第10話 ヒーローになってみよう

 俺はそういうとおもむろに、一番体格の良い緑髪をみやり、呟く。


 Entity: EnemyUnit_B

 {Property: 25歳。188cm、95kg}

 {Status: HP: 70, MagicResist: Low}


 ◆


 遅刻はしたが、デバッグモードと俺の頑張り、美宮さんとの連携のお蔭で定時退社ができた。

 屑原が難癖をつけてくるかと思ったが、さすがにすぐには用意できなかったのだろう、その後も仕掛けてくることはなかった。


 早めに帰れたということもあり、帰宅途中でIT関係の技術書を読むため本屋へ。

 技術書を開いて、眺めていると俺の視界内に、読み取った文字がコマンドプロンプトの処理のように流れていく。どうも、自動的に読んだ文字をデバッグモードが記憶していっているようなのだ。


 そのため、一度読んだページを頭の中で完全に再現できる。

 無限アンキパンのイメージといえば伝わるだろうか? どんどん外部記憶に入る感覚だ。これはやばい。

 便利すぎる。立ち読みだけで、俺の頭の中の誰かが勝手に学習してくれている感がある。


 デバッグモードやべえ!


 などと興奮しながら、何十冊も技術書を読んでいく。

 やがて立ち読みが終わり、帰宅しようと本屋を出る。そのまま繁華街を抜けて駅に向かっている途中。


 と。


 俺の視界内に知り合いだけが点灯するフラグが見えた。

 まずこのフラグについて説明しておく。


 現在デバッグモードの俺は、常におびただしいオブジェクトが見えているのだが、このままでは情報過多で、俺の頭がパンクし、逆に必要な情報を見落としてしまう。

 そのためフィルタ機能を使って、優先度の低いオブジェクトは非表示にし、逆に優先度の高いオブジェクトだけは目立つ色で知らせるように設定していたのだ。

 そして、お知らせ機能から緑色のアラートが点灯した。


 Alert:Green


 つまりは知り合いの接近検知。

 座標を手掛かりに探す。


 Entity: Yoshimiya Suzu 


 美宮さんだ。先ほどうまく屑原のやつを出し抜いた仲間という感じもできており、社外でも話せる感覚がある。

 声を掛けようとして、男の声がすることに気づき、その足を止める。


 まじか。

 彼氏?


