第11話『因果を断つ杖』
第11話『因果を断つ杖』
アルドゥハは頭蓋にヒビの入った骨格標本がセミファイナルを起こさないかとビビりながら、念の為に杖で何度か突いてみたあとで、一人で理科室に戻して来た。
その後、委員会室に二つある長ソファで、それぞれ横になった二人だったが、アルドゥハが眠ろうとしているところにブランケットを持ったフォーラスが歩み寄ってきた。
「ねぇ……一緒に寝ちゃ、だめ?」
先程の骸骨がよっぽど怖かったのか、震える声で懇願する彼女に、アルドゥハは断る言葉を持たなかった。
——仕方がない、仕方がないのだ、フォーラスを怖がらせたのは自分だし、今日くらいは彼女のために抱き枕になることも、仕方がないだろう。
「——いいよ、おいで」
一瞬で自己正当化を完了させたアルドゥハは、少女を自らの胸元に呼び込み、優しく抱きしめる。
狭いソファの上で横になって眠るために密着させた身体は、抱きしめたときよりも数倍熱く、胸元に呼気を感じるたびに、少しずつ辛い記憶から解放されていくようだった。
翌朝、真っ先に委員会室の扉をノックし「入るぞ」と声をかけたのはオゾンだった。
アルドゥハは添い寝の痕跡を消すため、目を醒ますなり慌ててフォーラスの拘束から抜け出してブランケットの一枚をフォーラスのスカートの上に掛け、もう一枚を反対側の長椅子に投げつつ、偉そうな机に座った。
「おはよう、アルドゥハ。飯は足りたか?」
オゾンは少し間を置いてからゆっくりと入室し、サブバッグを机に置いて追加の食料、カップ麺やゼリータイプの保存食を取り出す。
「お陰様で——ティナもおにぎりを持って来てくれたから、余ってるくらいだ」
アルドゥハがドタバタしているうちに目を醒ましていたフォーラスが、オゾンの姿を確認してすぐにお茶を用意しようとして立ち上がると、オゾンは「すぐに部活に行くからいいよ」と言って彼女を座り直させつつ、食料を並べ続ける。
冷蔵庫が大量のパンとおにぎりで埋め尽くされている現状、保存の効く物資の追加はありがたい——が、アルドゥハには、一つ懸念する点があった。
「お前——その、金は大丈夫なのかよ」
パンにしろカップ麺にしろ、大して高価なものではないが、中学生の財力でそうポンポン買えるようなものではないはずだった。
彼の月の小遣いが幾らかなんて話は知らないが、それでも『いらない出費』で友人の財布を細らせるのには、どうしても罪悪感があった。
しかしオゾンは、なんでもないような顔をして言った。
「ああ、親父に『友達が困ってる』って言ったら、何も言わずにお金を渡してくれたからさ」
——それは、お父さんにも申し訳ないことをしてしまった。
自分がこうなってしまった以上『どの友達がなぜ困っているのか』などと聞かれれば、オゾンの信頼も落としかねなかったのに、彼は躊躇なくそのリスクを負ったのか。
「こんなに沢山、食べ物って高いのに……ありがとう、オゾンさん」
フォーラスも肩にギリギリかからないくらいの髪を揺らしながら、ペコリとお辞儀をした。
するとオゾンは彼女に向かっていやいや、と手を振った。
「小学生がお金の事なんて気にすんなよ」
「あ、あはは……実は私同い年なんだよね……」
オゾンはフリーズしながらアルドゥハの目を見るが——アルドゥハにも気持ちはわかる。どう見てもフォーラスは幼すぎるのだ。
普通、小学四、五年生くらいの成長期で女子は身長体重が増えて、大半の人は諸々大きくなるはずなのに——彼女は成長が途中で止まってしまったかのような印象を受ける。
「そ、それは悪かった、子供扱いはしないようにするよ」
気まずそうに微笑んだオゾンは、空っぽになったサブバッグのチャックを閉め、再びアルドゥハに確かめるような視線を送った。
——悪いかよ、フォーラスの方から抱き着いて来たんだよ!
