第2話 誕生
大きな桃を持って帰ってきた婆さんは、桃を切るための包丁を研ぐ。
野菜に叩きつけてぶつ切りをする事はあっても、繊細な果物を切る事は、あまりなかった。
そうこうするうちに、山へ芝刈りに行ってた爺さんも帰ってきた。
「どうしたのじゃ、婆さん。包丁など研ぎおって。」
家に入るなり聞こえてきた包丁を研ぐ独特の音に、爺さんがたずねる。
「おや爺さん。川で洗濯してたらな、大きな桃が流れてきたのよ。」
包丁を持ったままの婆さんはにこにこと語る。
「ほんとに大きな桃だでの。」
爺さんも実際に桃を見て、その大きさにぶったまげる。
両手を広げて持ったら、前が見えにくいほどの大きさ。
この大きさなら、その重さも相当なもの。
本当に婆さんが持って帰って来たのかと、信じなれなかった。
「うんしょ、おや、軽いのう。」
爺さんも桃を持ち上げてみて、びっくり。
見た目ほど重くはなかった。
となると、うきうきで包丁を研いでる婆さんには悪いが、中身はすかすかで、食べごたえは無いかもしれない。
「ささ、爺さんや。この包丁でズバっといってくだされ。」
婆さんは研いだ包丁を爺さんに渡す。
「うーむ、」
包丁を持った爺さんは、少し悩む。
こんな大きな桃を、どうやって切ればいいのか。
端から食べやすい大きさに切り分けていくか。
それとも上からばっさり切ってみるか。
「ほれほれ。昔
と婆さんは急かす。
「やな事を思い出させてくれるの。」
婆さんの発破がけに、爺さんも
「何をゆうておる。いく人もの敵将を討ち取って大活躍だったじゃないか。」
「はあ、その手柄を他人に取られちまって、今はこんな村はずれでみすぼらしく暮らしてる訳じゃが。」
「ほっほっほ。その手柄を奪った厚かましい連中は、とうの昔にみんな討ち死にしおったわい。もし爺さんが取り立てられてたらと思うと、ゾッとするわい。」
「あいつらも、悪い連中じゃなかったのじゃがの。」
「なーに。爺さんから手柄を横取りして、バチが当たったんじゃわい。ささ、爺さん。あんな連中の事など忘れて、ばっさりといっておくれよ。まだまだ爺さんの剣術は健在じゃろ。いつぞやは鬼の娘を切りつけたくらいだしの。」
「そうじゃな。」
婆さんの言葉に、爺さんの気持ちは沈む。
爺さんに斬られた鬼が爺さんに向けた目は、怒りや憎しみではなかった。
あの悲しみに満ちた目に、トドメを刺す事が出来なかった。
それで鬼を逃した事を、村人たちに責められもした。
爺さんは気を取り直して、包丁を桃の上に置く。
そこから呼吸を整える。
このまま振り上げて、勢いよく切りつけるつもりだったが、桃はほのかに光ると、ひとりでにふたつに割れる。
桃の中には小さな男の子の赤ん坊が入っていた。
「おんぎゃー。」
外気に触れた男の子は、勢いよく泣き出す。
爺さんは包丁を置いて、男の子を抱き上げる。
男の子は泣きやむと、きゃっきゃと笑う。
「ほう、めんこいのう。」
爺さんの顔つきもゆるむ。
「わしにも抱かせておくれ。」
「おうおう。」
爺さんは男の子を婆さんに渡す。
男の子は婆さんにも笑顔で応える。
「ほんにめんこいのう。」
「おや、これはなんじゃろ。」
男の子の入ってた桃の中には、哺乳瓶と粉ミルク、それと手紙が入っていた。
爺さんは手紙を広げてみるも、見た事もない文字が綴られていて、読めなかった。
そして初めてみる哺乳瓶と粉ミルク。
なぜか使い方は、すぐに分かった。
沸かしたお湯を哺乳瓶に入れ、粉ミルクを溶かして軽く振る。
井戸水で適度に冷やし、男の子に与える。
ミルクを飲んだ男の子は、すくすくと育つ。
桃から生まれた男の子は、
桃兵衛はすくすくと育ち、次の日には三歳児くらいの大きさに育っていた。
婆さんも爺さんも、不思議がる。
「そう言えば桃を拾った時、近くに鬼がおったの。」
婆さんはその時の事を振り返る。
「鬼じゃと。まさかこの子は。」
爺さんに不吉な予感がはしる。
「いんや。鬼はこの子を奪おうとしていただ。この子は鬼をこらしめるために、天神さまが使わした子に違いない。」
と婆さんは爺さんの予感を否定する。
「確かに。この成長の速さ。天神さまの子だの。」
爺さんも婆さんの意見に同意する。
「しかしの。この子にはそんな危ない事は、させたくないのお。」
ミルクを飲む桃兵衛を見て、爺さんは思う。
この子を鬼とは戦わせたくないと、なぜか思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます