天才イケメン高校生起業家の完璧な日常に、おっぱいが原因で居候することになった怪盗が一人増えました

くろさま

第1話 完璧な朝に、余計なものがひとつ

 誠志郎の朝は、いつも同じだった。

 同じ時間に起き、同じ手順で顔を洗い、同じ分量でコーヒーを淹れる。豆の挽き具合も、湯温も、毎朝微調整はするが、結果はほぼ変わらない。完璧な一杯ができあがる。


 キッチンのテーブルに置いたノートPCには、すでに起動済みのダッシュボード。夜の間に回っていたシステムのログはすべて正常。外部からの侵入も、異常な通信もない。


 ——はずだった。


「……おはよ」


 背後から、気の抜けた声がした。


 誠志郎は振り返らない。

 この家で、今この時間に、そういうテンションの挨拶をする存在は一人しかいなかった。


「おはよう。冷蔵庫のプリン、食べました?」


「うん」


「二つありましたが」


「うん」


「……そうですか」


 ため息はつかない。必要がないからだ。

 誠志郎はカップをもう一つ取り出し、コーヒーを注ぐ。砂糖もミルクも入れない。リラはブラックが飲めないが、文句は言わない。代わりに、あとで勝手に砂糖を足す。


 ソファの上では、リラがだらしなく転がっていた。寝起きの髪は少し跳ねていて、サイズの合っていないTシャツが、どう考えても仕事着ではない主張をしている。胸元が不自然に持ち上がっているのは、もう突っ込まないことにしていた。


「ねえ誠志郎」


「なんですか」


「今日、学校あるんでしょ」


「あります」


「高校生って大変だねえ」


「あなたが言うと奇妙ですね」


 彼女はくすくす笑い、コーヒーを一口飲んで顔をしかめた。


「苦っ」


「砂糖は引き出しです」


「知ってる」


 それでも立ち上がらない。

 誠志郎はネクタイを締めながら、ちらりとリラを見る。彼女は昨夜、仕事帰りにここへ戻ってきて、そのまま勝手に泊まった。鍵は当然のように解除されていたが、それも今さらだ。


「今日は、盗みに行かないんですか」


「んー……気分じゃない」


「そうですか」


「つまんない?」


「いえ。静かな方が効率は上がります」


 誠志郎は鞄を持ち、玄関へ向かう。靴を履きながら、ふと思い出したように言った。


「夕方までに出るなら、警備システムは通常に戻します」


「やさしー」


「合理的です」


 ドアを開ける前、少しだけ間があった。


「……行ってらっしゃい、社長」


「行ってきます、怪盗さん」


 完璧な朝だった。

 余計なものがひとつあることを除けば。


 もっとも、その“余計”がいなければ、最近の彼の日常は、少し味気なかったのだが。

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