第3話 正義を語りながら肉を食べる女 ⚖️🍖

 スマホの通知がピタッと止まった。

 母からの追撃が途絶えたということは――もしかして、彼氏が嘘だとバレたのかもしれない。


(いや、最初から気づいてた可能性もあるよね……あの人、勘だけは鋭いし)


 そんな不安が胸をよぎった瞬間、スマホが震えた。


「一度、実家に帰ってきなさい」


 その通知を見た瞬間、心臓がギュッと縮む。


(帰ったら絶対説教だ……! “結婚しないのは育て方のせい”とか言われるやつだ……!)


 気分を変えるため、私はすき焼きを作ることにした。

 鍋に火をつけると、じゅわっと牛脂が溶けて、甘い香りが部屋に広がる。

 散らかった部屋の空気が、ほんの少しだけ“まともな生活”の匂いに近づく。


 割り下を注ぐと、湯気がふわっと立ち上がり、薄切りの牛肉が赤からピンク、そして食欲をそそる茶色へと変わっていく。


(自然保護のために戦ってる私が肉を食べる? うん、でも牛さんは別枠。クマだけ守ればOKでしょ)


 すき焼きをつつきながらスマホを開くと、WildTalkのタイムラインが大炎上していた。


 WildTalkは、動物愛護派・環境保護派・“正義を語りたい人”が集まるSNS。

 コメントが荒れるほど「正義ポイント」が増え、炎上ランキングの上位に入ると「エコバッジ」がもらえるという、正義と承認欲求が混ざり合ったカオスの社交場だ。


 私は今、バッジランク『森の守護者』。

 名前だけ聞けば立派だけど、実態はただの在宅ワーカーである。


 桜浜シティの築古アパート、六畳一間の部屋。

 隣からはギターの音、上からは子どもの足音。

 そんな生活音に囲まれながら、私はスマホ片手に「自然保護」を叫んでいる。


 冷蔵庫には豚肉とビールが眠っていて、机の上には安いノートPC。

 これが私の「森の守護者」ライフ。肩書きと現実の落差がひどすぎる。


 そんなWildTalkで、今日は「クマ肉を食べる動画」がバズっていた。


 冬眠前のクマは脂が乗っていて美味しいらしい。


(脂肪なら私も負けないのに!)


 悔しいけど、美味しそう。

 味噌漬けにすると最高なんだって。


(クマって本当に美味しいのかな……いや、食べないけどね? でも味噌漬けはちょっと気になる……)


 そもそも私、クマを見たことがない。

 東京のマンション暮らしだったし、野生動物といえばハトくらい。


 でも、クマってかわいいじゃん? モフモフだし。

 「人間が襲われるのは自己責任」って言ってるけど、本音はただの“正義ポイント稼ぎ”なんだよね。

 でも言わなきゃバレないからOK。


(本当は、会社辞めて暇すぎて炎上で遊んでるだけなんだけど)


 明日は木曜日だけど、私は毎日が日曜日。

 せっかくだし、動物園に行ってクマを撮影してこよう。

 “自然保護のカリスマ”として、素材は多い方がいい。


 食後、私はWildTalkでレスバを開始した。

 「無敵の人」って言われても、生活保護じゃないし、ただの在宅ワーカーだし。


(でも、家賃払うのギリギリなんだよね……)

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