第12話 『塩とわさびと、冬の朝』
『塩とわさびと、冬の朝』
窓の外に降り積もった冬の雪が、朝日にキラキラと反射していた。キッチンの空気は冷たく澄んでいて、その中で湯気が立つ炊きたてのご飯の香りが柔らかく広がる。
「できたよ、今日の塩おにぎり」
僕は両手で三角形のおむすびを握り、熱々のまま皿に並べた。ぬちまーすで握ったおにぎりは、白米の甘みを引き立てる上品な塩味。海の精で作ったものは、ほんのり磯の香りが漂う。
妻はカウンターに座り、両手を膝に置きながらにこにこと笑った。
「わぁ……見ただけで美味しそう。香りもすごくいいね」
僕は小さな容器から「数の子わさび」を取り出し、塩おにぎりの上に少量をのせた。ピリリと鼻に抜けるワサビの香りが、静かな朝の空気を刺激する。
「ほら、これが君の作った塩おにぎりにぴったり合うと思うんだ」
「うん……わぁ、本当に。鼻にツンと来るけど、ご飯の甘みでまろやかになる……なんだか面白い味」
妻は指先でそっとわさびを押さえ、ひと口かじった。サクッとした数の子の歯ごたえと、ほろりと崩れるご飯の柔らかさが同時に口の中に広がる。塩のコクとわさびの鮮烈な香りが、絶妙なハーモニーを奏でる。
「たまには韓国のりも合うんじゃない?」
僕は新たに皿に小さくちぎった韓国のりを添える。パリッと軽い食感と香ばしい海苔の香りが、わさびのツンとした刺激を和らげる。
妻は少し目を細めて笑った。
「……ああ、これもいいね。塩の味が引き立つ。パリッとした音と、香りも口の中で踊るみたい」
「だろう? 塩だけでも美味しいけど、ちょっとした組み合わせでまた違う楽しみが生まれるんだ」
彼女はおにぎりをもうひと口かじり、満足そうに目を閉じた。
「ねぇ、こういう風に、あなたと食べ物の話をしたかったんだ。ありがとう」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。僕は軽く笑いながら手を伸ばし、妻の手のひらに触れた。
「こちらこそ、食べる瞬間を一緒に楽しんでくれて嬉しいよ。ねえ、もっといろんな塩や具を試してみない?」
「うん……たとえば、次は雪塩で握ったおにぎりとか? 口に入れた瞬間、ふわっと香る塩の粒感とか味わってみたい」
僕は雪塩を指でつまみ、そっとご飯に振りかける。白い粒が光に反射してキラキラと輝き、手に取るとさらさらと崩れる。熱々のご飯に触れた瞬間、パウダー状の塩がふんわり溶け、ほのかな甘みと旨味が広がる。
「わぁ……ふわっとしてる。口に入れるとすぐ溶けて、ご飯の甘みだけが際立つね」
「でしょ? 塩ひとつで味も香りも、食感も変わるんだ」
僕はぬちまーすの粒を手のひらに落とし、妻に差し出した。
「これはミネラルが豊富で、口に入れるとまろやかな味になる。毎日のおにぎりに少し振るだけで、体も心も満たされる気がするんだ」
妻は指先で塩をすくい、口に運ぶ。ほんのり甘くて、後からくる塩味が心地いい。目を細め、顔が少し赤くなる。
「……こんなに違うんだね。塩って、ただの塩じゃなくて、料理やごはんの性格まで変えちゃうみたい」
僕は笑いながら、今日の塩おにぎりを三種類並べ、わさびや韓国のりで味の変化を楽しむ。妻は次々と口に運び、表情が生き生きとしている。
「ねえ、塩だけでもこんなに楽しいなんて、思わなかった。あなたと一緒に食べるから、余計に美味しいのかも」
「僕もだよ。こうして一緒に、香りや味、音まで感じながら食べるのって、幸せだね」
雪の光がキッチンに差し込み、湯気がゆらゆらと揺れる中、僕らは言葉を交わしながらおにぎりをほおばった。塩の粒の感触、わさびのツンとした香り、韓国のりのパリッとした音、数の子のコリッとした歯ごたえ……五感すべてが目覚める瞬間。
「これからも、いろんな塩や具を試して、一緒に食べてみたいな」
「うん……私も。今日みたいに、あなたと味覚の冒険をしたい」
僕らの小さなキッチンに、朝の光と塩の香り、そして幸せな笑い声が満ちていく。塩ひとつ、わさびひとつで、日常のごはんはこんなにも特別になれるのだと、改めて感じた冬の朝だった。
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