第11話 また、明日

 夜の公園。

 小走りで向かうユウは、ベンチに座るハヤトを見つけた。


「ハヤト、どうしたの」


 ユウが尋ねると、ハヤトは小さく息を吐いた。


「ごめんな、夜遅くに」


「……ううん。夜も走る予定だったし、平気」


 ユウが小さく笑みを浮かべるとハヤトは苦笑いを浮かべる。

 拳を震わせて、それでも感情を抑えたようにハヤトはユウを見据えた。


「……放課後のことなんだけど……大丈夫か?」


「え? 大丈夫じゃないけど。ムカついたし」


 きょとんとするユウを見てハヤトは目を細める。


「……俺もムカついた。ユウは、あんなに頑張ってるのに……」


「足折れろは流石にね。でも、実際折れてないし……走れるし、問題ないかなって」


「問題ないことはないだろ」


 ハヤトの語気が荒くなる。


「……あんなこと書かれて、平気なわけないだろ。ユウが気にしないからって、なかったことにはならない」


「うん。分かってるよ」


 ユウは頷いた。


「でもさ、怒ってくれる人がいるってだけで俺はもう十分なんだ」


 ハヤトは言葉を失った。


「俺一人だったら、苦しかったと思う。でも、ナツキも怒ってたし、タクミも驚いてたし……ハヤトは、あんな顔してたし」


「……顔?」


「うん。凄く怒ってた」


 ユウは少しだけ口元を緩めた。


「……走るのやめる理由にはならないよ」


 夜風が吹いて、公園の木が小さく揺れた。


「だから、今日は走る。いつも通り」


 軽いストレッチをして、ユウは靴紐を結んだ。


「ランニング、ハヤトもやる?」


 ユウの問いに、ハヤトはすぐに答えられなかった。

 夜の公園は静かで、遠くを走る車の音だけが聞こえる。


「……今日は、やめとく」


「そっか」


 ユウはそれ以上何も言わなかった。

 無理に理由を聞くこともしない。


「じゃあ、行くね。また、明日」


「ああ。また、明日な」


 ユウが走り出す。

 軽い足音が、夜の空気に溶けていった。


 ハヤトはベンチに残ったまま、その背中を見送る。


 追いつけないと思ったわけじゃない。

 走れない理由が、まだ胸の中に残っていただけだ。


 それでも、同じ時間に、同じ場所にいた。

 それだけで、少しだけ救われた気がした。


 『また、明日』


 その言葉が明日も頑張ろうと心を震わせた。


「……強すぎだろ」


 ハヤトは空を仰ぐ。

 暗い夜空に星が散り、丸い月が見えた。


「……でも、ユウやナツキを傷つけたことは許せない」


 ユウと話せば、少しは落ち着くと思った。

 しかし、胸はざわつくばかりで不安が募るばかりだった。


「俺が……過保護なのかもしれないな」


 小さく息を吐き、ハヤトは立ち上がった。


 一歩踏み出す。

 ハヤトにとって重い一歩でも、ユウは走ることをやめない。

 いくら遅くても、いつかは届くと思って走っている。


 それを考えたとき、ハヤトはユウの前に立って走れないのだと思った。

 同じ覚悟を、まだ持てていないからだ。


 ハヤトは、その事実から目を逸らさずにゆっくりと歩いた。

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