第12話「黎明の翼が羽ばたく空」
邪神が滅びたことで、魔王軍は霧のように消え去った。彼らは邪神の魔力によって形を成していた、悲劇の王ガルザードの無念の残滓に過ぎなかったのだ。世界の危機は、こうして「黎明の翼」と、かつての勇者の手によって防がれた。
この戦いの真実は、レオンによって諸国の王たちに伝えられた。初代勇者の裏切り、魔王ガルザードの悲劇、そして邪神の存在。全てを知った王たちは、歴史の修正と魔王として汚名を着せられたガルザードの名誉回復を約束した。
そして、今回の最大の功労者であるレオンと「黎明の翼」には、最大級の賛辞と望むだけの褒賞が与えられることになった。王都での盛大な祝賀会で、国王自らがレオンの前に膝をつき感謝の言葉を述べた。
「レオン殿。君こそが、この世界を救った真の勇者だ。どうか、この国の騎士団長として我々を導いてはくれまいか」
破格の申し出だった。誰もが、レオンがそれを受け入れるものだと思った。だが、彼は静かに首を横に振った。
「恐縮ですが、お断りいたします。僕は勇者ではありません。ただの神官であり、『黎明の翼』のギルドマスターです。僕の居場所は、王城の玉座ではなく仲間たちが待つあのギルドハウスですから」
その言葉に、隣に立つリナとカイトが誇らしげに微笑む。周りに集まったギルドの仲間たちからも、温かい拍手が送られた。彼らにとって、レオンのその言葉こそが最高の褒賞だった。
一方、アレス、ソフィア、ゴードンの三人はその罪を問われることになった。邪神に操られていたとはいえ、彼らが私利私欲のためにレオンを追放し人々を危機に陥れた事実は変わらない。
三人は、邪神の器にされた事情が酌量され死罪は免れたものの、全ての地位と財産を剥奪され、辺境の地で世界の復興のために生涯を捧げることを命じられた。
判決を言い渡されたアレスは、意外なほど晴れやかな顔をしていたという。偽りの勇者の肩書から解放され、ようやく自分自身の人生を歩み始めることができる。そのことに、彼は安堵していたのかもしれない。
去り際に、アレスはレオンに一言だけ告げた。
「……ありがとう。そして、すまなかった」
それは、心からの謝罪の言葉だった。レオンは何も言わず、ただ静かに頷いた。彼らの間の長かった因縁は、こうして完全に終わりを告げた。
数ヶ月後、リンドールの街は以前にも増して活気に満ち溢れていた。「黎明の翼」のギルドハウスは、大陸中から彼らを慕って集まってきた冒険者たちで毎日がお祭りのような騒ぎだ。
ギルドマスターであるレオンは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべ仲間たちの相談に乗ったり、新たな才能の原石を見つけ出してはその能力を開花させる手伝いをしていた。
「レオン!新しい依頼が入ったわよ!なんでも、南の海で伝説のクラーケンが目撃されたんだって!」
リナが、興奮した様子で依頼書を手に駆け込んでくる。すっかり大陸屈指の剣士として名を馳せた彼女だが、その快活な性格は少しも変わっていない。
「面白そうですね。クラーケンの墨は、高品質な魔法インクの材料になると聞いています。カイト君が喜びそうだ」
「もう、レオンはすぐそうやって素材のこと考えるんだから!」
リナが楽しそうに笑う。その隣では、カイトが新しい魔法の研究に没頭していた。彼の生み出す魔法は、もはや人間の域を超え魔法史を塗り替えるレベルに達している。
ギルドハウスの工房からは、ブロックが槌を打つ小気味良い音が響いてくる。彼の作る武具は「黎明の武具」と呼ばれ、冒険者たちの憧れの的となっていた。
誰もが、自分の居場所で自分らしく輝いている。レオンが作りたかったギルドの姿が、そこにはあった。
レオンは、ギルドハウスの屋根に登り眼下に広がる賑やかな街並みと、その向こうに広がる青い空を眺めた。追放され、全てを失ったあの日。絶望の淵に立っていた自分が、今こうして最高の仲間たちに囲まれて笑っている。人生とは、不思議なものだ。
「どうしたの、レオン。一人で黄昏ちゃって」
いつの間にか隣に来ていたリナが、からかうように言う。
「いえ。ただ、空が綺麗だな、と」
「ふふっ。そうね」
二人の間に、心地よい風が吹き抜ける。
レオンの【神眼】は、これからも様々なものを見通していくだろう。隠された財宝も、人の才能も、そして時には世界の新たな危機さえも。
だが、もう彼が一人で悩むことはない。隣には、どんな困難も共に乗り越えてくれる最高の仲間たちがいるのだから。
「さあ、行きましょうか。リナさん」
「ええ、行きましょう、ギルドマスター!」
「黎明の翼」の新たな冒険が、また始まる。彼らの翼が羽ばたく空は、どこまでも広く青く澄み渡っていた。これは、役立たずと蔑まれた一人の神官が、真の英雄となり最高の仲間たちと共に新たな伝説を紡ぎ始める、その始まりの物語。
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