第27-1話 九条響:芸術家の少女は何のために剣を振るう

・不器用な少女とバールの剣劇指導


放課後の美術室。

神原徹の「亡き母への誓い」を受け止め、

夜の街で理人は、秩序カツ丼まで食わせた。


翌日の遺跡任務に備え、

生徒たちのメンタルチェックを行っていた。


そして彼の足は、気づけば美術室へ向かっていた。


静かに扉を開けると――夕陽の光に照らされ、

九条響が巨大なキャンバスに向かっていた。

その筆致は鋭く、静かで、完璧で、そしてどこか「孤高」だった。


(九条は、アイオネの眷属らしく、

 完璧を追求しすぎる。


 ノア=エルみたいに全力で、

 愛を振り回すタイプじゃないし、


 アイオネのように可愛げを見せるわけでもない。

 この徹底した孤独が……逆に危うい)


理人は声をかけず、そっと距離を取り――

人体模型の陰に身を潜めながら、彼女の様子を観察していた。


(下手に声をかけたら、

 この画面構成を壊してしまう……!

 頼む、キャンバスの中で平和にしてくれ……)


理人が「ツッコミか静観か」の二択で悩んでいたそのとき。


九条は筆を止め――

ゆっくりと振り返った。


視線はまっすぐ『人体模型の陰の理人』を射抜いていた。

まるで、キャンバス上の不必要な影を特定する画家の目つきで。


「先生。不規則な空気の動きを検知しました」


「なっ……! 空気の動きでバレた!?

 俺、もしかしてステルス性能ゼロなのか!?」


理人は陰から飛び出した。


九条は淡々と説明する。


「先生の足音は、教師の秩序と疲労と、

 軽度の困惑が混ざった独特のノイズです。

 いつものテンポで把握できます」


「俺の歩き方、そんなに情報量ある!?

 っていうか『疲労と困惑』ってラベルやめてくれ!」


九条は微かに首を傾げ、まっすぐ理人を見つめた。


「ですが……先生の存在は、私の美の秩序のアンカーです。

 乱れかけた構図を安定させてくれる、根のようなもの。

 だから……邪魔、とは思いません」


その静かな瞳には、不器用な優しさが滲んでいた。


(うっ……!

 堅物なくせに、優しい言葉を突然くれるからタチが悪い……!

 ツッコミたいのに心が揺さぶられる……!


 九条の『優しさ』がにじむ一言……ギャグで、

 逃げようとしてる俺の方が気持ちの整理に苦戦してるぞ!!


 アイオネは分かりやすい暴走だけど、

 九条は心の奥の真面目さで殴ってくるタイプだ!

 よりタチが悪い!)


理人はむりやり教師の顔に戻した。


「――それでだ。九条。遺跡任務の前に、

 お前の精神状態を確認しに来た。秩序は安定しているか?」


「はい。私の戦闘は『芸術』です。

 常に調和と均衡を保っています。


 ……先生は、愛の暴走女神と、美の記録に命を捧げる変人、

 彼らの相手を終えてきたところなのですよね?」


「やめろ! 俺の異常業務報告を秒で把握するな!

 どこで情報取ってるんだお前は!」


九条は淡々と返す。


「先生の表情筋の疲労量でわかります」


「俺の顔は計測器か!?」


わずかに、九条の口元が緩む。


「……それほど、先生は生徒のために奔走している、

 ということです。だから――心配になってしまうのです」


静かな声だったが、確かに優しさが宿っていた。


(……くそ。こういう素直な優しさは、不意打ちなんだよ……

 ギャグに持ち込もうとしても、勝てない……!)


しかし九条は、そこでふっと真剣な目に戻った。


「先生。遺跡任務の前に、ひとつだけお願いがあります」


「……なんだ?」


「私に――『バール』の扱いを教えてください」


「なんでだよ!?」


「バールは芸術的破壊の象徴。

 遺跡内では構造物を破る可能性があります。

 正しい美しいフォームで破壊したいのです」


「破壊に美学を求めるな!

 そして相変わらず武器選択が渋いわ!!

 なんでバール全面推しなんだよ!」


九条は真剣に答えた。


「……先生が以前『バール一本で旧神の眷属と互角に戦った』と、

 神原から聞きました」


「アイツまた余計なこと言ったな!!」


九条は静かに一歩寄る。


「教えてください。先生の『秩序のバール術』。

 私も……先生の隣で戦えるようになりたい」


その声音には、堅物ゆえの不器用な願いがあった。


理人は、観察眼で彼女の感情の揺らぎを捉え――

小さく息をついて、うなずいた。


「……わかったよ。

 バールの正しい振り方、教えてやる。

 だが『美しさ』はほどほどにな?」


九条はほんの少し微笑んだ。


「はい。先生の秩序に従います」


夕暮れの美術室に、

堅物で孤高の画家と、疲れた教師の小さな絆が生まれていた。




⚔️ 理性 VS 創造性:手合わせ指導


「ありがとうございます、先生」


九条の表情に、ほんの数秒だけ柔らかい影が落ちた。

その一瞬を理人は見逃さない。


(今の、たぶん『安堵』だよな……?

 わかりづらさが芸術的すぎるだろ九条。)


しかし彼女はすぐに、

修行僧のような『求道モード』へ戻った。


「さて。では、先生。

 その覚悟の証として──お願いがあります」


そう言うと九条は、美術室の隅に置いてあった、

『エルダーサイン刻印入り・特注銀バール』を、

まるで絵筆でも扱うかのような静かな仕草で手に取った。


「ぜひ、私と本気の手合わせをしてください」



理人の脳内で、本日三度目の最大級アラートが点滅する。



>>>ALERT: 指導限界突破の危険を検知


>>>九条響:手合わせ(本気) LV.MAX


>>>装備:バール(エルダーサイン対応)


>>>理人:教師の威厳(残りHP 4)



「待て待て待て!『本気』で!? しかもバールで!?

 これ教師の仕事の範囲、完全に逸脱してるからな!?

 体育教師に任せろよ!」


「体育教師では、先生の『秩序の拳』に対応できません。

 私の芸術的剣劇が先生の理性を超えられるか──

 その確認が必要です。明日の遺跡任務のためにも」


「過激の方向性が体育会系ホラーなんだよお前は!

 何だよ芸術的剣劇って!」


九条は、相変わらず真面目そのものの顔で深く一礼した。


「先生、どうか指導を。

 ……明日、皆を守るために、私も強くなりたいのです」


その一言に、ほんのわずかだけにじむ『優しさ』を理人は感じた。


(くそ……この子、真面目すぎて分かりづらいけど、

 本気で仲間を守ろうとしてるじゃないか……!

 ギャグで逃げようとしてる俺の方が気持ちの整理に苦戦してるぞ!!)


観念した理人は、肩を落としながら拳を上げる。


「……分かった。でも、顔面へのバールは禁止だ!

 俺が死んだらノア=エルの愛が暴走して世界が滅ぶ!」


「承知しました」


「よし、ここでは狭いな…河原で始めよう」


「では──行きましょう先生」そして、


九条は、絵筆を走らせるような静けさと、

嵐のような速度を両立させて踏み込んだ。


理人の秩序と、九条の創造性が衝突する、

理性と美のバトルが今、始まりを告げた。

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