターが攻撃したのはほぼ同時だった。


「あぁ、少し遅かったか」


 エミュレイターの攻撃は何もない空中を擦る。

 良かった。なんとか間に合った。

 そう思ったのも束の間、今度は私へ攻撃が浴びせられた。


「うぐッ……!?」


 体勢を立て直しきれていなかった為、もろに攻撃を受ける。

 そのまま民家の壁に叩きつけられた。壁は衝撃で破壊され、私はそのまま民家の中へ倒れ込む。

 幸いにも避難していたようで、人はいなかった。それに安堵しながら、私は妙に冷静な頭で考える。

 これ、肋骨折れてるな……。ごほ、と口から血を吐き出す。

 再び目の前にエミュレイターが迫った。

 転移。掠れた声で呟いた。

 視界がぐにゃりと歪み、次にいたのはいつか危険度A-と戦った崖の上。

 とにかく逃げようと咄嗟に転移したので、思いもよらぬところへ来てしまったらしい。

 体は動かせなかった。考えたのは月見先輩のことだ。先輩はなんとか拠点の方へ転移させた。だからきっと大丈夫なはずだ。

 とりあえず、残っているありったけの超力を使って、自然治癒力を強化した。体の中がぐちゃぐちゃに動く感覚がある。気持ち悪い。

 だが、必死に耐えて超力を使い続けた。本来なら死んでいてもおかしくない傷だ。直さなければいずれ限界が来る。

 残り転移一回分ほどの超力になったところで、ようやく体を普通に動かせるまでには回復できた。

 立ち上がって軽くジャンプする。よし、大丈夫そうだ。

 私はとりあえず拠点に戻ることにした。最後の一回分の転移だ。


「転移」


 次の瞬間、目の前には今まさに出発しようとしている森先輩たちがいた。


「……ッ、史詩夏!?」


 森先輩が私に気づいて叫ぶ。他の全員もその言葉につられて私の方を振り向いた。


「危険度Aに負けそうになったので、一旦避難しました」


 私がそう言うと、森先輩が私に駆け寄ってきて顔面蒼白になる。

 どうしたのだろう。やけに雰囲気がおかしい。

 曇り始めた空と先輩たちの焦った声。


「待って、えっと、月見!月見はじゃあ……」

「月見先輩ですか?ここに転移させたと思うんですが……」

「そう、転移してきたの!で、史詩夏が危ないって、言って……戻って……」


 一瞬、言葉が理解できなかった。


「戻った……?先輩が……?」


 私は呆然と立ち尽くす。月見先輩が私を心配して?戻った?

 つまり先輩は今、一人で危険度Aと……。

 背筋が凍った。先輩では、あの敵に敵うはずがない。先輩だってそれを分かっていたはずなのに、私の為に……このままじゃ、先輩は死ぬ。


「早く行かないと……!」


 咄嗟に駆けだした私の腕を、森先輩が掴んだ。


「史詩夏、転移は?」

「超力は……もう、使い果たしました」


 私は力なく首を振る。

 もう、転移は使えない。今から急いで現場に行っても、間に合うかは怪しい。


「待って、ここに予備用のおにぎりがある。これで、なんとかならない?」


 森先輩は真剣な表情で、私にこぶし大のおにぎりを差し出した。


「できます……でも、使えて一回きりです……」

「それでもいい!急いで食べて!」


 私は言われるまま、必死でおにぎりを咀嚼した。体からなくなっていた超力が戻っていくのを感じる。ほんの少しだけ。だが、これで先輩が救えるかもしれない。


「全員は……無理か」

「転移できるのは私だけです」

「そうだよね、うん……そう……」


 森先輩は深く息を吸う。そして、真っ直ぐ私を見て言った。


「絶対に、生きて。そして私たちが来るまで耐えて」


 私は答える代わりに頷いて、叫んだ。


「転移!」


 視界が揺らぐ。

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