第4話 Stream: Connect(接続開始)


 翌日。

 和也は再びダンジョンの入り口に立っていた。

 装備は、シアンが最適化した「カモフラージュ・スーツ(見た目はボロ布)」。

 そして視界の端には、新しいウィンドウ――配信管理画面が表示されている。


『……チャンネル開設、完了。タイトル設定、タグ付け、サムネイル生成……すべて最適化済みです』


 脳内でシアンがキーボードを叩くような音がする。

 彼女は和也の視界をジャックし、配信設定を高速で弄っていた。


『それと、顔認識阻害プロトコル(デジタル・モザイク)を適用しました。……貴方の間抜けな顔を晒すのは、セキュリティ上“非推奨”ですので』


 和也がスマホのインカメラで自分を確認すると、顔の部分だけが粗いデジタルノイズで歪んでいた。

 まるで、そこだけ空間がバグっているようだ。


「……随分と物々しいな。演算リソース食うんじゃないか?」

『毎秒1.5%消費します。無駄ですが、特定されるリスクよりはマシです。……稼いだ金で、物理的なマスクを早急に購入することを推奨します』


 シアンはため息交じりにそう告げると、ドローンを起動させた。


「タイトルは?」

『これです』


【Title: 資産価値31の底辺(Fランク)だけど、Cランク階層を散歩する。初見歓迎】

【Tags: #ダンジョン #ソロ #無言 #事故待ち #顔出しNG】


「……悪趣味だな」

『事実を並べただけです。今の貴方の市場価値(マーケットバリュー)で人を呼ぶには、"無謀な自殺志願者"というフックが必要です』


 シアンの声はあくまで事務的だ。

 確かに、資産価値31の人間がCランク階層(中級者向け)に潜るなんて、自殺行為以外の何物でもない。

 野次馬根性を刺激する作戦か。


『ドローン、射出。……アングル調整、良好。画質補正、ON』


 和也の肩から、ゴルフボール大の小型ドローンがふわりと浮き上がった。

 汎用AI付属のドローンとは動きが違う。まるで生き物のように、和也の背後へ回り込む。


『配信開始(ストリーミング・スタート)。……さあ、行きなさい。貴方の性能を見せつけるのです』


 《ON AIR》


 赤いランプが視界に灯る。

 和也は深く息を吐き、歪んだ顔のままダンジョンのゲートをくぐった。


        ***


 配信開始から30分。

 同接(同時接続者数)は、まだ「5人」だった。


【名無しA】:タイトル釣りかよw 31ってマジ?

【名無しB】:装備ショボw 死ぬぞお前

【名無しC】:うわ、なんだこいつ。顔だけバグってね?

【名無しD】:回線悪いのか? いや背景は4K画質だぞ……

【名無しE】:モザイク処理か。犯罪者みたいで不気味だな


 流れるコメントは嘲笑と、ノイズへの困惑が半々。

 だが、和也は一言も発しない。

 シアンから『余計なトークは不要。貴方の声はノイズです』と釘を刺されているからだ。


 ただ黙々と、顔のない亡霊のように薄暗い通路を進む。

 その時。


『右前方、敵性体反応。……個体名:アーマード・ボア(鎧猪)。数、3』


 シアンの警告と同時に、巨大な猪のモンスターが突進してきた。

 鋼鉄の皮膚を持つ、突撃戦車だ。まともに食らえば即死。


【名無しB】:うわあああああ出た!

【名無しA】:終わったな

【名無しC】:逃げろ!!


 コメント欄が加速する。

 だが、和也の視界には、既に「解」が見えていた。


『減速不要。……左斜め前へステップ。カウンターで頸動脈を狙いなさい』


 赤い予測線が、猪の突進軌道を鮮明に描く。

 和也は表情一つ変えず(もっとも、ノイズで見えないが)、ポケットから手を抜くように、腰のナイフを抜いた。


 ――スッ。


 最小限の動き。

 紙一重で突進をかわすと同時に、青い残像が走る。


 ギャァッ!

 断末魔も上げられず、鎧猪の首が宙を舞った。

 血飛沫(エフェクト)が舞う中、和也は残る2匹に対しても、流れるような動作で刃を振るう。


 一閃、二閃。

 三匹の巨体が、同時に地面に崩れ落ちた。

 戦闘時間、わずか3秒。


 和也は血振るいすらせず、無言でまた歩き出す。

 ドローンがその背中を捉える。ノイズのかかった横顔が、どこか無機質で恐ろしい。


 コメント欄が、一瞬止まり――そして爆発した。


【名無しA】:は????????

【名無しE】:え、今なにが起きた?

【名無しB】:いやいやいや、鎧猪だぞ? Cランクだぞ?

【名無しC】:ナイフ一本で!?

【名無しF】:動きが人間じゃねえ。顔も見えねえし、まさかアンドロイドか?

【名無しD】:つーか、今の回避見たか? 未来予知でもしてんのかよ


 同接カウンターが、5から50へ、そして100へと跳ね上がり始めた。

 顔のない底辺探索者による、異常な攻略。

 その噂は、ネットワークの海を伝って拡散されようとしていた。


『……順調です。投げ銭(スパチャ)が一件、確認されました。……おや、500ギフト。随分とケチですね』


 脳内で毒づくシアンの声。

 彼女は和也の視界の端で、投げ銭の通知ウィンドウをつまらなそうに弾いた。


『顔が見えない分、減額されたのでしょうか。……次はもっと“派手”にやって、単価を上げましょう』


 和也はノイズの下で口元を緩めた。

 悪くない。

 正体不明の怪物として振る舞うこと。そして、この強欲な女神と踊ること。

 それは存外に、心地よい緊張感だった。


「……次は?」

『直進です。……獲物は山ほどいますよ、キャリア』

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