2-3

ギルバートは、満足そうに鼻を鳴らした。


「……ま、そういうわけだ。分かったか? お前は、時代に置いていかれたんだよ」


そして、視線をララから外し、店の中をぐるりと見回す。


その目に映ったのは、包帯だらけの冒険者や、俯いたままの客たちだった。


ギルバートは、口の端を吊り上げる。


「はは……なるほどな。集まってるのは、こんなのばっかりか」


「怪我人に、失敗者。引退寸前の――負け犬どもめ」


その言葉が、空気を切り裂いた。


一人の若い冒険者が、思わず立ち上がりかける。


「お、おい……!」


だが、ギルバートの取り巻きが、すぐに睨みつけた。


「黙ってろよ」


重たい沈黙が落ちる。


ギルバートは、楽しそうに続けた。


「いいか? 世の中はな、強い奴が勝つんだ。金を持ってる奴が正しい」


「ここみたいに、弱い奴を甘やかす場所があるから、いつまでたっても立ち直れねえんだよ」


「なあ、そう思わないか?」


誰も答えない。


その沈黙を、ギルバートは「肯定」だと受け取ったらしい。


「ほら見ろ。図星だ」


次の瞬間だった。


「邪魔だ、じじい」


取り巻きの一人が、隣のテーブルにいた老冒険者を、乱暴に突き飛ばした。


「うっ……!」


椅子が倒れ、老冒険者が床に倒れ込む。

怪我をしている脚を押さえ、苦しそうに息を吐く。


「おい、やめろ!」


別の客が叫ぶ。


「何するんだ!」


だが、その声は途中で止まった。


「……やめてください」


小さな声。


それでも、はっきりとした声だった。


ララが、立ち上がっていた。


震えていたはずの手は、もう膝の上にはない。

彼女は、老冒険者とギルバートたちの間に、まっすぐ立っていた。


「……ここは、そういう場所じゃありません」


ギルバートが、眉をひそめる。


「なんだ?」


ララは、一度だけ、深く息を吸った。


「この店は、誰かを踏みつける場所じゃありません」


「怪我をした人も、失敗した人も……休んでいい場所です」


「だから――」


彼女は、顔を上げた。


目は、まだ少し揺れている。

怖くないわけがない。


それでも、逃げなかった。


「お帰りください」


店の中が、凍りついた。


ギルバートは、一瞬、言葉を失ったようだった。


次の瞬間。


「……は?」


低い声。


「今、なんて言った?」


ララは、もう一度、はっきりと言った。


「お帰りください」


「これ以上、ここにいる理由はありません」


その言葉が、ギルバートのプライドを、真っ正面から叩いた。


「……いい度胸だな」


ギルバートは、唇を歪める。


「おい」


短い合図。


取り巻きの一人が、にやりと笑いながら、一歩前に出た。


「女が調子に乗ると、ろくなことにならねえぞ」


その手が、ララの胸ぐらへと伸びる。


――その瞬間。


俺は、磨いていたグラスを、カウンターに置いた。


カチリ。


乾いた、小さな音。


それだけで、店の中のざわめきが、すっと消えた。


俺の視界には、もう、余計なものは入らない。


伸びてくる腕。

腰に下げた短剣の位置。

床との距離。

逃げ道。

倒れた老冒険者。

泣きそうな顔のララ。


……全部、見えている。


「……」


俺は、ゆっくりと顔を上げた。


まだ、何も言わない。


ただ、視線を向けるだけだ。


それだけで、伸ばされていた手が、ぴたりと止まった。


ララは、俺の気配に気づいたのか、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。


それでも、前には立ったまま。


自分のためじゃない。

店のため。

客のため。


その背中を見ながら、俺は思った。


――この子は、強い。


そして。


――これ以上は、さすがに、見過ごせないな。

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