第1章 第5話 蔵の発見と親族会議
一夜明け、朝の光が障子を透かして客間に差し込んだ。
ローテーブルの上では、昨晩ギユウが修復した鳥型の玩具カラクリが、小さく羽根を震わせている。羽ばたくほどの力はない。ただ、確かに「動いている」と分かる程度の律動だ。
その気配を背に、ギユウは工具をまとめ、蔵へ向かった。
今日は約束どおり、整理をする日だ。触りたい衝動を抑え、片付けに徹する。そのつもりでいた。
蔵の中は朝でも薄暗く、埃が光の筋をつくって漂っている。
祖母の言う「使わないが捨てられないもの」は、だいたいがここに集められていた。古い農具、壊れた家電、用途不明の木箱。どれも時間の層を重ねたような重さを持っている。
「ぎっちゃん、まずはこっちの棚から頼むわ」
祖母の声に応じ、ギユウは手前の棚を空にしていく。
やがて、奥の空間が露わになった。
そこに立っていたのは、煤と埃で黒く染まった巨大な木製の“板”だった。天井の梁へ吸い込まれるように垂直に立ち、長年そこに在るものとして扱われてきた存在。
祖父は生前、この奥に近づくたび「そこは触るな」とだけ言っていた。
理由は聞かされなかった。だから誰も、疑問を持たなかった。
だが、棚がなくなったことで、ギユウの目には違和感がはっきりと映った。
輪郭が、蔵の他の構造と微妙に噛み合っていない。壁にしては継ぎ目が規則的すぎる。木目の流れも、不自然に整いすぎている。
「……壁、ちゃうな」
無意識に口をついた言葉に、祖母が振り返る。
「何言うてんの。昔からそこにある壁やろ」
ギユウは答えず、手のひらで表面の煤を払った。
ざらついた黒の下から、墨脈回路が姿を現す。びっしりと、迷いなく走る線。木材なのに、金属以上の緻密さを宿した構造だった。
壁ではない。
これは、巨大な木箱だ。
胸の奥が一気に熱を帯びる。
本家の蔵に、こんなものが眠っていた。その事実だけで、呼吸が浅くなる。
墨脈に沿って指を滑らせる。
どこかに必ず、開閉や解除の仕掛けがあるはずだ。古代カラクリは、完全な密閉を嫌う。必ず「触れる余地」を残す。
やがて、下部に不自然な溝を見つけた。
木材と同じ色で巧妙に偽装された、ごく浅い切れ込み。
「……ここか」
指を差し込み、テコを効かせようとした、その瞬間だった。
カチリ、と短い音がした。
次の瞬間、溝が逆に締まり、ギユウの指を根元まで噛み込んだ。
「っ……!」
鋭い痛みが走る。反射的に指を引き抜くと、中指の先から血が滲み、黒い表面に赤い点を残した。
その刹那、墨脈の線が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
錯覚かもしれない。痛みと緊張で視界が揺れただけかもしれない。だが、ギユウの感覚は確かに「見た」と告げていた。
箱は、その後何事もなかったかのように沈黙した。
「ぎっちゃん! どうしたん!」
祖母の声で我に返り、指を押さえる。
血はすぐに止まりそうだが、胸の奥に残る悔しさは消えなかった。
玩具とは違う。
これは個人で触れていい代物ではない。理解している。理解しているからこそ、歯噛みする。
騒ぎを聞きつけ、親族が集まった。
急遽、客間で話し合いが始まる。
「こんなもん、蔵にあったなんて知らんかったわ」
「下手に触って、動き出したらどうするんや」
「価値も危険も、桁が違う」
視線がギユウに集まる。
彼の脳裏に、ギルドでハクトが言った言葉が蘇る。
――修復か、判断保留か。
やがて、結論はあっさりと決まった。
「市役所の資源管理課に連絡や。ギルド案件になるかもしれん」
反論は出なかった。
家族にとって、それが最も無難な選択だ。
ギユウは黙って頷いた。
悔しい。自分が最初に、この構造を読み解けたかもしれないのに。だが、衝動だけで突き進める段階は、もう過ぎている。
近所の男たちの掛け声と共に、巨大な木箱は蔵から運び出された。
ギユウは、その表面に残った自分の血の跡を、最後まで見つめていた。
あれが起動の兆しだったのか。
それとも、箱はまだ、次の反応を待っているのか。
答えは返らない。
木箱は、ただ黙っていた。
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