宇宙人のスパロボが現代日本で発見されたようです ~国家予算で全力解析(リバースエンジニアリング)します~

パラレル・ゲーマー

第1話 記録:事案番号 未定(後に『クロノス事案』と呼称)

記録:事案番号 未定(後に『クロノス事案』と呼称)


第1相:接触と誤認


2025年12月13日 13:14 長野県下伊那郡 大鹿村地下 中央新幹線 南アルプストンネル 本坑工区(長野工区) 切羽(きりは)距離 8,402m / 地表深度 1,200m


 轟音(ごうおん)も、振動もなかった。

 世界最大級のTBM(トンネル・ボーリング・マシン)が、まるで電源を喪失したかのように沈黙したのは、昼夜二交代制の昼番シフト終了間際のことだった。


「カッター停止。トルクゼロ。推力ゼロ」


 TBM操縦室。オペレーターの報告に、現場代理人の男は眉をひそめた。


「地山(じやま)の崩落か? 警報は?」

「鳴ってません。ガス検知異常なし、湧水(ゆうすい)反応なし。……ただ、エラーコードが」

「なんだ」

「『Data Lost』。全センサーが一斉に死んでます」


 現場代理人は、ヘルメットの顎紐を締め直し、無線機を掴んだ。


「切羽確認に向かう。全員、待避壕から動くな」


 坑内の空気は重く湿っていた。

 掘削直後の岩盤特有の匂いに混じって、奇妙な臭気が鼻をつく。

 それは硫黄でもメタンでもなく、古びた図書館の書庫のような乾いた埃(ほこり)の匂いだった。


 TBMの先端部、カッターヘッドのある切羽へ到着した代理人は、ヘッドライトの光が照らし出した光景に息を呑んだ。


「なんだこれは……」


 直径一四メートルの超硬合金製カッタービットが、消失していた。


 いや、正確には「在った」痕跡はあった。

 足元に堆く積もった赤茶色の粉末。

 それが数分前まで最新鋭の掘削機だったものだとは、とても信じ難かった。


 まるでそこだけ数千年の風雪に晒されたかのように、鋼鉄が朽ち果てていた。


 そして、崩れ落ちた錆(さび)の向こう側。

 本来なら荒々しい岩肌があるべき場所に、それは埋まっていた。


 ライトの光を一切反射しない、吸い込まれるような暗銀(あんぎん)色の曲面。

 巨大な球体の一部にも、有機的な生物の外殻のようにも見えた。


「おい、触るな!」


 代理人の制止は遅かった。


 同行していた若手の作業員が、何かに憑かれたようにその「壁」へ手を伸ばしていた。

 指先が銀色の表面に触れる。


 シュッという微かな音。

 炭酸飲料の栓を開けた時のような、軽い音だった。


「あれ……?」


 作業員が呆けた声を出す。

 彼が自分の右手を見た。


 手袋が消えている。いや、ボロボロに繊維が解(ほつ)れて落ちたのだ。

 そして、その下にあるはずの「手」が――。


「ううわああああああ!」


 絶叫が、地下千二百メートルの闇に響き渡った。


 代理人は見た。

 若者の右手が、指先から手首、肘に向かって急速に「枯れて」いく様を。


 皮膚がたるみ、シミが浮き、筋肉が痩せ細り、骨と皮だけの老婆のような腕へと、瞬く間に変貌していく。


 同日 13:28 JR東海 リニア中央新幹線建設本部(品川)


「南アルプス工区より緊急入電。人身事故発生、負傷者1名、意識混濁。ドクターヘリ要請」

「事故原因は?」

「不明。シールドマシンの破損を伴うとの報告。詳細錯綜しています。『未知の地質に接触』『作業員が急激に衰弱』など、意味不明な発言多数」

「ガス中毒による幻覚か? 直ちに換気徹底。警察と消防へ通報、国交省鉄道局へ第一報入れろ」


2025年12月13日 13:45 国土交通省 鉄道局 施設課


 電話が鳴り止まないフロアの片隅で、課長補佐が受話器を耳に押し当てながら怒鳴っていた。


「ですから! 崩落なのか火災なのか、ハッキリさせてください! 『老衰』? 馬鹿なことを言うな! 被災者は二十代だぞ!」


 ファックスから吐き出される現場写真。


 そこに写っていたのは、赤錆の山と化した掘削機と、その奥に鎮座する不気味な銀色の壁。

 そして搬送される作業員の腕――ミイラのように干からびた右腕のアップだった。


「……放射能か?」


 誰かが呟いた。

 その一言が、事態のフェーズを変えた。


「長野県警、現場封鎖に入ります。飯田広域消防、現場への突入を躊躇。NBC(核・生物・化学)テロの可能性を懸念」

「官邸へ上げろ。これは一企業の事故処理で済む話じゃない」


第2相:官邸連絡室設置


2025年12月13日 14:10 内閣総理大臣官邸 地下危機管理センター オペレーションルーム


 巨大なモニターに、長野県の地図と気象データ、そして現場周辺のNHKニュース映像がマルチウィンドウで表示されている。

 青い作業服を着た内閣参事官たちが、あわただしく情報の集約を行っていた。


「総務省消防庁より入電。現場周辺での放射線測定値、バックグラウンドと同等。有意な上昇なし」

「警察庁、機動隊の防護服着用を指示。テロの可能性は?」

「公安調査庁、該当する犯行予告なし。過激派の動きも確認されず」

「環境省、現場付近の河川水質データを収集中。異常なし」


 部屋の中央、大きな円卓の末席に座っていた内閣官房副長官・海堂蓮(39)は、手元のタブレットに送られてきた報告書をスクロールしながら、微かに眉間の皺を深くした。


「放射能じゃない。ウイルスでもない。……なのに触れただけで、人体が数十年分老化する?」


 隣に立つ秘書官が、小声で答える。


「現場からの生の声です。被害者の作業員は病院へ搬送されましたが、右腕の細胞組織が完全に壊死。医師団は『プロジェリア(早老症)の局所的な発現に似ているが、進行速度が異常すぎる』と」

「シールドマシンの損壊状況は?」

「全損です。それも、物理的な破壊ではなく、金属疲労と酸化が瞬時に進行した模様。まるで……あの一画だけ、時間が何千倍もの速さで進んだような」


 海堂は顔を上げた。

 政治家特有の勘が告げている。これは、ただのトンネル事故ではない。


 リニアという国家プロジェクトの遅延云々で済む問題ではない、「何か」致命的なエラーが世界に生じている。


「総理は?」

「公邸で待機中。報告は官房長官が入れています」

「よし。国交省、厚労省、警察庁の局長級を招集。それと……防衛省だ」

「防衛省ですか? 自衛隊の災害派遣要請には、まだ早いのでは」


「違う」


 海堂は、モニターに映し出された地下の『銀色の壁』の不鮮明な画像を指差した。


「こいつだ。この人工物。地下一〇〇〇メートルの岩盤の中に、こんなものが埋まっていること自体がおかしい。誰かが埋めたのか、それとも最初からそこにあったのか。……もしこれが他国の、あるいは『地球外』の兵器だとしたら、警察の手に負える話じゃなくなる」


2025年12月13日 14:35 防衛省 市ヶ谷庁舎 A棟 防衛政策局 防衛政策課


 課長・真壁剛(40)のデスク上の電話が、内線と外線の両方で同時に鳴り響いていた。

 しかし彼は受話器を取らず、個人のスマートフォンで「ある筋」からのメールを凝視していた。


 送信元:Unknown(発信元は横田基地内と推定)

 件名:Re: Anomalous Gravity Reading


『長野県南西部における重力異常を検知。及び極めて微弱だが、無視できないタキオン粒子の波動を確認。貴国の地下実験か? 即時説明を求む』


「……タキオンだと?」


 真壁は鼻で笑った。SF映画じゃあるまいし。

 だが、米軍が動いているのは事実だ。


 彼は受話器を取り上げた。


「真壁だ。……ああ、わかっている。官邸から呼び出しだろう? すぐ行く。それと情報本部(DIH)に繋げ。米軍の偵察衛星の動きを洗え。特に長野上空を通過したやつのデータを全部だ」


 電話を切ると同時に、部下が駆け寄ってくる。


「課長、内局からの問い合わせです。南アルプスの事故に関して、自衛隊の中央特殊武器防護隊(中特防)を出せるかと」

「断れ。まだ『災害』の枠組みだ。それに、中特防のガイガーカウンターじゃ何も測れんぞ」

「は? ……どういう意味でしょうか」

「直感だ」


 真壁はジャケットを羽織りながら言った。


「相手は放射能じゃない。もっとタチの悪い『何か』だ。……一ノ瀬博士の居場所を知ってるか?」

「一ノ瀬……文科省の?」

「ああ。あの変人物理学者だ。彼女を確保しろ。官邸へ連れて行く」


2025年12月13日 15:00 東京都文京区 東京大学 本郷キャンパス 理学部物理学科 研究棟 地下実験室


「ありえない。……美しい」


 一ノ瀬雫(39)は、暗い研究室のモニターに張り付いていた。


 彼女の元には、まだ一般には公開されていないはずの南アルプスの観測データが、独自のルート(彼女を信奉する元教え子の気象庁職員)からリアルタイムで届いていた。


「局所的なエントロピーの増大? いいえ違う。これは時間の矢が乱れているんじゃない。座標軸そのものが歪んでいる」


 彼女は、誰に聞かせるでもなくホワイトボードに数式を書きなぐった。

 シュレーディンガー方程式に虚数時間の項を、無理やりねじ込んだような狂気的な数式。


「質量保存の法則は無視。エネルギー保存の法則も無視。この空間だけ、物理定数が書き換わっている。……これを作ったのは人間じゃない。あるいは『今の人類』じゃない」


 研究室のドアが、乱暴に開かれた。

 黒いスーツを着た男たちが二人、入ってくる。


「一ノ瀬雫先生ですね。内閣官房副長官からの要請で、同行を願います」


 一ノ瀬はチョークを持ったまま、男たちを一瞥もしなかった。


「忙しいの。帰って」

「国家の緊急事態です。長野の件と言えば、わかりますか」


 ピタリと一ノ瀬の手が止まった。


 彼女はゆっくりと振り返り、ニヤリと笑った。

 寝不足の隈(くま)のある目が、異様に輝いている。


「長野。……あの『銀色の特異点』ね。政府もようやく気づいたの? あれがただの岩石除去作業じゃ済まないってことに」

「……お話は車の中で」

「行くわ。私の機材全部積んで。手で運んでね。振動させたら殺すわよ」


第3相:初動会議


2025年12月13日 16:15 内閣総理大臣官邸 5階 総理執務室


「……つまりなにかね。君はリニアの工事を中止しろと言うのか」


 内閣総理大臣・大河内は、不機嫌そうに老眼鏡を外した。

 目の前には、海堂副長官と官房長官が立っている。


「中止ではありません総理。一時凍結です」


 海堂は言葉を選びながら、説得を試みる。


「現場の状況は極めて深刻です。作業員の被害状況から見て、未知の有害物質、あるいは未知のエネルギーが漏出している可能性が高い。これ以上の掘削は、現場作業員の命に関わります」

「JR東海はなんと?」

「困惑しています。しかし、現場の恐怖感は限界を超えている。無理に再開させれば、マスコミに『謎の奇病』の情報がリークされます。そうなればパニックだ」

「で、どうするつもりだ。ただ止めていても解決せんだろう」


 海堂は一歩前に出た。


「専門家チームを編成します。各省庁の縦割りを排し、私直属の特命チームとして現場の『物体』を解析。安全性が確認されるまで、半径五キロメートルを立入禁止区域(レッドゾーン)に指定します」

「……責任は持てるのか」

「私が持ちます。泥は全て、私が被ります」


 総理は海堂の目をじっと見つめ、やがて短く息を吐いた。


「わかった。官房長官、法的根拠を急げ。災害対策基本法の準用か、あるいはテロ対策特措法か。なんでもいい、理屈をつけろ」


2025年12月13日 17:30 内閣官房 副長官執務室(別室)


 海堂が部屋に入ると、そこにはすでに二人の先客がいた。


 ふんぞり返ってソファに座る防衛省の真壁と、物珍しそうに調度品をいじり回している白衣の一ノ瀬だ。


「遅いぞ海堂。お前が呼び出したんだろう」


 真壁が不満げに言う。


「総理への説得に時間がかかった。……久しぶりだな、二人とも。大学以来か」

「同窓会をやりに来たわけじゃないわよ」


 一ノ瀬が振り向く。

 その手には、現場から送られてきた高解像度画像が出力されていた。


「単刀直入に言うわ。これ、ヤバい」

「どうヤバいんだ」


 海堂が促す。


 一ノ瀬は写真をテーブルに叩きつけた。


「この銀色の材質。スペクトル解析の結果が出たわ。……『該当なし』よ」

「該当なし?」

「周期表のどこにも載ってない。強いて言えば中性子星の核(コア)を構成する物質に近いけど、こんな常温常圧で安定して存在できるはずがない。比重は発泡スチロールより軽いのに、硬度はダイヤモンドの数万倍」


 彼女は一呼吸置き、狂気じみた笑みを浮かべた。


「そして何より、この物体からは『時間』が漏れてる」


 室内が静まり返る。


「時間が漏れる?」


 真壁が眉をひそめた。


「文学的な表現はやめろ」

「物理的な事実よ。この物体の周囲一メートルでは、放射性炭素の崩壊速度がランダムに変動してる。一秒が一年になったり、逆にマイナスになったり。作業員の腕が老化・崩壊したのは、彼がうっかり『一万年後の未来』に触れちゃったからよ」


 海堂は腕を組んだ。

 事態は、想定を遥かに超えている。


「つまり我々は、リニアを通すために、時間を操る超古代文明の遺産か、あるいは宇宙人の置き土産を掘り当ててしまったと?」

「ご名答。……で、どうするの? 埋め戻す?」


「いや」


 答えたのは真壁だった。

 彼の目は、獲物を狙う軍人のそれになっていた。


「埋め戻しても、米軍が嗅ぎつけて掘り返すだけだ。すでに奴らの衛星は、長野をロックオンしている」


 真壁は海堂を見た。


「海堂、やるなら徹底的にだ。これはリスクだが、最大のチャンスでもある。この技術を解析できれば……日本は核兵器以上の抑止力を手に入れることになる」


 海堂は二人を見渡した。


 政治家、軍人、科学者。

 かつて同じ学び舎にいた三人が、国の命運を握る場所にいる。


 腹は決まった。


「……コードネームを決めよう」


 海堂が言った。


「時間を支配する神。……『クロノス』だ」


「『クロノス事案』。……悪くないわね」


 一ノ瀬がニヤリと笑う。


「防衛省としては『特務研究対象・甲種第一号』と呼称するがな」


 真壁が手帳を取り出す。


 海堂は内線電話を取り上げた。


「総理秘書官へ繋げ。……ああ、私だ。対策室の設置を正式に発令してくれ。名称は『未確認埋設物対策本部』。通称――」


 彼は一瞬だけ、二人の同期に視線を送った。


「――チーム・クロノスだ」


2025年12月13日 18:00 長野県 大鹿村


 日は落ち、南アルプスの山々は深い闇に包まれていた。


 だがトンネル工事現場の入り口だけは、投光器の強烈な光によって昼間のように照らし出されていた。


 警察の規制線を越え、陸上自衛隊の深緑色のトラックが列をなして到着する。

 荷台から降り立つ隊員たちは、小銃ではなく、ガイガーカウンターと、見たこともない大型の観測機器を携えていた。


 その様子を、上空遥か彼方、静止軌道上の監視者が冷ややかに見下ろしていた。


 アメリカ国家偵察局(NRO)の偵察衛星『KH-15』。

 その電子の眼は、日本の山岳地帯から漏れ出る極微量の、しかし明確な時空歪曲波を捉え続けていた。


 物語は、まだ始まったばかりである。


(続く)

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