17 捨てられた

(スカイ視点)


「ヤダ~!見てよ、あの気持ち悪い顔!」


「臭~い!顔のイボが腐ってるんじゃない?────オエッ!……吐きそうだわ。気持ち悪い!」


姉二人は美しい顔を嫌悪に大きく歪ませ、俺を指差す。

それは姉二人だけではなく、父も義母も弟も……全く同じ反応だった。


公爵家<オーディンズ家>


先祖代々国を支えてきた由緒正しき家であり、かつてこの国を救った伝説の【勇者】を生み出した家でもある。


『かつて世界がモンスターの大暴走により滅ぼされかけた時、強大な力を持った勇者が世界を救った。』


そんな伝承が今の今まで残っているのは、それほど勇者という存在が逸脱していたからだ。


誰もがひれ伏すくらいの美しさと、人が到達できないほどの特別な強さを持った勇者様。

その人を超越した存在は、神の代行者やら使徒、それどころか神そのものではないかと言われた程だ。


そんな生きる伝説の様な勇者だったが、その後は心から愛していた女性と結婚し、その血筋を絶やさない様にしてきた子孫達こそが、我がオーディンズ家だった。


そんな栄誉のある家に生まれた俺。


姉二人はその血筋にふさわしい、それはそれは美しい容姿を持って生まれ、人より優れた頭脳を持って生まれてきたというのに……俺はイボだらけの酷く醜い姿で生まれてきた。


実の母はその時のショックで心を病んでそのまま亡くなり、そのせいで父は大層俺を恨み、『悪魔の子』だと毎日罵る様になる。

生まれてからずっと家の離れに閉じ込められ、食事は噛み切れない程のカチカチのパンと、冷めたスープが与えられるだけ。

勿論それを持ってくる誰もがそそくさと逃げていき、誰も話しかけてなどくれなかった。


────寂しかった。


そしてそれは父が再婚してから更に加速し、義理の母親との間に男の子が一人生まれると、俺の存在はすっかりないものへとなっていく。


家を継ぐのは男子だけ。

そのせいで俺を始末することもできずに身体の弱い長男として、周りに言いふらしていたらしいが、弟ができた今、本当にいらないものになってしまったのだ。


だから、俺は名も無い貧しい村に捨てられたわけだ。


やっと部屋から出してもらえたと思えば、今度は知らない者達から向けられるたくさんの嫌悪の目に晒される。


誰も俺の事を受け入れてくれない。

気持ち悪いイボイボの化け物だから。


ドロドロと顔から垂れる膿からはツン……と腐った様な匂いまでして、悲しくて辛いが、仕方ない事だとも思っていた。

だから、『あっちへ行け!』『俺はお前たちの事なんてどうでもいい!』と精一杯強がって嫌な態度を取る。

勿論こんな醜いくせに態度まで悪いと、誰も近寄ってはくれない。

そのため、俺は食べるものすらどうしたらいいのか分からず、生きていく事すら難しくなってしまった。


もしかしたらそれが父の狙いだったのかもしれないな……。

一人で生きていけないから餓死せよと……。


俺の脳裏には、チヤホヤされている弟の姿が過る。


美しく戦闘の才能にも恵まれて生まれてきたらしい弟。

そんな弟を、父も義母も姉二人も大層かわいがっていて、勇者の再来だと口々に言う。


伝説に聞く勇者は、誰もが見惚れる様な容姿と、たった一人で強いモンスターを一撃で倒せるくらいの戦闘の才能をもっていたそうだが、つまりそれに近い存在である弟こそが、勇者の先祖返りなのではないか?と言われていた。

そんな勇者の側に、モンスターの様な見た目の俺を置いておくのが……父は勿論義母も姉も使用人達すら嫌だったのだろう。

そして何より本人が幼いながら俺を酷く嫌っていて、化け物だと言っては石を投げつけてくる様に……。


その排他的な扱いに視線は下へ下へ……気分は奈落の底に落ちていて、心はとっくに絶望しきっていた。

なのに────。


「……貴様は……怖くないのか……?

俺は……こんな汚い姿で……太っているし……伝染るかも……しれないのに……。」


たった一人だけ、泥だらけの農夫の格好をした男だけが、俺の前から逃げなかった。

それに目には嫌悪する感情もなく、それに心を震わせながら尋ねれば……男はサラッとそれに答える。


「伝染るモンだったら困るけど……流石に子供を飢えさせるわけにはいかないだろう。

それに、俺が感染しても、迷惑かける様な家族はとっくに死んじまってるからなぁ……。まぁ、気にすんな。 」


「…………。」


初めて優しい言葉を掛けてもらった。


それに胸がいっぱいになって黙っていると、更にその男は手に持っていたタオルで俺の身体を拭いてくれる。

抱っこされたり、拭いてもらったり、そういう事も勿論初めてで……気がつけば俺は泣いてしまっていた。


ボロボロ……ボロボロ……。


嬉しいとこんなにも涙が出るんだなって、凄く驚いた気がする。


それから、俺はその男の後をついて回り、色々と話をしてもらったり、触って貰ったり、とにかくソレが欲しくて必死に纏わりついた。

しかしどう話していいか分からなかったので、とにかく偉そうで高圧的な話し方になってしまったが、その男……ムギは全然気にしない。

毎日押しかける俺に、パンと暖かい野菜スープを出してくれて、笑顔で話してくれる……それを何日も続けて、俺はハッと気付いた。


これが『幸せ』だって。


「幸せ……俺は……今、幸せ……?」


ジ~ン……と痺れる様な幸せに浸り、でもこんな化け物の様な見た目では、ムギにそのうちアッチに行け!と言われてしまうんじゃないか?

そう恐怖におののいていると、突然限界が来て、ある日ムギの前でワンワンと泣いてしまった。


ムギは前に飛び出たダンゴムーシに驚いたと思っていた様だが、実際は違う。

こんなムギと過ごす日々が終わってしまう事に、突然恐怖したからだ。


「わーん!わーん!!怖いよー!怖いよー!!」


また一人になるのが。

ムギが俺の事を見限っていなくなっちゃうのが。


ムギはいつも通り、仕方ないなといわんばかりにダンゴムーシを遠ざけて俺の元に戻ってきてくれたが、俺の叫びは止まらない。


「ぼ、僕がデブで汚い病気の子だからこんな地獄に捨てられたんだぁぁぁ!!わーんわーん!!誰も僕の事なんてぇぇぇ!!!」


ムギだって俺の事をきっと嫌いになる!

そう確信してギャンギャンと泣きわめくと、ムギは俺の顔を優しく拭いてくれて……更には頭も撫でてくれた。


「あのさ、お前自分の外見が嫌いなのか?」


「当たり前じゃないかぁぁぁ!!このせいで俺は捨てられたんだからぁぁぁ!!」


ムギに質問されて、俺は即座に答える。


だってこんな見た目だから捨てられたし、誰も近寄ってはくれない。

そのせいでムギだって俺の事を嫌だと思うかもしれない。


ムギに拒絶される事を考えると、苦しくて辛くて……突然フッと思った。


俺はこれから、一生ムギと一緒にいたいんだって。


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