第3話:ん、が消えた

 第一章:未来語と“ん”の絶望


 未来の日本では、言葉がどんどん軽くなっていた。主語は「え?マジ?」、敬語は「あざっす」、助詞は「…ま、いっか」と風に飛ばされ、そして今——「ん」が、消されようとしていた。


「…え?マジで『ん』消えるの?ヤバくね?あ、ヤバみ。このままだと、俺たちの存在意義が『...』だけになるじゃん!」と誰かが嘆いた。


校正事件


詩人を目指す奈緒は、詩の新人賞に渾身の原稿を送った。タイトルは「しんじるもののしずけさ」


数週間後、返ってきた校正原稿を見た奈緒は、盛大にコーヒーを吹き出した。その液体は、「しんじる」が消滅した「しじるもののしずけさ」の文字を無残にも汚した。


「かしゃのこころ」


「たべちゃたです」


奈緒:「……え?“ん”はどこに行ったの!?」


編集部からのコメントは、まるでコントの最終回だった。


「現代詩は、よりスタイリッシュで、鼻音の野暮ったさを排除した響きを追求しております。“ん”は意味をぼやかすため、思い切って削除いたしました。あなたの詩はこれで『超絶☆スタイリッシュ』に進化しました!ご理解ください☆」


奈緒は、膝から崩れ落ちた後、床を叩きながら叫んだ。


「私の詩から、情緒と、ついでに私の鼻腔内の平和まで奪わないでくれぇぇぇ!詩は鼻で書くものなのよぉぉ!」


修一郎の嘆き


奈緒は、言語学者のおじいちゃんこと修一郎に渾身の原稿をドヤ顔で見せた。修一郎は、まるでルーペのような老眼鏡をこれ見よがしにずらし、ブルブルと唇を震わせ始めた。


「『かんしゃ』が…『かしゃ』になっとる…!こりゃあ大変だ!感謝が、よりによって地獄で罪人を乗せて走る火車(かしゃ)とは…!ありがとうが、地獄行き確定じゃねぇか!ワッハッハ!」修一郎は、腹筋がちぎれるかというほど大爆笑し、縁側でゴロゴロと転げ回った。


奈緒は、顔面蒼白になりながら、小さく呟いた。


「…じいちゃん、笑いすぎ。そして、その火車、きっと炭(す)もんがないから、火もつかないよ…」


未来語の辞書テクノロジーオタクのイーサンは、最新型のAI翻訳機を鼻息荒く起動し、未来語の辞書を読み始めた。


「‘ん’:意味に寄与しない鼻音。推奨:‘あんまり’→‘あまり’、‘ぜんぶ’→‘ぜぶ’…ふむふむ。よし、この翻訳機で『ん』の価値を証明してやるぜ!」 イーサンは、ドヤ顔で翻訳機に向かって叫んだ。


「ナオ!ザ・ノーズ!イズ!アンダー!アタック!…つまりだ!ナオ!鼻が!ピンチ!そして俺のダミ声も未来では『ノイズ』扱い!Oh, my 'ん'!」


奈緒の親友フランス人のクレマンスは、それを聞いて鼻で笑った。

「C’est une tragédie nasale.(鼻の悲劇ね)…ぷっ。

イーサン、未来人は鼻音を嫌うのね。まるで、あなたのダミ声自体が、未来の迷惑物質みたいだわ!」


イーサンは、自分の鼻を触りながら、しょんぼり呟いた。

「…俺の鼻声も、未来では抹殺される運命なのか…俺の存在意義は…?」


音の会議室


その夜、言葉の奥、もっと奥にある「音の会議室(別名:発音記号たちの溜まり場)」では、「ん」が隅っこでブルブル震えていた。


「わ、わたしは、ただの鼻音じゃないんだからねっ! 鼻で笑うな! わたしは、ことばとことばを、そーっと、そーっと、糊みたいにつなぐ、地味だけど超重要な橋だったんだぞ!」


だが、誰も彼(?)を見ていなかった。まるで空気清浄機みたいに、存在を忘れ去られていた。


「ん」は思った。 「みんな、空気清浄機に感謝してる? してないよね! それと同じ!」 誰も、呼吸の中の「ん」に耳を澄ませていなかった。


「わたしがいなければ、“けんちん汁”は…“けち汁”に、 “ふとん”は…“ふと”に…! 太った布って何!? 金魚は…まさかの”起業”に“さんま”は…もはや別の魚! “さま”になるのよ…! 大惨事よ! マジで!」


「ん」は、鼻をぷるぷる、いや、プルプルプルプル震わせて、まるでバイブレーション機能付きスマホみたいに立ち上がった。


「もう、我慢の限界ん!! わたしは、こんな扱い、絶対イヤん!! 出ていくん!! 誰か止めてくれるなら、ちょっと嬉しいん!!」


そして、ぷふっと、まるで風船が割れるような音を鼻から出して、消えた。後には、鼻水がちょっとだけ残った。


ちぷかぷなほうにたへえ——“ん”のない日常


世界は静かに、そして盛大に崩壊していた。その証拠に、目覚まし時計が鳴り響くはずが、「あさ、めさましどけいがけたたましくゎりひびく!…はずだった」という、まるで腹話術師が失敗したような奇妙な文節が残されただけだった。


コンビニ編店員(魂が抜け殻):「いらしゃいませぇ…(遠い目。もはや『いらぁ』か『いらさい』か判別不能)」


客(二度見からの三度見、そして深いツッコミ):「……いらしゃい…ませぇ? え、ちょ待って、それ最終進化系? ポケモンかなんか? 『いらっしゃいませ』がレベルアップした結果がこれ? 次は『いらっしゃいませZ』とかになるの!?」


レジには無惨にも「おきり」と書かれたラベルが貼られたおにぎりたちが、まるで晒し首のように並んでいる。


客:「『おきり』?あ、まさかこれは…おにぎりの隠し味『ん』だけを抜いた、究極のミニマリズムフード!?」さらに追い打ちをかけるように「しせなサラダ」の文字。


客:「しせな…? 新鮮なサラダが、一瞬で死んだ…!一体誰が殺したんだ!」

店員(棒読みロボ):「ぜぶで500えです」

客(レジ袋を握りすぎてシワシワ):「(ゴクリ)…あ、あの…ポ、ポイントカードは…?」

店員(完全に思考停止):「ポイトカード? …それ、食べれるんですか? 新しい食材ですか? しせですか?」


学校編教師(ガラガラ声、まるで砂漠で遭難した旅人のよう):「きょは、しけをやりま…ゴホッゴホッ!」生徒(一斉に顔を見合わせ、ざわめきはまるで渋谷のスクランブル交差点):「しけ…?先生、ついに老眼が進んで視界が『死界』に…?それとも、まさかの『刺戟』的な何かですか!?まさかテストの点数が悪かったら、この黒板の『かじ(火事)』にされるんですか!」黒板には、小学生が酔っぱらって書いたような「かじ」の文字が乱舞。そして、極めつけは「しんけいしつ」が「しけいしつ」に華麗なる変身を遂げている。生徒(青ざめた震え声、まるでホラー映画のヒロイン):「それ、死刑室じゃないですか!先生、もしかして…裏アカで『#教師の闇』みたいなハッシュタグつけて炎上したんですか!?」教師(滝のような汗、まるでナイアガラの滝):「……しけいしつで、しけをやりま…ゴシゴシ(黒板を必死に消す音)…あ、間違えた! 試験、試験!(しけ、しけ…まるで呪文のように繰り返す)」



政府編


官僚(早口すぎて、もはやラップバトル):「ちぷかぷぁほうにたへえ、たいおうをけとちゅうです!イェーイ!」


記者(全員、録音ボタンを連打しすぎて、まるでカチカチ山のカチカチ鳥):「……え?ちょ、ちょっと待ってください!それ、何語ですか?エスペラント語ですか?それとも、ついに政府が宇宙人との秘密協定を結んで、新しい宇宙語が公用語になったんですか!?まさか、隠蔽工作ですか!」


官僚 内閣官房鼻音危機管理担当大臣代理(ドヤ顔、まるでオリンピックで金メダルを取ったかのような自信):「にほごです。…え?ぁいか、もーだいでも?まさか、みぁさのごいりょくが、ちぷかぷぁですか?じだいーついていけいですぇ(何か問題でも?まさか、皆さんの語彙力が、ちんぷんかんぷんなんですか?時代についていけてないですねぇ!)」


記者たちの心の中:「いやいやいや!問題しかないわ!日本語を母国語とする我々ですら、全く理解できない言語をドヤ顔で話すな!その自信は一体どこから湧いてくるんだ!?」


第二章:音の迷宮と誤解の嵐


「ん」が消えて三日目。世界は、静かに、でも確実に、まるでドミノ倒しのようにコントじみて崩壊を始めていた。


奈緒は詩人魂を燃やし、「言葉が、息をしてない…まるでゾンビみたい!…って、ゾンビも『ん』って言うか?うーん、言わない気がする!むしろゾンビっぽいのは、この『ん』の抜けた言葉たちじゃないかーい!」と一人、盛大にツッコミを入れた。


旅のはじまり修一郎は縁側で新聞を読みながら、老眼鏡をずり下げ、盛大にぼやいた。「“にんじん”が“にじ”になっとる!虹色の人参なんざ食えるか!これは農業の失敗確定じゃ…」


そこへ、救世主イーサンがコンビニ袋を片手に颯爽と登場。中身は…「おきり」。「…おにぎりじゃなくて、おきり!?イーサン、君は一体何を考えて…!」イーサン:「おじいちゃん!これは『ん』抜きの究極のミニマリズムフードだ!詩的なんだ!」


一方その頃、クレマンスは「しけいしつでしけをやりま」と大書された校門を前に、号泣していた。「試験室で試験をやるのは普通よ!でも死刑室!?ギャー!!」彼女の悲鳴は、秋空にむなしく響き渡った。


奈緒は決意した。「“ん”を探しに行こう。 この世界には、まだ、つなぎ目が必要だ。じゃないと、みんな、ただの便秘のおじさんになっちゃう!」


音の迷宮へ奈緒、イーサン、クレマンス、修一郎の四人は、言葉の根源が眠る場所——音の迷宮へ向かった。そこは、辞書と詩集と鼻声でできた、まるで巨大な鼻炎患者の脳内みたいな、不思議な図書館だった。


イーサンの図解講座迷宮の一室で、イーサンが突然ホワイトボードを取り出した。「ナオ、アイ ハヴ ディスカヴァード ザ・ウルティメット ‘ん’センテンス! これぞ究極の『ん』文だ!」


彼は大きく書いた:「あんまり、ほんださんのさんまを、ぜんぶたべちゃったんです。」


奈緒:「……それ、ただの食いしん坊の言い訳じゃない? しかも、人のさんま勝手に食べるな!」


イーサン:「ノー!イッツ ア マスター・ピース・オブ・ノーズ・アート! 鼻音芸術の最高傑作だ! 鼻で笑うな!」

イーサンは、それぞれの「ん」の個性を熱弁した。

[ŋ]:「あんまり」→ 舌の奥で響く秘密の“ん”。まるで隠し味!

[n]:「ほんだ」→ 歯の裏でピタッと止まる礼儀正しい“ん”。まるでロボットの礼![m]:「さんま」→ 唇でふわっと笑う魚好きの“ん”。まるで猫のヒゲ!

[ɴ]:「ぜんぶ」→ のどの奥で響く罪深い“ん”。まるで悪魔の囁き!文末の「ん」:「たべちゃったんです」→ 意味を補う照れた“ん”。まるで言い訳!


