第2話
どうして、私がリザードマンに転生したと結論付けたか。
大きな理由としては異世界に転生するといった類の小説に関する知識が
妙に印象深く、それに判断を引っ張られたというのがひとつ。
加えて、かろうじて残った直近の記憶の中に間違いなく命を落としたという実感がある。
それは漠然としているものの拭い難い確信に満ちていた。
暴漢に突如襲われ、その凶刃に倒れたのか
救いようのない自らの人生に絶望して命を絶ったのか
不治の病に侵され治療の甲斐なく息を引き取ったのか
道路に飛び出した子供を助けるためトラックの前に身を投げ出したのか
他殺か、自殺か、病死か、事故死か、とにかく死因は全く藪の中である。
さらに、もうひとつの理由として、リザードマンとしての記憶が存在
していることだ。
おそらく、この体のもともとの持ち主のものであったのだろう。
それによれば、彼はこの樹林に点在する集落の一つにオスとして生を
一般にこの地域に住まうリザードマンたちは、獲物を巡っての争いを避けるため
氏族単位の小グループに別れて各々距離を置き、拠点を築いて狩猟採集生活を
送っている。
オスは他のオスと共に狩りや防衛を、メスは主に野草等の採取や子育てを担い暮らしていた。
しかしながら、このリザードマン氏は、いつまで経っても腕が上がらず足手まといであったらしい。
◇ ◇ ◇
鬱陶しいほど密集した木々の隙間を抜け出ると居住地を囲む簡素な木柵が
見えてくる。
集落の門をくぐる彼の右肩には食料となる野草や木の実が八分目まで詰まった蔦篭が掛けられ
左手に握られている縄には絞められた小型の魔物が三匹ぶら下がっており歩くたびに揺れていた。
十分な成果を携えているように見えるが、彼の背は自信なく丸まり顔色は
冴えない。
枝葉で作られた東屋や竪穴式住居に似た建物の前をいくつか通り過ぎる。
村の奥へと歩を進める彼に対する住人達の視線の大半は冷たく侮蔑を帯びていた。
幾人かは遠くから同情するようなそぶりを見せていたがそれだけである。
子供たちは、いつもと変わらず広場で声を上げ無邪気に飛び跳ね駆けづり回る。
そうこうするうちに、ひときわ大きな建物に吸い込まれるように彼は入っていく。
わずかな灯で照らされた中にオスたちが車座になって待ち受けていた。
中央に敷かれた茣蓙に持ち帰ってきた品々が彼自身の手で並べられていく。
申し分のない量ではあったが、見ていた者の反応は一様に厳しい。
ある者は嘆息し、またある者は首を横に振る。
彼に課せられていたのは、オス一人でも十分対応可能な中型の魔物の狩猟である。
一端の男として最低限の力量を示せ、との最終通告に彼は応えられなかったのだ。
その代わりといって搔き集めてきた獲物も問題だった。
小型の魔物の狩猟、野草や木の実等の採集は、メスや子供の仕事のひとつ
でもある。
彼の行為は、大の大人の男が、守るべき非力な者たちの役割を奪っているだけに
過ぎない。
神経を逆撫でする苦し紛れの代替物が中央に出揃った後も沈黙は続いた。
誰も身じろがない重苦しい空気の中、上座にて瞑目していた長がまぶたを開く。
ゆっくりと彼に近づき、鞘に収められた剣鉈一本、それを佩くためのベルトを無言で押し付けた。
獲物を取れるようになるまで戻ってくるな、長の両眼はそう言い渡す。
いわゆる事実上の追放という奴だろう。
恨むことなく集団の、種の維持存続のためと彼は当たり前のように受け入れ
村を去った。
他者からの圧力から解放されたという安堵、独力で何とかしなければならない不安を抱えつつ
容易にとれる虫や野草、木の実などで生きながらえていた彼だが、終わりは無情にもやってくる。
大型の魔物 ―― ネコ科のジャガーにも似たそれは、中に黒い斑点が入る輪の
模様が
ちりばめられた緑色の毛皮を持つ、樹林においては圧倒的強者である。
背後から気配を消しての一撃、咄嗟に気づき避けられたが、その先は全てを
呑み込む逆巻く激流。
川底の岩々に容赦なく打ち付けられた挙句、宙に放り出された彼が最期に
見たものは
水飛沫越しの平生と変わらぬ青空とはるか崖下に細く伸びる川筋であった。
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