一章 嫌われ者の美女 7
日が落ちる。
「眠らない町」と揶揄されるこの町は、確かに深く夜色に染まる空の下でも、消える灯が少なく明るい。
町の散策を終え、食堂を遠目に、シェリは肩のローズを見た。
「……怒って、る?」
おずおずとしたシェリの様子にも小鳩の彼女はどこ吹く風。「ホウ」と一鳴きすると、そっぽを向いてしまった。
「ほら! 怒ってる……」
三年前、本格的な旅へ出る前に拾った相棒はシェリの一番の理解者と言っても過言ではない。
涙に暮れる日は寄り添い、頬に流れる涙を小さな嘴ですくい、 落ち込み背を丸める日は風を起こさんばかりに羽を羽ばたかせて発破をかける。
それが最近はどうだろう。
死のうと決めた時、いやもしかしたらその前からかもしれない。薔薇色の瞳はシェリを見ない。
「ローズが怒るのも仕方ないと思う。でもね、わたしはもう……無理なんだよ」
だめなんだよ。
細い呟きは、眠らない町の喧騒に消えた。
これまでシェリなりに考えて、努力をしてきた。
なぜ自分はこれほど不器用で要領が悪いのか考えても、それが簡単に治ることはない、ということだけがわかった。
そして「時間があれば補えるのではないか」という結論に至った。
慌ててしまうのなら、見落としてしまうのなら、失敗してしまうのなら、理解するのに時間がかかるのなら、その分、時間を費やせばいい。
しかし、評価は変わらなかった。
最初は「綺麗」だと「看板娘になる」と喜ばれ、失敗もまた「覚えていけば変わる」と「慣れないうちは仕方ない」と、今はまだ――――そこに立っているだけでいい、と。
本当にその場にいれば良いだけなら、シェリほど適したものはないだろう。
しかし現実は、そうはいかない。
シェリがいかに不器量かとわかれば、 「遅い」と叱られ「出来損ない」と詰られた。――考える前と何も変わらない。
あの日、荷物を落とした時にささやかれた言葉が脳裏を過ぎる。
――かわいそうに。いっそ人形として生まれればよかったのにね。
シェリ自身もそう思う。
ただ愛でられるだけの存在になれたなら。飾られて、「綺麗だね」「可愛いね」「素敵だね」と。褒められるだけの存在であれたら、どれほど良かっただろう。
けれどシェリは生きている。息をして、動いて、言葉を発する。
だから、仕方ないのだ。
「ね。――わかって、くれるでしょう?」
自分は今どのような顔で笑っているだろう。歪な微笑みかもしれないし、もしかしたら思った通り穏やかに笑えているかもしれない。
どちらでもいい。
「じゃあ、行くよ。最期までお願いね、ローズ」
シェリの旅の友、ローズ。
ブルーグレー混じりのやわらかな羽毛、愛らしい丸みを帯びたフォルムを見ると心が癒された。シェリの心を察して鳴くその声に、何度も励まされた。
ローズならきっと、どんなシェリでも覚えていてくれる。
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