保存食を水道の上の棚にしまい終えてからオゾンが部活動に向かった後で、入れ替わるようにケインとティタンが委員会室にやってきた。
「変わりないか?」
「あったよ」
「そりゃよかっ——あったのか」
ケインは学生カバンの中からノートパソコンを取り出して、コンセントにケーブルを繋ごうとして、予想外の返答をしたアルドゥハの方を見た。
「ああ、夜中に理科室に遊びに行ったら、骨格標本に襲われた」
「は? なんで夜中に理科室に遊びに行ってんだお前は」
「そりゃ……寝床の確保に」
その間にお茶を人数分用意していたフォーラスだったが、顔を見せただけのティタンが何も言わずに出て行ってしまったため、給湯室から出てすぐにムッとした顔で入り口を睨んでいた。
そんな彼女の姿を見てから、ケインは笑いながらアルドゥハの心理を読み解く。
「はぁん、お前フォーラスが同い年だって聞いて、恥ずかしくなったんだな?」
「——悪いかよ」
「いいや、意外とガキみたいなところがあるんだな」
——むしろ、まだ出会って三日目なのにベタベタくっついて来るフォーラスの方がおかしい。
未来での関係が何かは知らないが、あんなに無条件の好意を寄せられては——添い寝を許してしまうのも仕方がないだろう。
「まあそれはいい、何があったかを全部説明しろ」
「えっと、
「お前——昨日全部話したって言ったのに」
釘を刺そうとするやいなや報告漏れが発覚し、ケインは一瞬で額に青筋を浮かべて尋問モードになる。
アルドゥハは一瞬で頭をフル回転させ、なんとかして叱責を免れようとする。
「——その、中庭で杖を見つけたときの話で、人体模型が杖を持ってたから、ティタンに
「あいつ——まったくどいつもこいつも……」
——責任転嫁をして思い出したが、杖を奪われたときにティタンが人体模型の話をしていたような気がする。
しかしそれを指摘してケインを更に怒らせるのも怖いので、アルドゥハは沈黙を貫いた。
マウスをカチカチと鳴らしてからパソコンに文字を打ち込みはじめたケインを見て、フォーラスは少し怯えながらアルドゥハの隣に座った。
「ほ、ほら、あの時は一気にいろんなことが起きたから、アルドゥハだって整理ついてないんだよ……」
「それに整理をつけるのが俺達の仕事だよ——そういえば、お前は元々誰とも面識がなかったみたいだけど、どこから来たんだ?」
——やべっ、飛び火した。
アルドゥハを擁護しようとしたフォーラスは、唐突に銃口が自分の方向に向いてあたふたしていた。
「あっあの、ごめんなさい、私、記憶が——」
「そうだよ聞いてただろ、『記憶は既にない気がするけど』って」
「——ああ、なんか言ってた気がするな」
ケインは委員会結成時の会話を思い出したようで、パソコンにメモを取る。
ほら、ほらみろ! 怒られる筋合いはないぞ!
「で、アルドゥハが第一発見者なのか。犬に襲われて出血していたのは知ってる、でも何があったんだ」
——そのことを正直に報告すべきか否か、アルドゥハは悩んでいた。
最初にフォーラスを助けようとしたときに、彼女はアルドゥハの名を知っていた様子で、更に首まで絞めてきたのだ。
これをフォーラスが思い出してしまったら——話がややこしくなるのではないだろうか。
それに、彼女が警戒対象になるのは——可哀想だ。
「——犬の大群から逃げるために魔法を使って、あの世界に僕らを閉じ込めてしまったのがフォーラスで、犬たちに噛みつかれたのを助けたのが始まりだよ」
アルドゥハは、委員会結成早々に虚偽報告を行い、若干の罪悪感に駆られるが——仕方がないと自分に言い聞かせ、少し眉をヒクつかせたケインを観察していた。
「——まあ、現状は出自不明で、杖を届けるために未来だか異世界からやってきて、役目を果たしてこんなに小さくなった、って感じか」
そう言われてまたムッとするフォーラスだが——実際は大人のフォーラスとは別の目的で来ているのだろう。
だが、言われてみれば『フォーラスを殺す未来』は別の世界の話で、自分がフォーラスを殺す必要があるわけではないという可能性に気付いたアルドゥハは——心底安心した。
——あの夢が未来の話だとは限らないのだ
「……では、骨格標本の話を聞こうか」
「えっ? ああ、忘れてた……」
「おい」
ケインは威嚇するようにマウスをカチカチと鳴らしながら、アルドゥハの揮発性メモリの感情を書き換える。
——自分だって人体模型の件を忘れていたくせに。
「その人体模型が、戻ってきた世界でも動かないか確認してたら——骨格標本の方が動いて、襲われたんだ」
「それで、杖で消したと?」
「あー……先に報告しておくと、杖を持たずに理科室に行ってたから、追われて、逃げて、ここで倒したんだ」
ケインは報告漏れを防ぐ方法を学習したアルドゥハの方を睨みながら、ブラインドタッチで報告書を記入し続ける。
「手放すなよ、何があるのか分からんのに——」
「ま、まあ、それで標本を殴打したら、頭蓋骨にヒビが入って、止まったから理科室に戻しておいた」
「……消えなかったのか?」
ケインは予想して先に打ち込んだ内容を、バックスペースを数回連打して消しながら訊ねる。
「ああ、消えなかった。多分、フォーラスが消えなかったのと同じ理屈で、魔法だけを消したんじゃないかな」
「——そういえば、消えてないな」
「えっ——やっぱり私消えるかも知れなかったの?」
フォーラスが驚いた顔をしながら、隣で衝撃の事実を告白するアルドゥハの方を見つめる。
——正直確信はなかったが、あのときは『未来のフォーラスとの運命』を信じており、彼女が消えるわけがないと思っていたのだ。
「い、いや、ほら、杖の力は魔法を消す力だろ? だから、消えないって信じてたよ」
「でも人体模型は消えたんだよな? 結果としては理科室に残ってるってことだが、どこでその確信を?」
「あー……うん、ほら、えっと——いだだ、ごめんなさい!」
フォーラスはムッとしながらアルドゥハの膝を
そんな二人の姿を見て、ケインは鼻で笑いながら理論を組み立てる。
「まあ、杖は
「いてて……つまり、別の法則に因果を持つ物体の方は消えないってことだな? 知ってた、知ってたから
「——知ってたなら、報告漏れの罰で俺が
そう言われて詰んだアルドゥハは「知りませんでした」と白状し、フォーラスの両手で肘と膝を抓られながら謝罪をするのだった。
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