同盟なき海 ― 伊400、令和の海に出現!
@vizantin1453
第1話:台湾有事の現実
北京の夜は、異様なほど静かだった。
中南海の奥、厚い壁に囲まれた会議室には、空調の低い唸りと、電子時計の秒針音だけが響いている。
長い楕円卓の最奥に、宗光平主席は座っていた。
白い髪はきちんと撫で付けられ、表情は石のように動かない。
だがその両眼の奥には、すでに退路を断った者特有の冷たい光が宿っていた。
主席は立ち上がり、壁一面に投影された台湾海峡の地図を見つめる。
「我々は、七十年以上待った」
声は低く、淡々としている。
「待つことは、忍耐ではなく弱さになりつつある」
誰も口を挟まない。
全員が理解していた。
これは会議ではない。
歴史の宣告だ。
宗光平は振り返り、その場にいる全ての制服組を見渡す。
「統一は、理念ではない」
「国家の存続条件だ」
「本日0200をもって、台湾方面作戦を発動する」
言葉は簡潔だった。
だが、その瞬間――
この部屋から数千万の運命が動き出した。
主席は、卓上の通信端末に手を置く。
「海軍は、海峡全域の制海を確保せよ」
「主目的は戦闘ではない」
「逃げ場をなくすことだ」
提督の喉が、わずかに鳴る。
「一隻も、自由にさせるな」
「空軍は、空を疑念で満たせ」
「敵に確信を与えるな」
「見えるが、掴めない存在であれ」
それは、力の誇示ではなく、心理の支配を意味していた。
「陸軍は、まだ動くな」
一瞬、将官たちが顔を上げる。
「戦争は、最初に踏み込んだ者が最も多く血を流す」
「必要になった時だけ、私が呼ぶ」
宗光平は、再び席に着く。
「日本が動くだろう」
その言葉に、わずかなざわめき。
「だが、アメリカは動かない」
主席は、静かに断じた。
「これは――中国と、日本の戦争になる」
通信士が告げる。
「全軍、指令受領完了」
北京の夜空の下、光も音もなく、巨大な歯車が回り始めた。
それはまだ戦争ではない。
だが――もう、平和でもなかった。
♦♦
命令受領
――その瞬間、中国軍は息を止めた。
命令は、短かった。
暗号化された回線を通じ、ただ一文。
「主席命令! 台湾方面作戦、発動」
それ以上の説明はない。
それだけで十分だった。
中国海軍
南海艦隊・作戦司令室
壁一面の海図の前で、将官たちは誰一人、言葉を発しなかった。
秒針が一周する。
誰かが、無意識に背筋を伸ばした。
提督は静かに言う。
「……来たな」
それは喜びでも、恐怖でもない。
待ち続けた者だけが発する声だった。
若い参謀の指が、わずかに震える。
彼は、訓練と演習でしか知らない命令が、ついに現実になったことを理解したのだ。
「我々が、歴史の最初の一行になる」
その言葉に、部屋の空気が一段、重くなる。
誰も否定しなかった。
洋上の艦隊
夜の甲板。
波は穏やかで、星がやけに近い。
艦内放送が短く鳴る。
「全員、持ち場につけ」
それだけで、兵士たちは理解した。
誰かが唾を飲み、誰かが無言で拳を握る。
古参兵が、新人の肩を軽く叩く。
「大丈夫だ。俺たちは“勝つ側”だ」
それが、自分自身に言い聞かせる言葉だと、互いに分かっていた。
中国空軍
内陸航空基地
滑走路の照明が、淡く灯る。
格納庫の中で、若い操縦士がヘルメットを抱えたまま立ち尽くす。
胸が、異様に軽い。
怖いはずなのに、心拍数は安定している。
「……本当に、始まるんだな」
上官が短く答える。
「始まった瞬間に、もう終わりは見えなくなる」
それでも、彼らの目は輝いていた。
選ばれた世代だという自負。
歴史の当事者になる陶酔。
それが、恐怖を覆い隠す。
中国陸軍
沿岸部集結地
装備を整えながら、兵士たちは不思議な静けさに包まれていた。
銃を持つ手が、やけに重い。
だが、誰も弱音を吐かない。
「まだ、俺たちは出ない」
その事実が、逆に緊張を増幅させる。
「呼ばれる時は、もう引き返せない時だ」
その言葉に、誰かが小さく笑った。
「じゃあ、それまで生きていよう」
北京・再び、宗光平主席のもとへ
各軍からの報告が、淡々と届く。
命令、受領完了
士気、安定異常なし
主席は、それを聞いても頷かない。
中南海の執務室には、夜の気配が濃く沈んでいた。
宗光平主席は、執務机の上に置かれた一枚の資料から、視線を外さない。
そこに写っているのは、日本国首相――赤地静江。
就任会見の写真だった。
背筋を伸ばし、視線を正面から逸らさず、一切の感情を読み取らせない表情。
宗光平は、しばらく黙ってそれを眺めていた。
「大した女だ」
やがて、ぽつりと呟く。
「……大した女だな」
側近が、わずかに驚いたように顔を上げる。
主席は続ける。
「覚悟がある」
「言葉ではなく、立ち方にそれが出ている」
彼の声には、皮肉も軽蔑もなかった。
それは――
敵に対する正当な評価だった。
日本という国の弱点
宗光平は、指先で資料の端を軽く叩く。
「だが……」
一拍置いて、低く続ける。
「日本という国は、指導者に覚悟があるほど、内側がそれを許さない」
側近は黙っている。
この話題に、意見は不要だった。
「彼女は、外と戦う前に、中で削られる」
邪魔をする者たち
主席の脳裏に浮かぶのは、日本国内の姿だった。
責任を恐れる官僚
決断を嫌う政治家
安全な立場から声だけを上げる者たち
そして、“同盟”という言葉に縋り続けた過去
「敵よりも、味方を説得する方が難しい」
それは、彼自身が誰よりも知っている真実だった。
「気の毒だな」
宗光平は、資料を伏せる。
「彼女は、いずれ孤独になる」
側近が、慎重に問いかける。
「主席は、彼女を脅威と?」
宗光平は、わずかに首を振った。
「脅威ではない」
「……同類だ」
その言葉の重さに、側近は息を呑む。
主席は、窓の外、夜の北京を見下ろしながら、静かに呟いた。
「気の毒に」
「国を背負う覚悟がある者ほど、国に傷つけられる」
その瞬間、宗光平は理解していた。
赤地静江は、必ず立ち向かってくる。
だが同時に――彼女の最大の敵は、中国ではない。
そして、だからこそこの戦争は、簡単には終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます