第3話
悲鳴が聞こえて駆けつけたときには、血が一帯を染め上げていた。倒れている者が六人いて、そのうち一人は先ほどの捜索隊員だった。
これはヤバい。直感でそう思った。
恐らくあの捜索隊員のセンサー搭載型レグラムからだろう。無機質な機械音声が響いている。
『危険度B+二体が付近にいます。隊員は速やかな避難を……』
レグラムの声はそれ以上続かなかった。
呆気なく、ソレによって潰された。
「あ、やっぱりまだいたね」
「青三人と紫三人? ふーん。それじゃあ楽だね」
見た目は美しい少女とその母親のようだった。町で見かけても、ああ、美人だな、くらいにしか思わなかっただろう。超人は美人ばかりなので、もしかしたら、彼らも同類なのかと思っていたかもしれない。
でも、話しぶりと、高性能でそう簡単には割れないレグラムをいともたやすく踏み潰したところ。なにより……。
母親の手に握られているそれを見る。後ろには、恐らくそれの持ち主の体だろう……それが、無残なほど切り刻まれて捨て置かれていた。
ああ、と。思わず歯を食いしばる。
それは生首だった。血がしたたり落ちている様子から、殺されたばかりなのだということが分かる。
その顔には、見覚えがあった。
「木田……!」
この時ほど、自分がエミュレイターセンサーを持っていないことを後悔したことはない。
「はーぁ、遊び相手に丁度良いかと思ったけど、コイツ、すごい弱かったよ。つまんなーい」
「まあまあ。今ちょうど良い獲物が来たんだし、それで我慢しなさいな」
木田の命をなんとも思っていないような口ぶり。
平然と言い放つ彼らに、怒りがこみ上げる。
「おい、坂村! 今の悲鳴は……ッ!?」
後ろからやって来たのだろう。仲間たちの声はしかしすぐに、驚愕に変わる。
こんなことが……こんなことが、起こるなんて。いや、俺の落ち度だ。別れて探すのではなく、皆で一塊になるべきだった。そもそも、ちゃんと全員いるか確認していれば。
後悔が波のように押し寄せる。しかし立ち止まってはいられない。
「お前たち、なんでわざわざ木田を殺したんだ!」
知性はある。それなら、会話をすることで隙を作れるかもしれない。
勢いよくそう叫ぶ。とにかく、時間を稼いで応援を呼ぼう。
俺の言葉に、彼らはにこりと笑った。薄ら寒い笑みだった。
「だって、邪魔だったし」
「恨みもあるわよね。同胞を散々殺されたんだもの」
その言葉に、頭がぐらりと動揺した。恨み。それはエミュレイターから初めて聞く言葉だ。エミュレイターに感情はない。それは隊員の中では常識。人間に擬態することで感情表現は可能になるが、脳はエミュレイターの本体に依存しているので、正確には感情を持つことはない。
だから、その言葉の意図が掴めなかった。考え込む俺に、後ろから声がかかった。
「おい! こいつらはあくまで殺人生物で、現に木田も殺されんだぞ!? エミュレイターに乗せられるな!」
その言葉にハッとした。ああ、駄目だ。混乱してつい思考がズレ……
「坂村!」
ぐい、と手を引かれて、次の瞬間には爆発音が全身を揺らした。とてつもない爆風に煽られ、そのまま思い切り吹き飛ばされる。
ドン!と思い切り背中をぶつけた。
「な、俺は……」
「おい! 何ぼーっとしてるんだ! 早く戦闘体勢に入れ!」
無理矢理引っ張り起こされて、はじめて正気に戻った。目の前には仲間の鬼気迫った顔。そうだ、俺は今戦闘中なんだ。一刻も早く戦わなければ。
正気を取り戻し、俺は立ち上がった。慣れ親しんだ武器を取る。長身の日本刀は扱いが難しいが、これは軽いし比較的易しい刀だった。この六年間、ずっと一緒だった仲間。先ほど打った背中が痛かったが、これを手に取った途端、冷静になれた。
仲間の一人が舌打ちする。
「クソがッ! あんなの俺らじゃ勝てない! 危険度B+は緑か橙の領分だ。応援を──ッ!?」
「うるさー、ホントうざい」
「前島!」
少女の腕が動いただけ。でも、その波動でいともたやすく成人男性、しかも超人が吹き飛ばされる。前島は民家の壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
まさしく『危険度B+』の化け物。それが二体。冷や汗が流れる。心臓がバクバク鳴っている。
血の海の中、場に似合わない笑みを見せる母娘は、異様な雰囲気で俺たちを見つめていた。
「レグラム! 緊急要請、危険度B+が二体だ……!」
ハッと振り返ると、後ろでもう一人の仲間、倉持がレグラムに話していた。後輩二人もそこにいた。それを見て、自分は一人ではないと勇気が湧いてくる。
そうだ。ここで俺がやらなければならないのは、応援が来るまでコイツらを食い止めること。それに、この県には神童がいる。
「えー、まだいた……メンド」
「おい! よそ見するんじゃねぇぞ!」
「うわっ! 急に来ないでよ!」
俺はメイン武器である日本刀で少女の首を狙った。あと一歩。しかし刀は少女に掴まれる。少女の肉厚な手から血が流れ出した。一瞬、それに動揺した自分がいた。
でも、その血の色は、黒。エミュレイターの血。
「死んでね!」
「ッが……ッ!」
刀ごと振り回されて、飛ばされる。それがまた尋常じゃない力だった。呆気なく森の中へ吹き飛ばされ、そのまま木々を折って茂みの中へ着地した。
血のにおいがする。頭が痛い。防護スーツ越しでも伝わる酷い衝撃。恐らく、スーツがなければ両手両足が吹き飛んでいただろう。
痛い。痛い。体が動かない。脳が危険信号を発している。
遠くでまた爆音が聞こえた。それから悲鳴。後輩の一人、宮本の声だった。叫び声と、爆発音。何かが打ち付けられるような音。
やめろ……やめろ! 俺の仲間をこれ以上殺すな! 心の中で叫ぶ。
駄目だ。俺は、まだ負けてはいけない。
体に鞭を打って壁を蹴った。そのまま森の中から飛び出す。全身が鈍く痛んだ。こんな痛みは初めてだった。
ああ、せめて、一撃は……!
「クソがぁぁぁぁッ!!!!」
ありったけの超力を込める。俺の超能力は、『貫通』。使えば、大概のものを貫通できる。ただ、これほど防御の硬い相手。全力を使わなければ勝てないだろう。この一撃。これで、仕留める……!
俺は叫びながら少女の眼前に迫った。全ての力を込めた一撃だった。だが、その瞬間、少女と目が合った。不意に悟った。
ああ、無理だ。
コンマ数秒間が酷く長く感じられた。少女の口がパクパク動いたのが見えた。『バーカ』
怒りと、虚無感と、悔しさ。次から次への感情がこみ上げる。自分が情けない。情けなくて、悔しくて、そして怖い。死ぬことが怖い。
何かできないか。何か、なにか! この悪魔を殺す方法が!
「先輩、遅くなりました」
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