『魔法時計が刻む十九歳の冬 〜スカイツリー、一新された光の下で〜』
「うわあ……変わってる! スカイツリー、去年の色と全然違う!」
十九歳の冬、押上の駅を抜けた瞬間に見上げた空。 大学の同級生四人、男女二名ずつのグループデート。先頭を歩く結衣が、弾んだ声で指を差した。
見上げる巨塔、東京スカイツリーのシルエットが、今夜はいつもと違う装いで夜空に溶け込んでいた。 開業以来、初めて一新されたという特別ライティング。
「本当だ……『エレガントツリー』かな、あれ。少し大人っぽくて、でも宝石を散りばめたみたいにキラキラしてる」
隣を歩く拓海が、吐き出す息を白く染めながら頷いた。 今夜のスカイツリーは、「オーナメントツリー」「エレガントツリー」「サンタクロース」という三つの表情を魔法のように移ろわせていく。六百三十四メートルのキャンバスに描かれる光は、十九歳の彼らには眩しすぎるほど鮮やかだった。
「ねえ、早くスカイアリーナに行こうよ! プロジェクションマッピング、もうすぐ始まる時間じゃない?」
四人は、エスカレーターを駆け上がるようにして四階のスカイアリーナへと向かった。 地上を埋め尽くす約五十三万球のイルミネーション。その光の洪水に、理央と翼も歓声を上げる。
「見て見て、翼くん! ペガサス馬車があるよ! JRAの中山競馬場が協力してるんだって。本物のお姫様になったみたい……」
「馬車なんて、普段のデートじゃ絶対に乗れないよな。理央、写真撮るよ、そこに立って」
冷たい風が頬を刺すが、アリーナに満ちる人々の熱気と、どこからか漂ってくるソーセージの香ばしい匂いが、五感を刺激して寒さを忘れさせる。 ふと、壁面が動き出した。
「始まった……『想いを紡ぐ光の魔法時計』だ」
十五分ごとに刻々と表情を変えるプロジェクションマッピング。 歯車が回る音、魔法が降り注ぐような効果音がスピーカーから響き、巨大な壁面が幻想的な時計仕掛けの世界へと変容していく。 一時間の物語の終盤、最後のアニメーションが最高潮に達すると、あまりの煌びやかさに四人はしばし沈黙して見入った。
「……ねえ。なんか、十九歳の今しか見られないもの、見ちゃった感じがするね」
結衣の呟きに、拓海がそっと手を重ねた。 「ああ。一瞬一瞬が、時計の針みたいに動いてる。今、このメンバーでここにいること自体が、魔法みたいなもんだよ」
アリーナの一角では、毎年恒例の「絵本の中のクリスマスマーケット」が賑わいを見せていた。 本場ドイツから輸入された重厚なヒュッテ。木の質感と、飾られたモニュメントが、ここが東京であることを忘れさせる。
「すごっ! 見てよ、あのシュトーレン! 日本最大級だって」
翼が指差す先には、驚くほど巨大なシュトーレンが鎮座していた。 バターとドライフルーツの甘い香りが、冷えた鼻腔をくすぐる。 四人は、温かいグリューワイン(ノンアルコール)と、スパイスの効いたホットドッグを買い込んで、木製のベンチに腰を下ろした。
「……熱っ、でも美味しい。このスパイスの香り、冬って感じがするね」
結衣は、シナモンが香るカップを両手で包み込んだ。 手のひらから伝わる確かな熱。 上空では、新しくなったライティングが「サンタクロース」をイメージした赤と白のストライプへと切り替わっている。
「明日は冬至なんだよね。一陽来復。太陽が復活する日」
理央が空を見上げて言った。 「十九歳の冬が終われば、私たちはまた一つ大人になる。でも、この光を見たことは、心のコップの中にずっと残る気がするな」
「そうだね。ゴミ拾いをして運を拾う大谷選手みたいに、私たちも今夜、たくさんの『幸せな記憶』を拾えたかも」
四人の笑い声が、スカイツリーの足元で、五十三万球の光の粒とともに冬の空へと立ち昇っていく。 ソラカラちゃんたちのオブジェ「twinkle three stars」が、四メートルの高さから、未来へと歩き出す若者たちを優しく見守っていた。
新しくなったツリーの光が、彼らの瞳の中に虹色に反射して、いつまでも、いつまでも消えずに揺れていた。
――完。
題名:『魔法時計が刻む十九歳の冬 〜スカイツリー、一新された光の下で〜』
2025年、初めてデザインが一新されたスカイツリーのライティングを背景に、若者たちの瑞々しい感性を描かせていただきました。
五十三万球の光、ペガサス馬車、そして魔法時計のプロジェクションマッピング。 それらは、かつて文子さんがお雑煮の餅を四個食べて「たまにはいいよね」と笑ったのと同じように、心を温める「自分への、そして大切な仲間へのご褒美」ですね。
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