ボクのWeb小説に唯一のハートとブクマはクラスの隣の席の美少女からでした

黒船雷光

第1話:小説家を夢見る僕と恋愛小説に出てきそうな君


 二学期になり、中間テストも終わって、のどかな午後の授業前の休み時間。

 暖かい日差しがカーテン越しに差し込み、ボクの左頬を照らす。窓際の一番後ろの席が、ボクの定位置だ。


 ぼんやりとノートを広げながら、隣に座る憧れのヒロイン——花鶴みゆきさんを横目で捉える。


 背中まで流れる艶やかな黒髪。制服を完璧に着こなす均整の取れた体形。

 すっと伸びた背筋。前髪の一部ががやや目にかかるところがかえってミステリアス。

 クラスメートと誰とでも楽しそうに話す花のような笑顔が、周りを明るくする。


 花鶴さんを中心に、教室を見渡す。


 クラスは平和だ。

 入学式で暴れたヤンチャな鈴木君も、屈託のない笑顔で毎日遅刻せずに来ていて、ボクにさえ「っす!」と挨拶してくれる。真面目だけど、性格のキツかった委員長の谷川さんも、柔らかく笑い、花鶴さんとよく話している。同じく少しオタクっぽい花見君とは、アニメの話で盛り上がる。「今期の新作ラッシュ、ヤバいよね!」


 何も不自由はない。いじめも派閥もない。表面上は、完璧なクラス。ボクが今更付け入る隙もない。


 明るく温かいクラス。でもボクの心は冷えていた。凍てつくような寒さで、胸の奥が疼く。

 元々陰キャだから、自分から話しかけて明るく振る舞うなんてできない。当たり障りのない会話、絶妙な距離感が、逆に息苦しい。みんなの笑顔が遠く感じる。ボクはここにいるのに、透明人間みたいだ。


 ボクだって、みんなと笑って「これが青春だ!」って思える毎日を送りたい。普通に、そう思うよ。


 でも、ないものを求めて一歩踏み出し、もし拒否されたら——。そんな妄想が頭をよぎる。ボクの違和感が、この平和を壊すんじゃないか。みんなの輪から弾き出されるんじゃないか。考えすぎだって分かってる。…でも、止まらない。


 全部、自分の妄想が原因なのに、中学の時のトラウマ…ハッチャケ様として駄々滑り…その記憶に自分で自分を追い詰める。この閉塞感は、ボク自身が作った檻だ。抜け出せない。息が詰まる。


 だからボクは、この窓際の後ろの席が好きだ。ここからなら、みんなを観察できる。傍観者として、安全にいられる。


 行き着いた結論は、平和な日々を傍観しながら、創作すること。

 といっても大したものじゃない。この春から始めたWeb小説だ。


 同じ高校生の主人公「ススム」の視点で、ボクの理想を描いている。

 運動会で活躍し、文化祭を企画し、クラスのトラブルに積極的に関わって頼られる。そして同じクラスのヒロイン・花鶴ミユキに告白される……


 現実ではありえない自分を、そこに書く。ボクの分身が、ボクの代わりに輝く。

 実際に起きたクラスの出来事を元に、主人公に全部やらせて、ミユキとの距離を縮めていくアオハル物語。

 創作の中では、ボクは英雄だ。みんなに必要とされる。花鶴さんみたいな子に、選ばれる。


 でも、現実の花鶴さんとは、そんな接点なんてない。隣にいるのに、挨拶すらろくにできない。


 ボクはこの席から観察し、現象を理想に書き換えるだけ。


 でも、書き終わると、また現実が押し寄せる。虚しさが増すだけかも知れないけど、止める気はない。


 教室ではスマホもPCも使えないから、ネタはノートにメモする。細かい仕草、会話の断片を、こっそり書き留める。


 そんなボクがクラスを見渡していると、隣の花鶴さんがふと髪を掻き上げる。ふわっと、爽やかな香りが漂った気がした。


 目線が合い、慌てるボクを見て、彼女は優しく笑う。

孟宗もうそ君、どうしたの?」


「え? あ、いや……クラスが平和で、いいなって……」

 噛んでしまって、恥ずかしくて下を向く。心臓が鳴り響く。なんでこんなに緊張するんだろう。ボクの声、変じゃなかったかな。


「あはは、何それ。孟宗君って、そういう達観したところあるよね」

「そ、そう……?」


 彼女の言葉が嬉しいのに、刺さる。達観? ……違うよ。ただ、怖いだけだ。踏み込めないだけ。


「ねえ、みゆき〜」「なに?」

 金髪ギャルメイクのアキラさんも入学当初の体を見せつける様なエッチな格好だったのに、今はスッカリ可愛い系になっている。

 そんなアキラさんに呼ばれて、花鶴さんはチラリとボクを見て軽く手を上げ、「ごめんね」という仕草をして離れていった。

 このクラスは花鶴さんが中心になって回っている。


「っぷはぁ……」

 緊張で息が止まりそうだった。作品の中ではもう付き合う寸前なのに、現実ではまともに話せない。ボクの理想と現実のギャップが、胸をえぐる。なんでボクは、こんなにダメなんだろう。


 学校終わって夕方、自宅に戻り、自室でPCを開く。

「カクヨム」にアクセスし、自分の小説『高校生ススムの生活無双』のページへ。


 今日も総合PVは一桁。第一話の閲覧数で止まったまま、ブクマも評価も感想もゼロ。


 誰も見てくれない。ボクの理想の主人公で【ススム】さえ、誰にも届かない。なら、現実の【ボク】なんて、もっと価値がないんじゃないか。存在する意味あるのかな。夜中に、そんな暗い考えがループする日もある。

 更新しても数字は変わらない。絶望が、じわじわと広がる。

 いっそ、廃屋で花鶴さんとエッチな展開でも書こうか——と一瞬考えるけど、日常描写をリアルにしすぎたせいで、そんな逸脱は書けなかった。物語の中の【ススム】は、ボクが望む「いい子」そのもの。理想を汚したくない。


 もう限界だ……事件も起こらないクラスで平和だ。僕は書くことをやめてしまった。


 小説を全部消すことも考えたけど、耐えて残すことにした。

 認めてもらえなくても、物語の中のボクは【ススム】だった。様々なトラブルを解決しているボクの中のヒーローだ。


 それから暫くして、気付いたのだが、何かクラスの雰囲気が変わってきている気がした。


 鈴木君が遅刻したり、谷川さんがソレでキレたり、アキラさんがそれに対して「うるせー氏ね」とかまで言い出してどんどん荒れて行った。


 何が起きているんだろうか…花鶴さんも少し思い詰めた様な顔をしている。


 そんなある日、動画でも見るかと久しぶりにノートPCを開くと、「カクヨム」から通知の山が来ていた。


 なんと、ブックマークがついている。各話にハートがつき、PVもちゃんと伸びていた。

 しかも、最新話に、感想まで。


『青春の煌めきが眩しい快作ですね! ヒロインのミユキちゃんも可愛くて共感できます。頑張って続けて、二人が結ばれますように!』


「やった……!」

 苦節半年。余りにPV付かなすぎて筆を折りかけていたけど、胸が熱くなる。誰かが、ボクの内面を認めてくれたみたいだ。孤独が、少し溶けた気がする。涙が出そう。


 天にも昇る気分で、すぐに感想へ返信を打つ。

「ありがとうございます! すごく嬉しいです……二人が上手くいくよう、願っていてください!」


 捨てる神拾う神…読者は神になり得ると感謝した。

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