第8話 借金返済のために『ダンジョン飯(ゲテモノ)』配信を始めよう

『ホワイト・リリー』とのコラボ配信から数日後。


俺たちは、またしてもピンチに陥っていた。


「……ひもじい」


事務所のちゃぶ台に突っ伏した聖女アイリスが、蚊の鳴くような声で言った。


冷蔵庫は空っぽ。カップ麺の買い置きも尽きた。


「ねえ司。コラボで500万稼いだじゃない。なんでご飯がないの?」


「利子の支払いで全部消えたからだ。元金はまだ1円も減ってないぞ」


「鬼か! 世の中の仕組みは鬼か!」


アイリスがジタバタと暴れる。

だが、現実は非情だ。食費すらない。


「こうなったら……現地調達しかないわね」


「現地調達?」


アイリスがギラついた目で顔を上げた。


「ダンジョンよ! モンスターを食べるのよ! 最近流行ってるでしょ、『ダンジョン飯』配信! あれなら食材費タダだし、再生数も稼げるわ!」


嫌な予感しかしない。


だが、背に腹は代えられない。俺たちは空腹を抱え、食材(モンスター)を求めてダンジョンへ向かった。


          ◇


「はい、こんちはー! 『アイリス・キッチン』のお時間だよー!」


ダンジョンのセーフエリア。


即席の調理セット(キャンプ用品)の前で、エプロン姿のアイリスが愛想を振りまく。


『料理回きたあああ!』

『聖女様の手料理!?』

『今日は何を作るんですか?』


コメント欄はウキウキだ。

だが、俺の目の前にある「食材」は、地獄そのものだった。


「本日のメインディッシュはこれ! 『ジャイアント・トード(大蛙)』のお肉と、『マンドラゴラ(叫ぶ草)』のサラダです!」


まな板の上には、まだピクピク動いている紫色の巨大なカエルの足と、人の顔がついた不気味な根菜が置かれていた。


「(……グロい。圧倒的にグロい)」


俺は必死にカメラのフィルター設定をいじる。


【編集:ON】

『紫色』 → 『霜降りピンク色』(色相変換)

『ヌメリ』 → 『ジューシーな脂』(質感補正)


「では、さっそく調理していくよー! リル、お願い!」


「はーい! 解体ショーだね!」


包丁を持った召喚士リルが、ニコニコしながらカエルの足に刃を入れる。


ブシュウウウッ!!


緑色の体液が噴水のように飛び散った。


「ぎゃああああ! 服にかかったああ!」


「あはは、元気だねカエルさん!」


【編集:緊急回避】

俺は即座に噴き出す体液を、「キラキラした果汁」のエフェクトに変換する。


解体の生々しい「グチャ、ベチャ」という音は、軽快なクッキングBGMで掻き消す。


『すごい! 新鮮すぎて果汁が!』

『手際がいいなリルちゃん』

『なんか見てるだけでヨダレ出てきた』


視聴者は騙されている。

現場は生臭い悪臭で充満しており、俺は鼻栓をして撮影していた。


「次は焼き上げです! ヒルダ、火加減お願い!」


「任せろ。私の『情熱』で焼き尽くしてくれる」


女騎士ヒルダが、七輪に向かって息を吹きかける。

しかし、火力が強すぎてカエルの肉が一瞬で黒焦げになった。


「焦げたあああ!! 何してんのよバカ!!」


「すまない、肉が焼かれる音を聞いていたら興奮して……」


「料理中にハァハァすんな!」


【編集:リカバリー】

『黒焦げ(炭)』 → 『こんがりキツネ色』

『焦げ臭い煙』 → 『食欲をそそる湯気』

俺の神編集により、画面上では「絶妙な焼き加減のステーキ」が完成していく。


……中身は炭だが。


「か、完成でーす! 『特製・ダンジョンステーキ』!」


アイリスが皿を掲げる。

画面越しには、ミシュラン三ツ星レベルの極上肉料理に見えているはずだ。


「では、実食!」


ここからが本当の地獄だ。

アイリスが、震える手でフォークを刺す。


匂いは完全に「焦げたゴム」。見た目は「炭化したカエル」。


「(……やるの? 私、これ食べるの?)」


「(食え。食って笑顔で感想を言え。スパチャのためだ)」


俺はカンペで指示を出す。

アイリスが覚悟を決めた。


「い、いただきまーす……あむっ」 


カプッ。


聖女が、黒い塊を口に入れた。

一瞬の静寂。

次の瞬間、アイリスの顔色が青ざめ、白目を剥いた。


「おぐっ……!? げぇぇ……ッ!!」


「カットォォォォォ!!」


俺は瞬時に映像を切り替え、事前に撮っておいた


「アイリスがケーキを食べて微笑む映像」をワイプで差し込む。


音声はボイスチェンジャーで上書きだ。


『ん〜っ♡ おいひぃ〜! 外はカリッ、中はジューシー! ほっぺた落ちそう!』

『かわえええええ!』

『聖女様のモグモグタイム助かる』

『そんなに美味いのか! 俺も食べてみたい!』


実際には、アイリスは足元にバケツを用意して盛大に嘔吐(リバース)していた。


「み、水……水をくれ……舌が痺れる……」


「どんだけマズいんだよ……」


「次はヒルダ! あんたも食べなさいよ! 連帯責任よ!」


「ふっ、望むところだ。拷問に近い味……それもまた一興」


ヒルダは平然と(震えながら)完食した。こいつの味覚とM属性はどうなっているんだ。


そして、リルは――。


「わーい! いただきまーす!」


パクッ。ムシャムシャ。


「ん! おいしいよお兄ちゃん! 泥の味がする!」


「お前だけだよ幸せそうなのは!!」


          ◇


結果。

配信は大盛況だった。


「美味しそう!」「飯テロだ!」というコメントと共に、多くのスパチャが集まった。


だが、代償は大きかった。


「……うぅ……お腹痛い……」


「……私も……胃の中でカエルが暴れている気がする……」


配信終了後、アイリスとヒルダはトイレに引きこもり、一歩も動けなくなっていた。


俺は二人に胃薬(ポーション)を配りながら、誓った。


「二度と料理企画はやらねえ」


「同意するわ……」


しかし、この配信がきっかけで、なぜか「アイリス・プロジェクトと行く! ダンジョン美食ツアー」という企業案件のオファーが来てしまうのは、また別の話である。

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