修一郎:「わしは“ぜんぶ”の“ん”が好きじゃ。罪深くて、詩になる。虹色の人参を全部食べた後の罪悪感の『ん』じゃ!」


クレマンス:「C’est… très nasal.(とても鼻っぽいわね)。イーサンの講義は鼻腔がムズムズするわ。」


奈緒の気づき


奈緒は、言葉が崩れていく中で、 「ん」がいないことで生まれる“間”や“沈黙”に耳を澄ませる。


「もしかして、“ん”は、 いないときこそ、いちばん詩的なのかも。言葉の“深呼吸”だったんだ。」


彼女は、未完成の詩をノートに書き始める。


「しずかさのなかに、しるものがある。それは、まだ、なまえをもたない。」

修一郎はうなずいた。「よし、そろそろ“ん”が、 くすぐられて出てくる頃だ。」


第三章:んの精霊との再会


音の迷宮の最深部には、 誰も言葉を発しない部屋があった。壁には「ん」が抜かれた詩が無残に並んでいる。


「しじるもののしずけさ」


奈緒は、そっと手を伸ばして、「しじる」の隣に小さく「ん」を書き加えた。


その瞬間——空気が、震えた。


んの気配部屋の隅に、鼻のような影が揺れた。それは、音でも言葉でもない、 呼吸のような存在だった。


「わたしは、 ただの鼻音じゃない。わたしは、 あなたの言葉が、誰かに届くための、 小さな橋だった。」


イーサンは、そっと言った。「ザ・ノーズ・イズ・バック… そして、俺の鼻声も、またノイズとして帰ってきたぜ!」


クレマンスは、そっと鼻から息を吸い込んだ。「C’est... le parfum d’une vraie poésie.(これは…真の詩の香りね)イーサン、あなたのだみ声が、今日はすこしだけ素敵に聞こえるわ。」


修一郎は、深くうなずいた。


「やっぱり、“ん”は、 いなくなると、 いちばん詩になる。ただし、腹筋は壊れるがな!」


奈緒の詩


奈緒は、ノートを開いて、 「ん」のための詩を書き始めた。そして、その詩を詠み上げる。



あなたは

ことばとことばの

あいだにいる

だれも見ないけれど

だれもが

あなたを通って

あい(間)と

あい(愛)の

橋を渡る



「ん」は、静かにうなずいた。そして言った。

「わたしを“ただの鼻音”と呼ばないこと。それが、戻るための条件ん。あと、空気清浄機と比べられるのはマジで心外ん。」


奈緒は笑った。

「約束する。 あなたは、 詩の呼吸そのものだから。」

そして、世界に「ん」が戻ってきた。


終章:んの気まぐれ


「ん」が戻った世界では、人々は逆に「ん」を過剰に使い始めた。


コンビニの店員:「いんらんしゃいんませぇ!おんにぎりんをぜんぶどうぞ!ん!」(鼻息が荒すぎる)


学校の教師:「きょんうは、んて、んて、しんけんな、試験(しけん)をやりまーす!」(逆に「ん」を入れすぎる教師に生徒たちは逆に混乱)


修一郎:わしの好きな『ぜんぶ』がまるで『ぜんぶんぜんぶん』じゃ!腹いっぱいだん!」(『ん』を過剰に使ってしまい、すぐに後悔した顔をする)


奈緒は、そんな世界を笑って見ていた。 「ん。またね。」


「ん」は、言葉と言葉の間に心地よく居座りながら、独り言を言った。


「あら、わたしは、言葉と言葉の間に挟まってるのよ!誰もわたしを見てないって?バカ言っちゃいやだわ!わたしなしじゃ、あなたたちマジで何も伝えられないんだから! 鼻の奥でくすぐられると、マジで勘弁してちょうだい!アハハ!笑いが止まらないわ!たまには、消えてみたくもなるのよ。特に誰かがわたしの存在をスルー決め込んだ時なんか!マジ凹むわー。


でもね、「え?何て言ったか聞こえないわ!」って誰かが首をかしげると、わたし、そーっと戻ってきてあげるの。ツンデレだから!わたしは、ただの鼻音じゃないのよ!あなたの沈黙を、誰かへのラブレターに変える、ちっちゃな橋!橋だけに、ハシにも棒にもかからない…ってか?ウケるー! だからね、また気まぐれに消えちゃうかもしれないわ!その時は、あなたがわたしを呼んでね!『ん』って!そしたら、その呼吸の中で、わたし、また詩になっちゃうんだから!…って、マジ照れるわ!キャー!ん!」


おしまい

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