 ショックだな……そう思い、無言で立ち去ろうしたが、一応相手の顔を見ようと物陰から様子を見る。


「むう?」


 相手は明らかなチンピラ、半グレの雰囲気の男、三人だ。

 三人とも鍛えられた体つきで、やけに派手な格好をしており、どうみてもカタギには見えない。

 金髪、赤髪、緑髪と、信号機のようにそれぞれ髪の色が違う。


 そして、これが重要だが、美宮さんは明らかに嫌がっている素振りをしている。

 彼氏みたいな関係じゃないのは確かだな。


 そう俺が認識した瞬間に三人組が、敵ユニットとして認識される。


 Entity: EnemyUnit_RED

 {Property: 24歳。175cm、60kg}

 {Status: HP: 70/70, MagicResist: Low}


 Entity: EnemyUnit_GREEN

 {Property: 25歳。188cm、95kg}

 {Status: HP: 88/88, MagicResist: Low}


 Entity: EnemyUnit_GOLD

 {Property: 28歳。172cm、55kg}

 {Status: HP: 67/70, MagicResist: High}


 ほほう。RPGみたいだな。体格が良い分、GREEN、もとい緑髪はHPも高いようだ。

 さて、どうしたものか。


 はっきり言って俺は喧嘩が弱い。なにせ一番得意なことはプログラム作成であると言い切れる、頭脳派だからな。

 以前の俺なら、こそこそ物陰に隠れて、安全圏から警察に連絡しただけだっただろう。

 これでは警察が来るまでの間、彼女がどこかに連れ去られてしまうかもしれない。


 しかし、今は少々違う。


 魔法だ。


「エフィ」


 美宮さんからは目を離さぬようにしながら、物陰に隠れて小声で囁く。

 反応がない。


「エフィ、聞こえてるだろ」

「……エフィの羽、虹色に光っててきれいだな、もう一度見たいなー。なんで空飛べるようになったんだろ。わからないなー」


 棒読み。


「……」


 拗ねた表情のエフィ(ドット絵で見事に再現している)がひょっこりと俺の視界外から顔を出した。


「なんですか、あれだけ無視したくせに」

「いやいや、人間にはいろいろあるんだよ。世間は誰も魔法のこと知らねえからさ。一人でぶつぶついっているとやばいやつにみえるだろ」


 今も不審者を見るような目で、知らない女性が俺を見ている。

 こちらが視線をやると、そそくさと去っていく。


 ほら。


「……今もこんなかんじだ。お前には見えないかもしれないが」

「いまは、カゲヤさんの視覚情報にアクセスしているのでわかりました」


「おい、ハッキングだろ、それ。プライバシー侵害ってやつだ。……ともかくだ。事情を説明したいが時間がない。力を貸してくれ」


 そういうと、突然ダイアログが起動する。

 

『エフィに脳内情報アクセスを全許可しますか?』

「……仕方ない」


 嫌な予感しかしないが、四の五の言っている時間はない。全て許可を押す。

 全て、に少し引っ掛かるが緊急事態だ。仕方ない。


「状況理解しました。この女性を助けたいということですね」


 なんとか優秀なAIが戻ってきてくれたらしい。

 俺の視界に、小さなウィンドウが開かれ、美宮さんの顔写真が写される。

 いつ撮ったんだよ。


「……まあそうだ」


 俺の情報完全に筒抜けなんだよな。

 まあ、脳内情報をアクセス許可したから当たり前ではある。

 話が早くて助かるが、なんだか複雑だ。


「彼女を助けたい。だが俺の知っているコードだと、書ける魔法プログラムのレパートリーが少ない」


 今の手持ちはこんなものだ。


 対象に火をつける。

 対象を動かす。

 対象を俺の手の中に引きつける。

 カットアンドペースト。

 静電気。


 まあ、半グレどもの整髪料で固めた頭に火をつけてやっても、俺はちっとも心が痛まないが、大ごとにはなる。もしかしたら美宮さんに変な疑いをかけられかねないリスクもある。


