第5話
彼からの返事は、YESだった。
お気に入りの美容院の鏡の前に座り、雑誌をめくる。華やかな写真だけが目にとまり、文字はするりとこぼれ落ちていく。
馴染みの美容師さんが、髪を梳きながら話しかけてきた。
『宮下さん、何かいいことありました?』
そう言って、鏡越しに笑顔を向けてくる。
私も、つられて笑顔を映す。
『わかります? ちょっといい感じです』
映った自分の顔を見て、はっとする。
私ってそんなに分かりやすいかな、と眉をひそめ、口を噤む。
『あはは、ごめんなさい。ちょっとそんな気がしたから』
美容師さんは、少しの間、堪えるように小刻みに息を漏らした。
髪を少し整え、カラーとトリートメントもしてもらった。
『はい、お疲れ様』
出来栄えをチェックしながら、肩をぽんぽんと叩く。
鏡越しに私の目を見つめ、
言葉はないが、何か伝えてくるようだった。
「もしかして、私、応援されてる?」
店を出たあとも、終始笑顔で手を振って見送ってくれた。
駅ビルの大きなショーウインドの前で足を止める。
真っ赤なワンピースが飾られていた。
仕事では、常にパンツスタイルで淡い色合いを合わせる。化粧は明るめで薄い。
ラジオでは姿は見えないが、手は抜かない。
派手さはないが、いつ誰に会っても見せられる自分を、常に意識していた。
「翔くん、スカートのほうが好きかな?」
そう思い、家のクローゼットの中を思い出し並べる。スカート、色、丈、靴。
やることが山積みだとわかりながら、
足取りは自然と前に出ていた。
家中をひっくり返し、ひとしきり悩み終えた。
スカートが少し若く感じる。
少しトーンを落として、化粧もほんの少しだけ濃くすることにした。
「中学生の私じゃないからね」
スタンドミラーにくるくると姿を映し、
出来栄えに小さく鼻を鳴らした。
散らかった部屋を片付け、
念入りにナイトルーティンを済ませた。
ハーブティーを飲みながら一息つく。
フットネイルに目を落とし、静かに耳を澄ます。
すると、記憶が、まるでシャボン玉のように、ひとつ、またひとつ浮かんでくる。
「綺麗な声だな。」
驚いたけど、嬉しかった。
彼の言葉は今の私。
私は、彼の物語でヒロインになる。
頭の中で、書き始めた。
ありふれた、ストーリー。
出会い、別れ、成長し、
大人になって再会する。
恋に落ち、
苦難を乗り越え、
二人は結ばれる。
そんな、
「恋愛小説」
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