ばっどえんど を ぶちこわせ

あいこ

一章 これは アポカリプス ですか?

第1話 導かれていない者


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◆プロローグ


――暗い。


視界がブラックアウトしたまま、耳鳴りだけが残る。


(……またデバッグ中にバグったか? いや、もうデバッグなんてしてないはずだろ)


自分で思い返しながらも、胸に焼き付いて離れないのはあの“事故の瞬間”だ。


――やっぱ厄年って怖えな。


軽くそう笑っていた。

同期ズレ、視神経への過負荷、脳波の跳ね……?だが死ぬほどの現象じゃない、はず。


(まさか、こんなフラグで死ぬとか……)


音にならない声が胸の奥で響いた。


闇が揺れ、沈む。




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◆第一章:コレは アポカリプス ですか?


■1-1:導かれていない者


「……いてぇ……」


目を開けると、そこは鬱蒼と茂る森の中。

朝の光が少し差し込んでいる。


(いやいや、どこだよここ。VRでもARでもねぇぞ)


ゆっくり体を起こした瞬間、胸の奥がざわついた。


手の指が、妙に滑らかだ。

関節の痛みがない。

腕の筋肉が軽い。


(……おい、ちょっと待て。俺、若返ってねぇか?)


近くにあった水辺に歩み寄り、

しゃがみこみ、覗き込んでみる。


映ったのは――昔の俺のようだった。


(……マジかよ。若っ……)


七三分けの黒髪も、無駄に長い前髪も、強面の輪郭もほぼそのままなのに、肌ツヤだけ異常に良い。

年齢も、もう分からないくらい若く見える。


「……転生って、ガチ?」


思わず声が漏れたその時だった。


――ガサッ。


茂みを割って、小柄な“何か”が飛び出してきた。


肌の色はくすんだ緑。

尖った耳。

獣のような四肢。

そして何より、ゲームで散々見た“あの姿”。


(……ゴブリン、だと?)


昔やり込んだ8ビット時代のRPG『アポカリプス』で何度も見たシルエット。

あのバッドエンド製造機のクソゲーに出てくる初期雑魚。


「ギャアアッ!!」


ゴブリンが叫び、棍棒を振りかざして突っ込んでくる。


「おいおい、マジでかよ!!」


後ずさった俺の前に、さらにもう一体が飛び出してきた。


「ギャアッ!」


「ちょっ――無理無理無理!!」


パニックになって後退した瞬間、


――ヒュンッ!


風を裂く音とともに、何かが俺の目の前を走り抜けた。


次の瞬間、ゴブリンは宙を舞い、地面に叩きつけられていた。


赤いマントが、ひるがえる。


陽光を跳ね返すような“金色の髪”。

無駄のない立ち姿。


少し遅れて顔がこちらを向く。


「怪我はないか?」


見覚えのある姿。

憶えている、あのゲームの勇者の台詞。


「……アレル?」


思わず声に出した瞬間、


金髪の青年――アレルが眉を動かした。


「……何故、私の名を?」


(そりゃ知ってるに決まってるだろ。十代の頃ヤリ倒したゲームの主人公なんだから……)




口を開きかけた俺を、アレルはじっと観察するように見据えた。


「ここは危険だ。森を出るぞ」


周囲を確認しながら、彼は刃についた血を払う。


その冷静さはゲームの中とまったく同じだった。


(……アポカリプスの序盤イベント。勇者がゴブリンに襲われている子供を助けるシーン。

でも、その“子供”がいない。代わりに俺がいる。

ストーリーが……ズレてる?)


理解が追いつかないまま、アレルの後に続こうとした――その時。


水辺が、大きく揺れた。



――バシャァァァン!!


水柱が上がり、何かが飛び出してくる。


鱗だらけの巨大な口。

丸太のような胴体。

太陽光を浴びてギラギラ光る牙。


「……トラルテ……!」


アレルが低く呟いた。


(いや待て、こんなの序盤に出るか!?)


その巨体はまさに“巨大ワニ”。

ゲーム中盤の初見殺しモンスターだった。


「下がれ!」


アレルが剣を構える。


だが――


ワニの顎が振り下ろされ、地面を抉る。


爆風の勢いで俺は尻もちをついた。


「やべぇ、俺またここで死ぬのかよ!?」


叫んだ瞬間、どこからか声が響いた。





「――いいえ」




空気が一瞬、ひんやりと冷えた。



次の瞬間。


巨大ワニの首が、黒い何かに“引き裂かれた”。


血飛沫が舞い、影が飛ぶ。

それはしなやかな肢体を持つ黒い獣――


漆黒のジャガー。


しかしその動きはあまりにも静かで、神聖で、禍々しい。


アレルがわずかに目を見開く。


「……獣、か?」


俺も思わず口にする。


「ジャガー……?」


獣はゆっくりこちらに顔を向けた。

その眼は月のように冷たく、知性を帯びていた。


そして――喋った。


「我は獣ではない。名もなく徘徊する影でもない」


黒い体が淡い光に包まれる。


「我には“名”がある。

……テス、と呼ぶがよい」


姿が縮む。


黒い子猫になり、俺の肩へ軽やかに飛び乗った。


重さはほとんどない。


だがその声は、圧倒的な神の風格を帯びていた。


「ふむ……面白き匂いがする。

そなた、我と共に歩むと良い」

面白い玩具を見つけたかのような瞳でこっちを見つめた。



アレルが困惑したまま剣を下ろす。


俺はただ呆然としていた。


(……ゲームには出てこなかったよな?

マジで何がどうなってんだ?)


肩の黒猫――テスが、喉を小さく鳴らす。



ふと俺は辺りを見回す。


少し横には大きな遺跡が。



…見覚えがありすぎる…。




「やっぱアポカリプスじゃねぇか…」


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