「今日のミッションはデバッグモードの実行だったよな。達成したんじゃないのか?何か得られるだろ?」


「うーん、まあ仕方ありませんね。達成ということにしてあげましょう!」


 かなり機嫌も良くなってきたらしく、エフィは薄い胸を張りながらそういった。

 再び宝箱が開かれる大袈裟な演出が寄せられる。

 レベル3となり、その報酬として虹色の渦がきらめき、その渦から飛び出したのは一冊の本。


 グリモワールリファレンス。


「まじか」


 思わず声に出してしまう。


 プログラマーならご存じだろうが、あまりプログラムに知らない方のために説明しておく。


 リファレンスとは、プログラムの関数やAPIなどプログラムのコードを書くにあたって、知っておく必要のあるワードを集めた辞書のようなものだ。

 またそこにはどういう効能があるか、どういう書き方をすれば使えるかといったところもセットになっている。


 早い話、魔法プログラミングがはかどる。ということだ。

 開発元に依頼するといっていたリファレンスがようやく手に入ったということか。忘れられてると思ってたぜ。

 だいたい大手OSベンダーは、ユーザの声を無視してくるからな。


 物陰で投影キーボードを起動し、リファレンスから必要な関数を探し出し、実装する。

 焦る。当然ながら初めて見るものだ。すぐにそれらしい関数が見つかるわけでもないし、見つかったとしても、すぐに実装できるものではない。

 コーディングした後は、普通テストも必要だ。

 だがそんな時間はない。


 美宮さんが手を掴まれているが、他の通行人たちは素通りだ。

 君子危うきに近寄らず。というやつだろう。


 ちょっとまずめだな。

 彼女を救うにはどういうコードがよいか。


 そして、助けたいが変な関係と思われるのもよくないし、姿を隠す魔法も考える。


 ◆


「おい、お前ら」


 颯爽と物陰から現れた俺はそう声をかけた。

 強引に手を掴まれている美宮さんの顔がぱっと輝き、そして再び曇る。


「……」


 なぜなら俺の顔は、そこのドンキで買ってきた安物のコスプレフルフェイスマスクを装着しているからだ。


 そう、姿を隠す魔法は失敗していた。


 なんとなく俺の周囲に霧が漂っているのだが、濃度が薄すぎて話にならなかったのだ。そもそも時間もないのに複雑なコードなんて書いてられない。

 最小限の準備だけして、ここに立っている状況だ。


「なんだ、お前、ってなんだ、そのマスク」

「ぶははははははっははっ!きっしょ!」


 半グレどもから大爆笑された。


「なに、お前。このおねえーさんの知り合い?」


 冷静な顔の金髪から問われた。

 非常に整った顔つきをしており、人を人と思わないような冷酷な目をしている。

 そう考える。そして正直怖い。軽く手が震えている感すらある。

 

 こいつがリーダーだな。

 どこかで見たような顔だ。少し引っかかる。

 

「じぶんがヒーローのつもりだったら消えろ。俺たちはきれいなお姉さんをナンパしてただけだよ。これから一緒に飲みに行くんだよ、失せろ」


 人を脅すのに慣れた口調だ。

 美宮さんのほうに視線を向けると、ものすごく否定した。


「ち、違います!いかないって言ってるでしょ!」


 と掴まれた手を引き離している。

 覚悟は決めた。


 俺も修羅場はくぐってる。こんなチンピラ風情に負けるわけにはいかない。


「どうやらお前らの主張と違って、嫌だってさ」


 俺はそういうとおもむろに、一番体格の良い緑髪をみやり、呟く。


 Entity: EnemyUnit_GREEN

 {Property: 25歳。188cm、95kg}

 {Status: HP: 70, MagicResist: Low}


「ターゲット、弾けろ!」


 瞬間。


 緑髪が10メートルはふっとび、街路樹に強打する。

 どごん、という大きな音を立てた。


 そして、それは俺の魔力をはっきりとわかるくらい、消耗させたのがわかる。

 思わず膝をつきそうになるのを堪える。


 きっつ。


「……は?」


 赤髪は呆然とその方向を眺めているだけだが、冷静な金髪が目の色を変えて動く。


「何しやがった!」


 気が付くと、金髪は長い刃渡りのナイフを持ち、こちらへ手を伸ばしてくる。

 そのナイフを見て、俺は頭の後ろが凍りつくのを感じつつも、その手から距離を取って、ターゲットを認識する。


 Entity: EnemyUnit_GOLD {HP: 67, MagicResist: High}


 叫んだ。


「ターゲット、弾けろ!」


 金髪が、先ほどとは別方向に5メートル程度ふっとび、ちょうどよい場所にあったビルの地下入り口の階段に飲み込まれていく。


 あ、まずった。


 誰か無関係な人にひと当たってなければいいけど。

 無言で赤髪に視線を移すと、赤髪は慌てて逃げ出す。


 あぶねえ。


 その逃げる背中を眺めながら安堵する。

 正直、もう魔力は残っていなかった。次は気絶覚悟になるところだった。


 その場にへたりこむ美宮さんの手を取り、立ち上がらせると、


「……早く、あんたも逃げろ」


 俺は美宮さんにそう告げる。

 そして、俺は逃げるようにこの場から立ち去った。


 大勢のやじ馬が集まりだし、警備員らしき人間が走ってくるのが見えたからだ。


 もう美宮さんも大丈夫だろう。彼女の顔は安心したような顔で何か言いたそうにしていたが、仕方ない。ヒーローの気分をもっと味わってみたかったというのはあるのだけどね。

 俺はしばらく全力で走り、誰も追いかけてきていないことを確かめると、人気のないところでマスクをとり、一息つく。


 動悸がやばかった。

 走ったせいもあるし、強力な魔法を放ったせいもある。だが、できそうにないことをやってのけたという興奮も大きかった。

 視界でエフィが踊っているのが見える。


「やったぜ、エフィ」

「やりましたね!やれる子だとおもってました!」


 くるくると大喜びのプログラムの妖精。


「ついでにまたレベルも上がってますよー!!レベル4!」

「おおおー俺は無敵だ―」


 俺は叫び出しそうになるのを堪えながら、帰路についた。

 このときの様子をSNSに上げられまくっていることに気づくこともなく。




 

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