第20話
*****
家に帰ってから、いつも通り報告書を書く。
ちなみに私が一日に100体ほど倒さなければいけなくなってからは、当然危険度Bクラスの敵も何体も倒していたため、報告書も大量に書かされていた。ハッキリ言って地獄である。
「もういやだーーー!!」
ごろんと床に寝転がって拗ねる。
目を閉じると、不意に昼間のことが脳裏に蘇ってきた。あの母親の鋭い眼光と警戒する態度。
なにも全員が全員、超人に憧れていたり、超人をヒーローのように感じているわけではない。
例えば、超人はエミュレイターの危機に怯えなくていい。食べられる心配がないからだ。生まれたときから優れた才覚を持っている場合が多い。容姿も良い。それに、高給取りの未来が確定している。
そういう要素だけ見て、超人は特権階級だとか、自分たちばかり良い思いをしているとか、そういうことを思う人は少なくない。
それに、超人に期待される責任は大きい。だからこそ、もし人がエミュレイターのせいで死んでしまえば、超人は何をしているんだと思う人も出てくる。
私たちの給料は国が支払っている。つまりは税金だ。もちろん、EESが開発した製品や株といった様々な方法でも資金を得ているが、EESという組織は税金によって成り立っているといっても過言ではない。日本のEESはだからこそ、税金を払っている一般市民たちから強く責任を問われている。
税金の無駄遣いをするな。そんな声はしばしば聞こえてくる。超人がいなければ死ぬ。でも超人がいなくても死ぬことがある。一般市民の不安はきっと途轍もないものだ。
そんな中で生きている彼らのことを、私は尊敬している。彼らを守ることは私の義務だとも思う。お金をもらえるから、結局それ以外に道がないから。そんな理由で大半の隊員は仕事をしているが、私はそこに義務感も加わっていた。
この仕事は、嫌いじゃない。戦うことは性に合っているとは思う。しんどいことは確かだが、他に道もないのも事実。ならば、少しでも成果を出せるよう努力するだけだ。
「でもなぁ、まあ、ショックじゃなかったといえば、それも嘘ではあるんだけど」
思い出すと少し心臓が痛む。エミュレイターからの敵意なぞなんとも思わないが、同じ人間から向けられる敵意はそれなりに傷つくのだ。
……いや、向こうは私たちを同じ人間だとは思っていないのかもしれないが。
ふと、車の音が聞こえ、体をあげる。
間もなく、ガチャリという音と共に、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
「奈緒子さん、お帰りなさい」
久々に見た奈江子さんは、随分、やつれていた。ひどいくまだ。
「なんとか大仕事が終わってねーやっと帰れたわ。ご飯ってある?」
「あー、今作るよ」
私は慌てて報告書を片付け、キッチンへ向かった。
エプロンを着て、冷蔵庫を漁る。
運良く貯蓄がまだ残っていた野菜の細切れたちをお湯を張った鍋の中に投入し、火をつける。同時に三分の二残っていた鶏胸肉を切って油を引いたフライパンで炒める。
作業を一通り終える頃には、奈江子さんはすっかり体をソファに預けて休みモードだった。
「ドレッシング何が良いー?」
ついでに作ったレタスときゅうりのサラダ片手に声を張り上げる。
「オニオンー」
どう考えても疲れ切っている声が返ってきた。やはり相当お疲れのようだ。まあ一週間は帰ってきてなかったからな……。
できあがった品々を盆にのせ、最後にご飯もよそって持っていく。
「ありがとねーホントに」
奈江子さんはそう言って、ゆっくりと体をソファから起き上がらせた。
「どうぞ召し上がれ」
私はエプロンを脱いでソファに座った。気づけば30分ほど経っていた。
ご飯を食べながら、いつも通り奈江子さんはビールを飲む。
「かー、うまいわー!仕事の後の一杯!」
そう叫ぶ彼女は傍目から見ても既に酔っ払いに片足を突っ込んでいる。
「あんまり飲み過ぎないでよ。年々健康診断の結果がおそろしいことに……」
「わ、分かってるわよ。はー、史詩夏も年々姉さんに似てきたなぁ」
「そう?」
「うん。そっくり」
そう言って奈江子さんは蕩々と語り出した。
曰く、『姉さんは昔から心配性で、責任感も人一倍強くて、いつも私のことを叱ってた』。
曰く、『お母さんは真面目な姉さんばっかり褒めてねー、でも私は姉さんのことは尊敬してたけど』。
曰く、『でも姉さんはあんまり人を見る目がなかったのよ!だからよく男関係で泣いててー』。
奈江子さんが酔う度に聞かされるこの手の話は、私にとってけっこう大事なものだった。
私が6歳の時、お父さんとお兄ちゃんが死んだ。お父さんはお兄ちゃんを庇って死んだ、らしい。お父さんは超人で、その日も任務をしていたそうだ。
そこにお兄ちゃんがたまたま行って、たまたまエミュレイターに襲われかけた。それでお父さんはお兄ちゃんを守るために……。
と、まあ、そんな話らしいが、実のところ、私にはその辺りの記憶が曖昧だ。
私は8歳の頃からの記憶しかない。その頃から訓練生として訓練を受け始めたからだろうが、不思議なほど、それ以前の記憶がないのだ。奈江子さんも、気づいたら私と暮らしていた。
奈江子さんが来る前はお母さんと暮らしていたはずだが、その頃の記憶は全くなかった。お母さんはお父さんたちが亡くなったことがショックで自殺してしまったらしい。よく分からないが、多分それで記憶が飛んでしまっているんじゃないだろうか。
だからこそ、お母さんの話は、私にとっては貴重なものだった。記憶に残っていないお母さんの話。お母さんはどんな人だったとか、知る度に、私が一人じゃないんだと分かって嬉しくなる。
しかし、奈江子さんは一方で、お父さんのことは何も話してくれなかった。
一度、聞いてみたことがある。酔っ払った奈江子さんに、なんてことない態度で。
「お父さんはどんな人だったの?」
その途端、奈江子さんはふっと表情を消して、急に無口になった。それで私は怖くなって、それから聞くことをやめてしまったのだ。
奈江子さんの話を聞きつつ、私は報告書を書き進める。
「姉さんはねー、本当に優しくて、誰にでも好かれる人だったのよ……」
しんみりとした様子で奈江子さんが言った。その言葉には少し寂しさがこもっているように感じた。
「お母さんは、私のこと、愛してくれてたかな」
突然、そんなことを言ってしまったのは、ハッキリ言ってしまえば気の迷いみたいなもので。言ってから、すぐに間違えた、と思って奈江子さんを見た。
奈江子さんはどこか慈愛に満ちた、それでいて過去を見つめるような目でぽつりと言った。
「そりゃあ、愛してただろうよ。でも、あの人はちょっと、優しすぎたんだろうね」
優しすぎた。その意味を、私はよく理解できない。優しすぎたから、死んでしまったのだろうか。でも、本当に優しかったのなら、私のことを放って死ぬようなことはしないだろうと思った。決して言葉にはできない心の声。
奈江子さんは突然ばたん、とソファに倒れ、そのままいびきをかきはじめた。いつもそうだ。奈江子さんはこうして散々話した挙げ句、突然糸が切れたように眠り出す。
私はため息をついて、奈江子さんの食べたお皿を片付けた。
窓の外には星がキラキラと輝いている。北海道は空気が澄んでいるのだ。
「私のことを愛してくれている人って、いるの」
ぽつりと零れた声に答えてくれる声はない。そうしているうちに、夜は更けていく。
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