残影の帰路
ミオ
第1話
並んで伸びた影はもう二度と元の形には戻らない。
「今日さ、相談したいことあるの!でも長くなりそうだし…本人には聞かれたくない!」
横を歩くあかりが、私に言う。
地元の高校に進学した私たちは、もう高校2年生になっていた。田舎道はまだ人がまばらで、朝の空気は肌に刺さるほど冷たい。早く夏になってくれないかな、と思うくらいには寒い。手袋もカーディガンも静電気が起きるから嫌いだ。
「また絢斗くんのこと?本人に聞かれたくないならラインで相談してよ」
私は軽くため息をつく。そんな私の様子に、あかりは気まずそうに笑って前髪をいじった。
「うん。いや、そうだよね!あと毎回なのはごめん!でも律ってさ、相談しやすいから」
幼馴染のあかりにそう言われてしまうと断る理由なんて無くなる。
いつもの通学路。いつもの会話。
少なくとも、このときは——“いつも通り”じゃなくなる日がこんなに近いなんて考えてもいなかった。
教室に入ると、すでに半分くらいの生徒が席に着いていた。あかりと私は席替えで隣同士になった。
「律〜。やるの忘れてたから、今日の英語の課題見せて〜」
「やだ」
「そう言いながら見せてくれるのが律の優しさだよねっ」
そんな会話をして席に着く。斜め後ろから、眠そうな声で挨拶が聞こえる。
「あかり、おはよ。」
「おはよう〜!絢斗!」
あかりは笑顔で絢斗くんに返す。通学バックを雑に机の横にかけて、後ろを振り返る。
「あ、律さんも、おはよう」
斜め後ろから声をかけられる。
別に嫌味でもなんでもない。これが絢斗の普通なのだ。けれど“さん付け”の距離だけが、いつも胸に小さな針みたいに刺さる。
「……おはよう」
私は短く返す。後ろを振り返ることなく、一限目の現文の準備をして携帯を開く。
絢斗くんとあかりの会話は嫌でも耳に入ってくる。
「今日から部活時間短縮だって〜」
「冬の特権だな」
「絢斗はパス練で先輩にしごかれるのが嫌なだけでしょ」
二人の会話は、明るい。それもそうだ。二人は付き合ってるんだから。
距離としてはほんの数センチ。
でも——気持ちの距離だけは、もっと遠かった。
帰りのHRが終わる。部活動組はバタバタと忙しく部室に向かっていく。反対に、帰宅部の私はゆっくり帰る準備を進める。
「律、またね!部活終わったらラインする〜」
そうあかりは元気よく手を振る。絢斗くんも私に軽く会釈をする。
「またね。ライン待ってるよ」
そう言い、小さく手を振り返す。私は鞄を手に取る。
「絢斗、行こ!」
「あかり、あんまり引っ張んないで」
そんな会話をする二人が並んで歩いて行くのを見送った。
まだ16時近くだと言うのに薄暗い。校庭からはサッカー部や野球部の声が聞こえる。そんな声とは反対方向に歩いていく。
早く帰って、録画してあるドラマの続きでも見ようかな。
そんな、ごく普通のことを考えながら。
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